ムラサメツグミにこんにちは
糸井アヤ。
彼女は今、清い川が流れ、豊かな緑に包まれた大地にいた。鮮やかな体色をした、鳥とも虫ともつかない不思議な生物が、暮れることのない青空を飛んで行く。アヤがかつていた世界とは異なる、不思議で、それでいて安らかな世界。
楽園である。その中心には、イチジクのような果物が実る、一際、巨大な木があった。
その木の影で、スヤスヤと眠っている少女がいる。身長は145cmほどの小柄な、クセ毛の強い、腰まで届くほどのロングヘヤーの少女。黒い包帯が幾重にも重なった、黒いドレスのような衣装を着た少女。
「ツグミちゃん!」
そう呼びかけられた少女が、ゆっくりとまぶたを開いた。
「ツグミちゃん」
まぶしい笑顔が視界に広がる。白い、輝くような生地のワンピースを身につけた糸井アヤが、両手に大小さまざまな果実を抱えて立っていた。
「一緒に食べよう?」
「……うん」
少女たちは、少し遅い朝食をとった。この楽園にある果実は、どれでも好きなだけもいで食べてもいいのである。唯一の例外は、楽園の中心にある、イチジクのような果実だけ。
「うふふ!」
食欲を満たしたアヤは、ツグミを誘うように豊かな草原を駆けだす。
「あ……!」
だがツグミは誘いに乗らなかった。
「アヤちゃん」
「ん?」
「走らない方がいいかも。危ないから……」
「うーん」
アヤは渋々、その言葉にうなずく。
「そのかわり、アヤちゃんのお話を聞かせて?いいでしょ?」
「うん!いいよ!」
それから少女たちは草原に並んで座り、他愛無い会話を始める。といっても、アヤが一方的に喋って、もう一人は「うん」「そう」と相槌を打つばかりであるが。
「それでね、アカネちゃんが言ったんだ〜。ツグミちゃん、いいお嫁さんになるって」
「…………」
相槌が止まる。
「どうしたの?」
「アカネちゃんって、だぁれ?」
「あ、そっかぁ……」
アヤは、彼女の友人である鷲田アカネについて説明した。身長が170cmもある、アヤの同級生だ。目つきが鋭く、どちらかといえば戦国時代の方が性に合いそうな、無骨な空手少女。
「ツグミちゃんも、会ったことがあるんだよ」
「そうなんだぁ」
ツグミと呼ばれる少女が首を傾げる。
「それで、本物の村雨ツグミなら、どうするの?」
「……そういう言い方はやめて」
「ご、ごめんなさい!」
黒い少女が、恐怖に身をすくめた。
「どうか許して……!私のこと、嫌いにならないで……!」
しばし笑顔が消えたアヤであったが、やがてまた、まぶしい笑顔をムラサメツグミに向ける。
「大丈夫だよ、ツグミちゃん!」
アヤはそう口にしながらムラサメツグミを抱きしめた。
「ツグミちゃんを、嫌いになるわけがないよ。私たちはずっと友だち……そうでしょ?」
「う、うん!そうだね」
ムラサメツグミもまた、アヤにそっと抱擁を返す。
「私たちはずっと一緒に暮らすの。いつまでも一緒に」
「そう、私たちはずっと一緒」
やがて二人の少女は、ゆっくりと離れた。
「それじゃあ、もっとお話を聞かせてあげるね!」
鷲田アカネ。
彼女の正体は、悪魔から人類の自由を守るために戦ってきた閃光少女グレンバーンである。その拳は悪を砕き、その炎は邪な者を燃やし尽くしてきた。
そんな彼女が今いるのは、立方体の形をした部屋である。約9m四方の部屋の壁と、床と、天井は、一見するとつなぎ目のない、滑らかな金属板のようであった。
だが、実はちがう。グレンの正面にある壁の、ハッチが開いた。壁の穴から、鋼鉄の砲丸が射出される。
「おらっ!」
グレンは眼前に迫る砲丸を、手刀で叩き落とした。さらに壁からの攻撃は続く。
「はああああああっ!」
何発も射出される砲丸を、グレンは拳を、ときには肘を使って叩き落とす。そんな彼女の不意をつくように、左側面の壁からもハッチが開いた。壁から覗く大砲から、ボーリング玉が射出される。
「おらああっ!」
グレンの左足刀蹴りが、ボーリング玉を二つに破砕した。これくらいは朝飯前とばかり、グレンは「ふん」と鼻を鳴らす。
だが部屋の猛攻はまだ終わってはいない。
「む!」
グレンが顔を上げると、何体もの飛行ドローンが天井から出現し、グレンの周りを包囲していた。ドローンのボディーには、弦を引き絞ったボウガンが取り付けられている。
「……なるほど」
グレンはさっと、両手で2本の短い棒を取り出す。短い棒同士が炎の鎖で連結され、赤く赤熱する。
「おおおおおお……!」
炎のヌンチャクを振り回すグレンに、ボウガンの矢が殺到した。だが、グレンは怯まず、飛来する矢をヌンチャクで叩き落としていく。
「おらおらおらおおらああっ!!」
やがて矢を打ち尽くした飛行ドローンは、逃げるように室内を右往左往する。グレンがドローンを仕留めにかかる。
「…………」
グレンはただ、睨んだ。一見すると、ただそれだけである。だが、なぜか何機ものドローンは、床に向かって急降下し、墜落した。
それでも、ドローンの執念であろうか。生き残った一体が、不安定に揺れながら、グレンに特攻をかける。高速回転するプロペラは、触れれば指の一本や二本は落としてしまうだろう。
しかしグレンは動じないどころか、機械であるドローンに人間的な根性を見出し、笑みを浮かべる。
「その意気やよし!骨になるまで闘うべし!」
一閃、燃える右上段回し蹴りが、ドローンを粉砕した。内蔵された可燃性のバッテリー液が引火し、グレンの体に炎となってまとわりつく。もっとも、炎の閃光少女にとっては、例えるならそよ風のようなものだった。グレンバーンはゆっくりと残心し、やがて構えを解いた。
ここで、室内のスピーカーから音声が流れた。オウゴンサンデーの声である。
「お疲れ様でした、グレンバーン」




