表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/355

青空になる時

「弓兵!構えろ!」


 魔王ジローの号令に合わせて、ぞろぞろと弓を引き絞り始めた骸骨兵たちである。ツグミは慌てた。


「待って!ジロー君!」


 当然、これはアンヘルではなくジローの方を心配してとった言動である。ツグミもまた、マンダーレイアと天使たちが、なにかしら関連していることを悟っているのだ。つまり、レイアと同様、ジローの命を狙っても不思議ではないということだ。そして、どう考えても、魔王城の兵力では、空を覆いつくす天使たちに対抗はできない。


 幸い、矢を向けられたアンヘルの方は気にもとめていなかった。が、この態度はかえって少年魔王を逆撫でする。


「なぜ止める!?ツグミ!」

「あなたが心配だからじゃない!」


 ジローたちと天使たちの間に割って入るツグミは、アンヘルに向けて言う。


「時間がほしい」


 アンヘルは微笑みをツグミに返した。糸井アヤの名を出した時点で、ツグミがどんな危険があろうと、ついてくるのはわかっていた。今必要な時間とは、少年のような魔王に事情を説明するための時間なのである。


「ジロー君、聞いて。私は……この世界の住人じゃないの」

「それは知っている」

「……あ、そうだった」


 ツグミは、今まで伏せていた、自分の境遇をジローに話してきかせた。自分の父親だった魔王リュウ。暗闇姉妹としての覚醒。そして、糸井アヤ……


「私は、アヤちゃんを助けたい。約束したから。どんなことがあっても、ずっと一緒だって……」

「わかった。それで、いつ帰ってくるんだ?」

「え」


 ツグミは言葉に詰まった。ツグミたちの世界での1日は、こちら側の世界の20年近くに相当する。何日か経てば、それが今生の別れになりかねない。


「……帰って来れないかもしれない」

「そんなの嫌だ!」


 ジローの顔が、威厳のある魔王から、ツグミを慕う少年のそれへと変わる。ツグミは、自分が残酷な事をしていると、改めて思い知らされた。ジローの大切な人になった。糸井アヤを救いに行くため、いつか、この世界を離れるのは、わかりきっていたことなのに。


「ごめん、ジロー君」


 謝るしかないツグミである。


「アヤちゃんを助けられるのも……それに、この世界を今、守ることができるのも、私だけだから……」


 ぐずるジローから顔を背け、ツグミはアンヘルと目を合わせる。


「私があなたたちに従えば、この世界の生命には手を出さないでもらえる……そう思っていいんだよね?」

「約束しましょう」


 もう一つ気がかりな事がある。


「私の友だち、中村サナエのことだけど……」

「彼女を神の身許へは連れていけません」


 通信機のスイッチは入ったままである。きっと、今の会話も、サナエが耳をすませて聞いているに違いないとツグミは思う。


「じゃあ、せめて彼女を元の世界へ帰して」

「それも、できません」


 ツグミはともかく、サナエについてはとりつく島もない。


「それをなんとか……」

『いいんですよ、ツグミさん』


 通信機越しに、サナエが割って入った。


『元の世界へ戻る方法は、きっと、なんとかなりますよ!それに、ツグミさんは早くアヤさんを助けに行かないと!』

「サナエちゃん……」

『それに……ワタシ、けっこうこの世界も好きですよ?もう少し、ゆっくりしていってもいいかなーなんて……アハハ』


 そうは言うものの、元の世界へ戻れるという保証はどこにも無いのである。この世界に詳しい、ディーバレジーナを失った今となっては、なおさらだ。


 つまりツグミは、糸井アヤと、ジローとサナエの二人を天秤にかけられているのだ。とはいえ、実際のところ、ツグミに選択肢は無い。天使たちに逆らえば、文字通り槍の雨がこの世界を覆うのだから。


「うう……ツグミぃ……どこにも行くなよぉ……!」

「ねえ、聞いてジロー君」


 ツグミは改めてジローと向き合う。


「この世界で一人ぼっちになった私を、あなたたちは迎え入れてくれた。とても嬉しかった。ありがとう」

「うぅ……」

「あなたとこの世界で一緒だった思い出は、私の、とても大切な宝物だよ」

「…………」


 うつむくジローの両肩を、ツグミが急に強く叩く。驚いたジローが顔を上げると、ツグミは怒ったような顔をしていた。


「あなたは、この世界の魔王様でしょ!いつまでも泣いてちゃダメ!」


 だがすぐに表情がやわらぐ。


「私を受け入れてくれた時のように、優しさを忘れないでね。さびしそうな誰かに、手を差し伸べる心を忘れないで。お友だちをたくさん、作ってほしい」


 その言葉を、固唾を飲んで聞いているのは、ジローばかりではない。サナエもそうなのである。ツグミは知らないが、サナエはレジーナから聞いたのだ。人間と悪魔の間に争いが無ければ、世界は緩やかに滅びていく、と。


 だが、それでも。平和を望むツグミの言葉を、サナエは否定できなかった。


「私が愛したこの世界を、私が望んだ楽園にしてほしい。私の最後の願い……叶えてくれるよね?」

「…………」


 ジローの返事は決まっている。だが、それを口にすることは、ツグミとの別れを意味している。それでも、微笑みながら首を小さく傾げるツグミに、どうして無言をつらぬけるだろうか。


「……わかった」

「ありがとう、ジロー君。大好きだよ」


 ツグミはそっとジローに抱擁した。暖かいのはツグミも同じである。だが、行かねばならない。


「さあ、アンヘル」


 ツグミが天使たちへ顔を向ける。


「私を連れて行って。アヤちゃんがいる所へ!」

「よろしい」


 アンヘルはその言葉に良しとした。


「御案内しましょう。神の身許へ」


 その言葉と同時に、ツグミの体がフワリと宙に浮かび上がる。ツグミは、いまさら動揺しなかった。アンヘルとツグミは、そのまま天へと高く、高く登って行った。


「ツグミ!」


 ジローが呼びかけても、もうツグミは振り返らない。


「ツグミーーーー!!」


 絶叫のようなジローの声がこだました時には、ツグミはもう姿が消えていた。やがて、天使たちも次々と天へ登っていき、白一色だった空が元通りに戻った。


 いつもと何も変わらないような、よく晴れた青い空であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ