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平和に滅びる時

「あなたたち」


 ツグミが去ると、ディーバレジーナはサナエに尋ねた。


「悪魔と人間がこの世界で一緒に仲良く暮らしていけると、本当に思っているの?」

「なんですか、急に」


 レジーナがわざと対立を煽ったのとは反対に、ツグミは魔王たちに、いわば人間と衝突しない生き方を教えようとしていた。サナエの答えは決まっている。


「当然、そう思ってますよ」

「楽観的な、おバカさんね」

「なにをぅ」


「悪魔と人間で、話し合いでなんとか争わないようにできないのか?」


 横からそう口を挟んだのはタスケである。彼を勇者アーサーに仕立てたことに負い目があるのか、レジーナは目を合わせなかった。


「……そういう世界も、幾度か生まれたわ。だけど、その世界はどれも自然に滅びてしまうのよ」

「自然に滅びる?」


 タスケにはわけがわからない。


「みんな仲がいいのに、なんで滅びるんだ?」

「理由は様々ね。でも一言でいえば、そう、危機感がないのよ」

「危機感がない?」


 レジーナはサナエに尋ねた。


「私たちの世界は、有史以来、戦争ばかりが続いていたわ。そうでしょ?」

「ええ、まあ」

「その結果、どうなった?」

「人が死に、インフラは破壊され、食料不足も……」

「それが必要なのよ」


 サナエは首を横に振る。


「そんなこと無い方がいいに決まっているでしょ」

「私もそんな風に考えていた時期があるわ。でも違う。争いもなく、豊かで、誰もが食べる物に困らない。そう……楽園を作ろうとした」

「その結果、世界が滅びたっていうんですか?」


 レジーナは悲しげに頷いた。


「戦争がなければ、競争もない。身の危険もなければ、成長する動機もない。皆が無気力になり、繁殖に対する興味すら失われた。危機感を失うことは、ゆるやかな自殺なのよ」

「だから戦争が必要だと言うんですか……」

「この世界は今までで一番、私の理想に近い。それも、悪魔と人間がお互いに上手く対立した結果だわ」


 サナエとしては受け入れにくい意見である。だが、実際に女神として世界を創造していたレジーナには説得力があった。サナエは別の質問をする。


「この世界にいる魔王は、どこからやってきたんですか?」

「暗闇姉妹の毛髪を手に入れた」

「毛髪?頭の毛ですか?」

「メグミノアーンバルという、クローン技術に長けた魔法少女がいるの。彼女に頼んで、復元してもらったのがこの世界の魔王よ」

「メグミノアーンバル!」

「知ってるの?」

「ええ、まあ……」


 サナエは、まさか自分が殺したとは言えない。


(未来の魔王が本当にツグミさんだとしたら……ジロー君は、いわばツグミさんの孫みたいなものですね)

「でも、本当の事は伝えなかった。メグミノアーンバルは、まさか自分が生成したものが魔王だとはわからなかったでしょうね」

(さあ、それはどうでしょうね?)


 そもそも、サナエたちがこの世界に迷い込んだのは、メグミノアーンバルが遺した潜()艦がきっかけである。メグミノアーンバルが何を考えていたのかは今となってはわからないが、この世界に一目置いていたのには間違いない。


「しかし、アーンバルは死んでしまった。もう、やり直しはできない……」


 ここでハツが口を開いた。


「ねえ、さっきから戦争をするとかしないとか……なんか、極端なんじゃないの?」

「極端?」

「たしかに、言わんとすることはわかるわ。なんというか、平和ボケするとみんなバカになるって話。たしかに、危機感が人を成長させるという事もあるかもしれない。だけど、憎しみの連鎖ばかりを繰り返したら、結局最後の一人になるまで殺しあうしかないじゃない」

「つまり、ほどほどの戦争にしなさいと言いたいの?」

「だから、戦争をするかしないか、という考えが、そもそも極端なのよ!」


 とハツは言い切るものの、自分でも考えがまとまらず、頭を抱えた。


「アタシよくわかんないけど……他にもやり方があるはずよ!それが無かったとしたら、アタシたちが生きてるのってあまりにも悲しいわ!」

「他のやり方……平和な世界でも、誰も堕落しないような、そんな未来……」

「あなた、女神なんでしょ!いい方法を考えなさいよ!アタシたちの世界を好き勝手してきたんだから、それくらい当然よ!」

「……はあ」


 レジーナはため息をついた。


「さっきまで、自分たちの世界を好き勝手にする権利なんてないと私に言ってたくせに、ずいぶん勝手な事を言うんだから」


 言葉とは裏腹に、レジーナはどこか嬉しそうにサナエからは見えた。全てが明らかになった今でも、一応自分を『女神』と呼ぶハツが嬉しかったのかもしれない。


 とここで、レジーナの義手から電子音が響いた。腕を怪我したままのレジーナに代わり、サナエが義手のパネルを操作する。


「ツグミさんがマンダーレイアに近づいています!」

「そうね。やはりレイアが向かった場所は、魔王城」


 液晶パネルには、二つの光点が表示されていた。この光点が重なった時、二人の王妃が決着をつけるゴングが鳴る。



 最初の異変に気がついたのは、魔王城の城門にいた骸骨の守衛たちであった。


「ん?なんだ?」


 遠くからゆっくりと、奇妙な物体が近づいて来るのである。守衛たちには、それが何なのかさっぱりわからない。強いて言えば、鉄製の馬車のように見えた。


 だが馬車が馬無しで動くはずがない。


「おい!止まれ!」


 レジーナのSUVである。SUVは、骸骨兵たちに迫ると、やがて停車した。


「……??」


 骸骨兵の一人が、開いたサイドウインドウを覗き込む。すぐさま視界一杯に拡がったのは、獰猛な牙を剥き出しにした竜の口であった。


 一方。

 赤い絨毯の敷かれた広間では、玉座に座る少年魔王、ジローが不機嫌そうな顔をしていた。彼の前に、紫色のローブを着た魔術師の骸骨、サー・サンドイッチが控えている。


「なかなか、大変でございました」


 とサンドイッチ。


「レイア姫の首をサナエが持ち去ったのにも困りましたが、残った体の方が大暴れでございまして。なんとか、鎖で拘束して地下牢に閉じ込めましたが、いやはや……」

「それで、マンダーレイアが村を焼いたというのは本当なのか?」

「さあ、まだわかりません。調査に向かったスケルトン部隊が、まだ帰って来ないゆえ」

「……ふん」

「魔王様」

「なんだ?」

「もしもマンダーレイアが村を焼き払ったのが事実だとすれば、彼女を処罰されるおつもりですか?」

「まあな」

「それはいかがでございましょうか……?」


 遠慮しながらも、納得できないサンドイッチであった。


「悪魔が人間を襲うのは、ごく自然なことではございませんか?恐れながら……ツグミ姫の方針は、むしろ悪魔らしくないと私は考えます」

「サンドイッチよ」

「は」

「もしも人間たちと戦争になれば、お前は喜んで戦うか?」

「むろん、そのつもりでございます。魔王城を守るためでしたら、喜んで」

「俺様もそのつもりだ。むしろ、どこかでそれを待ち望んでいるような気がする。だが……」


 ジローが遠い目をする。


「未来の者たちはどうだろうな?」

「未来の者たち?」

「ああ。お前や俺様の子や、孫のことだ。そ奴らが、戦争は嫌だと思ったら、どうする?今俺様たちが戦争をすることで、そんな未来の者たちに、戦う宿命を背負わせるとしたら」

「お言葉ですが、それは仮定の話でございますね」

「戦いたければ戦えばよい」


 ジローがサンドイッチに視線を戻す。


「戦いたいと思う者同士であれば、それはよいのだ。だから、人間の兵士と小競り合いをするスケルトン部隊を、俺様は罰しない。だが、村を焼いたとなれば話は違う。それは、戦いたくない者を戦いに巻き込む、いわば弱いものいじめだ。俺様はそれが憎いのだ、サンドイッチよ」

「なるほど……魔王様には、そのような考えがあったのですね。このサンドイッチ、感服いたしました」

「うむ……………………ん、なんだ?」

「はて、地震?」


 轟音と共に、激しく揺れ出す魔王城。そして、突如広間の床を突き破って現れたのは、身体中に鎖を巻きつけられたマンダーレイアであった。


「ハァイ、ダーリン!!」


 その首は元通り接続されたばかりだ。


「あんたはいい男だけど、死んでもらうねー!!」


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