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置き去りの時

 マンダーレイアを事前に解放していたのは、レジーナの仕業である。もちろん、それは黒の魔女こと、トコヤミサイレンスを襲わせるためにしていたことだ。


 だが何をとち狂ったのか、レイアはレジーナに襲いかかり、その牙を深く彼女の首に食い込ませる。


「うぐぅぅうう!?」


 さらにレイアは牙を抜くと、血が吹き出す傷口に、素早く自身の触手を滑り込ませた。血が止まるかわりに、触手が首の血管を脈うたせている。


(仲間割れ……!?)


 トコヤミはもちろん、ハツにも、何が起こっているのか理解できなかった。意外にも、この状況を適切な言葉にしたのは勇者アーサーことタスケである。


「竜の頭が女神様の体を乗っ取ろうとしているど!」

「アハハハハハハハ!」


 哄笑を発したのはマンダーレイアの頭だ。


「ゲームオーバー!ゲームオーバーなんだよ!」

「ゲームオーバー……!?何を言っているの!?」


 レジーナは首を掻きむしるようにしてレイアにあらがうが、徐々にその力が弱くなる。やがて地面に転がっていたレジーナの体が、痙攣し、跳ねるようにして立ち上がった。


「うわぁ!完全に乗っ取られたぁ!?」


 そうタスケが言う通りなのである。レイアの首が女神の体と融合し、まるで頭が二つあるかのようだった。


 だが、レジーナは(この場合、不幸にも)意識を失ってはいない。


「やめなさい!!あなたは私の下僕でしょ!?私に何をしようと言うの!?」


 ハツは聞き捨てならない。


「マンダーレイアが、女神様の下僕……!?」

「もうあんたの下僕じゃない!」


 レジーナの体が、本人の意思とは無関係に走り始めた。


「そもそも、最初からあんたの下僕じゃあなかったんだよ!私は、あんたより上の存在に仕えている!追いつめられた、あんたは、もう役に立たない!お終いなんだよ!」


 女神より上の存在。そう聞いても、トコヤミには事情がわからない。だが何にせよ、このまま放ってはおけない。


(逃がさない)


 強い殺気をぶつけ、相手を動けなくするトコヤミの必殺技。蛇にらみである。たしかにそれで、レジーナの足が止まった。だが、それは殺気による硬直ではない。マンダーレイアが、トコヤミサイレンスを嘲笑うためである。


「あはっ!無駄無駄!恐怖なんてプログラムされていない私に、そんな子供騙しは通用しないよ!」


「うおおおおお!!」


 今度は、ハツが長い棒を振り回し、レイアの頭を粉砕しようとする。しかし、その一撃をレジーナの左手が止めた。


「ひぎいいいい!?」


 行動とは裏腹に、左手の骨を砕かれたレジーナが悲鳴をあげる。レジーナが身をていしてレイアをかばったのは、無論レイアに肉体をコントロールされた結果だ。


「あ、そんなつもりは……!」


 つい言い訳を口にするハツとは違い、トコヤミは、女神の命に遠慮はない。トコヤミは、槍投げをするように剣を構えると、奇妙な挙動で逃げようとするレジーナの体に、まっすぐ投げつけようとした。


 その瞬間、坑道内にハツの悲鳴が響いた。


「キャアア!?」

「あっ、ハツちゃんの棒が!?」


 そう狼狽するタスケでは、ハツの力にはなれない。ハツの得物である長い棒が、突如、蛇へと変わったのだ。


「な、なんで!?」


 それは元々、女神が仕込んでいた罠である。長い棒をレジーナがハツに与えていたのは、いざという場合、すなわちハツが裏切った時に始末するためである。もっとも、今の場合はレジーナの意思ではなく、その体を乗っ取ったマンダーレイアがしたことであるが。


「ううっ、くっ……」


 蛇は容赦なく、ハツの首に絡みついて絞め殺そうとする。


「ハツちゃん、動かないで」


 トコヤミは剣を持ち替えると、蛇の頭に向けて一閃、斬り落とした。


 だが、その隙が決定的であった。


「アハハハハハハハ!キャアーーハハハ!」


 女神の体を乗っ取ったレイアは、もはやハツたちには追えなくなっていた。


「た、たいへんだぁ!女神様を助けなくっちゃあ!」

「ゲホ……待ちなさい、タスケ!」


 ハツが蛇の死骸を首から外しながら勇者を制止する。


「下手に動かないで!」

「でも……!」


「そうだよ」


 トコヤミもそれに同意した。ハツがトコヤミに尋ねる。


「もしかして、あなたもそうなの?」

「うん」


「え、なにがだよ?」


 タスケには、少女二人の言葉の意味がわからない。ハツからすれば、タスケが事態の深刻さに気づいていない方が意外である。


「バカね!外に出る道がわからないのよ!」

「ええーっ!?」


 ハツやタスケにとっては仕方がないのだ。坑道内の移動は、全てをディーバレジーナに任せていたのだから。そして、彼女たちを後ろからストーキングしていたトコヤミサイレンスことツグミも同じである。


「下手に動いたら、よけいに迷って出られなくなっちゃうよ」


 魔法少女としての変身を解除したツグミがタスケにそう言うと、事の重大性をようやく理解した勇者が震えた。


「そんなぁ……どうしよう……!?」


 そうやってメソメソするタスケと違い、ツグミは落ち着いている。その様子を見たハツも、慌てたところでどうしようもないと思い、その場に腰を下ろした。


「ねえ、チドリちゃん」

「ツグミ」

「うん?」

「本当はチドリじゃなくて、ツグミって言うの。怪盗ネズミお嬢ってのも、全部嘘。騙して、ごめんね」


 ツグミは、自分の事情をハツたちに語って聞かせた。自分たちは異世界人で、おそらくは女神を名乗っているディーバレジーナとは同郷の関係にある、と。


「女神様は、どうしてツグミちゃんを狙ったのかしら?」

「わからない。たぶん、レジーナの目的の邪魔になるからだと思うけれど、何がしたいのかわからないんだよ。でも……」


 ツグミはタスケが大事そうに持つ聖剣に視線を送る。


「レジーナがマンダーレイアに村を襲わせて、わざと人間と悪魔の対立を煽っていたみたい。友だちのサナエちゃんが言っていたんだけど、もしかしたら、この世界は悪魔を育てるための牧場じゃないか、って。だから、悪魔と人間が仲良くなるのは、都合が悪いのかも」

「たしか、サナエが言っていたわね……」


 ハツは自分に化けていたサナエと、すでに面識があるのだ。


「サナエたちの世界では魔王が滅びたけれど、結局、人間同士で戦争が続いているって」

「そうだね。そう……」


 ツグミは残念そうに相槌を打った。


「オラだって戦争は嫌だな。でも、それより、さあ」


 タスケたちにはもっと切実な問題がある。


「ここからどうやって脱出するんだ?」

「それなら、大丈夫だと思う」


 とツグミ。


「ええーっと、すごい音がすると思うけれど、味方だから、安心して。ね?」

「「?」」


 タスケとハツは、やがてその言葉の意味を知ることになる。坑道内に、突如けたたましい爆音が響いたのだ。


「わ、わ、わー!?」

「落ち着きなさい、タスケ!」


 やがてツグミたち三人を、煌々とした明かりが照らす。ヘッドライトの輝きは、スーパーバイク、マサムネリベリオン。乗っているのは、中村サナエである。


「ツグミさん!チイさんから事情は聞きました!迎えに来ましたよ!」

「ありがとう、サナエちゃん」


 サナエの相棒リベリオンは、この世界に飛ばされた後、坑道の中で過ごしていた。複雑な迷路も、そのコンピューターに記録されていたのである。


「ええーっ!?『もののけ封印』の壺を壊しちゃったんですかーっ!?」


 サナエはツグミたちから事情を聞き、マンダーレイアの逃走を知った。


「急いで追いかけましょう!何が目的かわかりませんが、放ってはおけませんよ!」

「二人とも」


 ツグミがタスケたちに言う。


「ついてきて。一緒にここから出よう」

「……ちょっと、いいかしら?」


 ハツがツグミに尋ねた。


「女神様が、本当は悪魔と人間の対立を煽っていたのはわかったわ。でも、あなたたち二人はどうなの?この世界をどうしたいの?」

「この世界をどうしたいか?」


 ツグミは、どう答えていいのか迷った。もとより、異世界人であるツグミに、世界どうこうの目的などない。


「世界がどうとか、私には大き過ぎる話題だな。自分の行動で、悲しむ人がいたら悲しいし、喜んでくれる人がいれば、良かったなと思える。そういうのに、人間とか悪魔とか、関係ないと思うから。それだけだよ」

「ワタシたちがマンダーレイアを倒したいのは」


 サナエが口を挟む。


「チイさんたちの怨みを晴らすためです。弱者の晴らせぬ怨みを晴らす。それがワタシたちの、元の世界での使命でした。天地が変わっても、ワタシたちは変わらずに進み続けるだけです」

「そう……わかった」

「じゃあ、ついてきてください」


 サナエは全員がついてこられるよう、ゆっくりとアクセルを開いた。


「とにかく、みんなここから出ましょう!」

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