投石の時
「貴様〜〜!!」
肩の痛みに悶絶していたレジーナが、やがて右手の義手を投石を受けた方角へ向ける。
「マシンガンアーム!!死ねええええっ!!」
義手から伸びた銃口から銃弾が乱射された。連続するマズルフラッシュが坑道内をマルチストロボ撮影のように照らすが、トコヤミの姿はどこにも見えない。
「うわぁ!?」
跳弾がタスケの耳元を掠めた。ハツはすぐさま「伏せて!」と叫び、彼の頭と自身の姿勢を低くする。そんな二人がいる方角から、再びトコヤミの投石が空気を切り裂いて飛んだ。
「ぐっ!?」
今度の投石は、レジーナの背中へとぶつかる。女神は即座に振り向いて銃口を向けるが、まさかハツたちへ向かってマシンガンを撃つわけにはいかない。
「二人とも邪魔……!!」
と口にした言葉を、最後まで言い切ることが女神にはできなかった。三発目の投石が、レジーナの顔に直撃したからだ。
「いぎゃああぃ!?」
レジーナは顔を手で押さえ、地面に転がりながら悶絶した。顔を隠すベールが、赤く染まっている。
「クソ女ぁ!!この肥溜めに巣食うウジ虫やろうがあああっ!!」
レジーナが顔を覆うベールを剥ぎ取った。その下にある顔は鼻血に染まり、鬼のような憤怒の表情を浮かべている。
とその瞬間、坑道は完全な闇に包まれた。
「ひぇええ!?」
「しっ!落ち着きなさいタスケ!」
人間の視力しかないタスケとハツは、かえって怪我をしないよう、じっと状況が好転するのを待つしかない。
(ふーっ……かなりキレてしまいましたわ。だけど、キレ過ぎたおかげで、かえって冷静になれました)
坑道から光が消えた原因は女神にあった。明るく照らしていた義手のライトを、レジーナがオフにしたのである。
(黒の魔女は、私の光に向けて投石してきた。当然、闇の中にいるあいつの方が有利に決まっているわ)
事実、光を消したことで次の投石は飛んでこなかった。
「女神様ぁ!どこにいるんですかぁ?」
そうアーサーに呼びかけられても、今は無視するしかない。声を出せば、その声に向けて石が飛んでくるはずだ。
(これで状況は五分と五分……)
並の視力であれば、お互いにお互いの場所はわからないはずだ。とはいえ、今はレジーナからも攻撃をするのは難しい。この状況を覆すのはどうすればいいのか?と、レジーナが考えていると意外なことが起こった。
「え?」
思わず女神の口からそんな声が漏れる。岩の陰で、ぼうっと何かが明るく灯されたのだ。
松明の火である。最初、レジーナは囮の罠かと思った。しかし、そうではなかった。黒の魔女、すなわちトコヤミサイレンスが、松明をかざしながら歩いて出てきたのである。
(馬鹿じゃないの?)
あるいは、自分を馬鹿にしているとレジーナは思った。これでは、まさに自分から蜂の巣にしてくださいとお願いしているようなものだ。
(勝った!)
レジーナは銃口をトコヤミに向ける。
「死ねぇ!!」
だが次の瞬間、女神の全身に鳥肌がたち、体中の筋肉が硬直を始めた。
「な、なによコレぇ!?」
「…………」
トコヤミは無言でレジーナを睨み続ける。何が起こったのか理解したのは、むしろその様子を遠目に見ていたハツの方だった。
(これは……強い殺気をぶつけて、レジーナの体を動けなくさせているんだわ!)
「あ……あ、ああ……!」
狼狽するレジーナに、トコヤミは氷の表情のまま静かに歩み寄る。やがて、暗闇姉妹は女神の義手を、無造作に蹴り飛ばした。
魔法少女が魔法少女の姿に見えるのは、魔法少女の衣装に込められた認識阻害魔法の賜物である。そして、魔法少女の衣装は、右手にはめられた指輪が本体であった。指輪ごと義手が肉体から離れたことで、女神の真の姿が顕となる。
最初に仰天したのはタスケであった。
「女神様の姿がおかしくなったぁ!?」
艶やかな肌と、蠱惑的な金髪の少女は、そこにはもういない。荒れた肌に、脂ぎった黒いボサボサの髪。痩せぎすの小鬼のような姿こそが、女神ディーバレジーナの本当の姿であった。
「見るなぁ!!私を見るなぁ!!」
ここでトコヤミサイレンスの『蛇にらみ』の効果が切れた。もうその必要もなかったからである。
「はっ!?」
松明を掲げるトコヤミサイレンスの反対の手には、剣が握られていた。レジーナが蹂躙した、骸骨兵が持っていた得物である。
「…………」
ここに至って、何をするとは一言も発しないトコヤミなのである。だが、レジーナを恐怖のどん底へ突き落とすには、それで十分であった。
「ひいいい!!」
「待って!」
そう叫びながらレジーナとトコヤミの間に割って入ったのはハツだ。その手には、長い棒が強く握られている。
「女神様を殺す気なの!?そうはさせないから!」
「……」
トコヤミとハツは、しばし睨みあった。やがて、トコヤミが口を開く。
「ハツちゃん。あなたたちは、自分が何をしているのか、ちゃんと理解しているの?」
「アタシたちが何をしているか?」
ハツは、黒の魔女が何を尋ねているのかわからない。
「やるべき事よ!」
「何をやるべきだって?」
「魔王を倒して、人間の世界を守るの!」
「魔王を倒したら、どうして人間の世界を守ることになるの?」
「だって……そんなの常識じゃ……」
「それは本当に、自分の心で考えたこと?誰かに言われるままに生きているだけじゃないの?」
ハツはしばし沈黙した。そもそも自分自身、女神の行動に違和感を覚えていたのだ。
だが、だからといって悪魔に親しみを持てない理由がハツにもある。
「だって……悪魔は人間を襲うじゃない!この村だって!」
「マンダーレイアに襲われた」
「そう!だから……!」
「そのマンダーレイアが、ディーバレジーナの命令で動いていたとしたら?」
「……デタラメを言わないで!だとしたら、どうして女神様は勇者を選んだの?魔王を倒すために!」
「そんなの私が知るわけないよ」
トコヤミはハツに剣尖を向ける。
「今からそれをハッキリさせるから、邪魔をしないで……」
と言いかけたところで、トコヤミサイレンスは言葉を失った。
「マンダーレイアの首が……!?」
いつの間にか、『もののけ封印』と書かれた水瓶が粉々に割れているのだ。中に入っていたはずの、マンダーレイアの首が無くなっている。
「ふ……ふふふ……あはははは」
ディーバレジーナが勝ち誇ったように笑った。
「バカね!戦いは二手三手先を読むものよ!さあ、レイア!やりなさい!黒の魔女を殺すのよ!」
それは、岩陰に潜み、絶好の機会をうかがっていた。竜の首から、幾本ものワイヤーが、蛸の足のように伸びている。蜘蛛が這うように移動し、やがてターゲットへ向けて一直線に飛びかかった。
「レイア!」
トコヤミが剣を振るが、レイアの首はそれをすり抜ける。それもそのはずであった。マンダーレイアのターゲットは、もとよりトコヤミサイレンスではない。
レジーナは、自分の目を疑った。マンダーレイアの首が、女神の視界一杯に広がる。
「は?」
マンダーレイアがするどい牙を突き立てたのは、ディーバレジーナに対してであった。
「ぎゃああああああ!?」




