言葉で責める時
ダンジョン、と女神は言っていた。
「私から離れないでくださいね」
そうレジーナは言う。しかし何の事はない、ただの坑道なのだ。モンスターもいない。トラップも置かれていない。しかし、ある意味ではダンジョンと呼べる要素もある。
「迷子になられては困りますから」
長い年月をかけて採掘された坑道は、それ自体が複雑な迷路となっていた。村人たちが炭鉱夫以外の者の立ち入りを禁じていたのも、無理からぬことである。さもなければ、道に迷って一生出られなくなる可能性があるからだ。
タスケやハツはもちろん、実のところレジーナでさえ坑道に詳しいわけではない。それでも、女神は義手に取り付けられたライトで照らされた坑道を、自信満々な足取りで歩いて行った。
「あの、女神様」
ハツがたまらず尋ねる。
「どんどん進んでいますけれど、道は大丈夫なのですか?」
「大丈夫。女神にできない事はありません。安心してついて来てください」
実際、レジーナが道に迷う事はない。右腕の義手では、液晶パネルが光を放っている。その液晶パネルが、今まで通ったルートを記録し、さらに目的地への方角を示していた。目的地はもちろん、マンダーレイアの首がある場所だ。
とはいえ、入り組んだ坑道である。方角がわかっても、方角通りに進めるとは限らなかった。何度か道を行きつ戻りつ、ついに進むべき方向に進めなくなった時、女神は、文字通り奥の手を使う事にした。
「ドリルアーム!」
そう叫んだレジーナの右手の先が、螺旋状のキリに変形する。女神はドリルを使い、轟音をあげながら壁を粉砕した。
「わーっ!女神様の魔法はすごいなぁ!」
新たな道が出現し、タスケは素直に感心して拍手する。レジーナも、褒められて悪い気はしない。
「うふふ、さあ進みましょう」
そんな女神も、少しだけ気になることがあった。ハツのことだ。先ほどから口数の少ない彼女に違和感を覚えているのである。
だが、今最優先しているのはレイアの消息だ。何があったのかは、液晶パネルに表示されたマンダーレイアのステータスを見ればわかる。首を切断されたのだ。その首から先が、ひたすらレジーナに向けてSOS信号を放っているのである。
やがて『もののけ封印』というお札を貼られた水瓶をレジーナが発見した時、彼女は二重の意味でホッとした。無事見つけられたのはもちろん、都合がいいことに、水瓶に入ったレイアの首は勇者とハツには見えない。
「やっと見つかりましたね!」
そう嬉しそうに水瓶を手に取る女神にタスケが尋ねた。
「女神様、そりゃ一体なんですだ?」
「これは……魔王を封印するためのアイテムです。ほら、ここに『もののけ封印』と書いているでしょう?『もののけ』とは『魔王』のことなのです」
「はぁ」
だが、ここで意外にもタスケは納得しなかった。
「魔王は、倒すんじゃなかったんですか?」
「えっと……それは、そうです。ですが……倒しきれないかもしれません。その時は、封印するのです。魔王を止める方法は、たくさんある方がいいですからね」
「ふーん、そうですか」
タスケは、まだどこか解せない様子だった。が、暗闇の中でそれに気づいているのは、幼馴染のハツのみである。
女神が改めて言う。
「さあ、必要なアイテムは手に入れました。これから魔王城へ向かいましょう!……どうしたのですか、二人とも?」
ハツも、タスケも返事をしない。代わりに返事をしたのは、別の少女の声であった。
「それを持って、どうする気なのかなぁ?」
「なっ!?」
レジーナにとって、忘れようにも忘れられない声が、坑道にこだまする。ハツも、誰の声なのかすぐにわかった。
「この声、チドリちゃん?」
チドリと名乗っていたツグミは、それには答えずに言葉を続ける。
「ディーバレジーナって、魔法少女にしては仰々しい名前だよね。日本の魔法少女のはずなのに、日本語が入っていない。西洋ファンタジーに憧れているのかなぁ」
「アーサー!ハツさん!惑わされないように!黒の魔女の言葉に、耳を貸してはいけません!」
レジーナは『黒の魔女』ことツグミの姿を探す。だが、音が反響するためか、どこにいるのかの見当がつけられない。
「そのくせに、この世界のみんなには日本語を使わせているんだね。シンデレラや白雪姫の絵本を残したりして。コンプレックスがあるくせに、本当の西洋を知っているわけじゃないんだ」
「は、はあ!?」
レジーナは顔を隠すベールの奥で、頬が紅潮するのを感じた。
「RPGがやりたいんでしょ?だから悪魔と人間をわざと対立させようとしている。魔王を倒す勇者だなんて……発想がすごく浅くて貧しいよ」
「ふざけんな!!てめえ!!」
ついにレジーナが激昂した。「どこだ!?どこにいる!?」と声を荒げ、義手についたライトをやみくもに振り回す。
「他人の世界観に口を出すんじゃねーよ!!それを言い出したら戦争だろーが!!」
だが、闇の中からの奇襲は暗闇姉妹の十八番なのである。女神の背後に立っているツグミが、一言つぶやいた。
「変……身……」
ツグミの体を、影のような包帯が幾重にも包み、やがて漆黒のドレスを形作る。
「はっ!?」
レジーナがライトの光を向けた時には、ツグミが変身した魔法少女、トコヤミサイレンスの姿はすでに無かった。この生粋のアサシンにとって、気配を殺して移動することなど容易いことである。やがて手頃な大きさの石を拾ったトコヤミは、それを黒い包帯で包むと、端を握ってブンブンと振り回し始めた。旧約聖書において、少年ダビデが巨人ゴリアテを倒すのに使った、人類最古の兵器。すなわち、投石である。
「あがっ!?」
左肩に痛烈な一撃を見舞われたレジーナは、思わずその場にうずくまった。




