焦土の時<Side:ツグミ>
実は、ツグミたちもまた焦土の村に着いていた。
時間は少しだけさかのぼる。森を歩いて進むヒルたちは、謎の咆哮を耳にして身を固くした。
「なんだ、今の声は!?」
それはスーパーバイク、マサムネリベリオンのエキゾーストノートである。それを知っているツグミ以外の者からすれば、1000ccの排気音は野獣の咆哮に等しい。
(サナエちゃん、魔王城に行ったと思っていたのに)
そう思うツグミをよそに、メンバーは足音を殺しながら慎重に移動する。
「ハチさん」
チイの父親が、そう呼びかけたヒルに何度もうなずいた。
「はい……もうすぐ私たちの村に着きます」
「ふええ……」
占い師のオトハンが情けない声を出しながらパーティの殿を歩いた。悪魔に焼き払われた村に、先ほどの咆哮である。オトハンの想像力を、ネガティヴに引き立てるには十分な材料だった。
やがて一行は、焦土と化した村を目にすることになった。誰より辛いのは、この村の出身であるハチであろう。
「ああ、そんな……なんてことだ、みんな死……!」
「クソッ、悪魔の奴らめ!なんて酷いことをするんだ!」
ヒルもまた、怒りにぐっと拳を固めた。そして、ツグミたち女性陣にこう指示する。
「茂みに隠れていてくれ。俺はハチさんと村の中を見てみる」
「わかりました」
ツグミも、今のところ異存は無い。ジューンにピッタリとくっつくオトハンと共に、草むらへと姿を隠した。
男であるヒルとハチだけが焼け跡へと足を踏み入れる。それを遠くから見ていたツグミたちであったが、急にヒルの動きが止まった。次の瞬間にはハチの襟を掴んで、焼け落ちた家屋の影に身を潜める。
「あっ」
次にツグミの視界に入ったのは、村にやって来たスケルトン部隊であった。彼らが何を話しているかまではツグミの耳には入らないが、どうやらこの村を調べに来たようだ。
(どうしよう……)
当然、ヒルはスケルトン部隊に気がついて隠れたのだ。やがて彼は意を決したように、弓に矢をつがえた。隣にいるハチも、固唾を飲んで槍を握りしめている。
と、ここで遠くからエンジン音がツグミたちの鼓膜を叩いた。オトハンの顔が青ざめる。
「うわぁ!さっきの怪物の声だぁ!」
(いや、ちがう)
マサムネリベリオンとは異なるエンジン音なのだ。とすれば、誰の仕業かはツグミにはすぐにわかった。
(レジーナだ)
やがて焦げた柵を突っ切って村へ飛び込んできたのは、一台のSUVである。SUVは驚愕するスケルトン部隊を薙ぎ倒し、やがて停車した。
「私、行ってきます……!」
そう言うやツグミは、草むらから低い姿勢で飛び出して行った。
「あ、チドリ君!」
ジューンも続こうとするが、その腰にしっかりと抱きついて離そうとしないオトハンがいる。
「ジューンさん!どこにもいかないで!私を一人にしないでよぉ!」
そうしている内に、SUVからはレジーナ、アーサー、ハツの三人が下車した。
「悪魔はこうやって、人間を滅ぼそうとしているのです。我々が魔王を倒し、悪魔を根絶やしにしなければ、やがて世界中がこの地獄になってしまうのですよ」
(勝手なこと言ってる)
演説するかのようにそう口にする女神に、ツグミは内心そうつぶやきながら走り続ける。もっとも、この時点では、マンダーレイアとレジーナの関係を、ツグミはまだ知らない。
「あっ」
ツグミが小さな小屋に身を隠すと、ちょうどそこに隠れていたチイと鉢合わせした。
「ツグミ姉ちゃん!」
「チイちゃん!魔王城に行ったんじゃなかったの!?」
「マンダーレイアがいたんだ」
「え、どうして?」
とはいえ、あまり詳しく話を聞く余裕はなかった。外では、スケルトン部隊の生き残りと、女神一行の戦闘が開始されようとしている。
「このような雑魚、勇者が出る幕ではありません。私たちで仕留めましょう」
「わかりました……!」
剣を構えた二体の骸骨兵にハツが襲い掛かる。
「おらあああっ!!」
ハッキリ言って、骸骨兵はハツの敵ではなかった。ハツは長い棒を振り回し、瞬く間にその体を粉砕する。
「あぎゃああ!?」
勇者どころか、女神すら出る幕は無かったようだ。その様子を見ていたツグミは、今はまだ姿を隠していた方が得策だと思う。
(ごめんね。後で、きっと治してあげるから)
そう心で謝ることしかできなかった。骸骨兵たちは、骨さえ元に戻ればまた生き返るはずだ。
その証拠に、ツグミたちのいる小屋の側に転がっていた頭蓋骨の一つが、彼女の姿を見つけるなり口を開いた。
「あ、ツグミ姫!」
「隊長さん!」
変わり果てた姿になった、青マント隊長である。ツグミは女神たちに見つからないように気をつけながら、その頭蓋骨をそっと拾った。
「隊長さん……スケルトン部隊のみんなも、どうしてここに?」
「レイア姫が村を焼いたと聞きましたので、その真偽を確かめに」
「レイア姫?」
怪訝な顔をするツグミにチイもまた語りかける。
「マンダーレイアがこの村の羊を奪ってジロー君にあげたら、あいつが第二王妃ってことになったの」
「うーん……なんか浮気されたみたいで複雑な気分。あ、そっか。それでチイちゃんたちは魔王城には居られなかったんだね」
「でも、マンダーレイアはサナエが首を斬って……あっ」
チイが坑道の方を指さした。そこへ、勇者一行もまた向かおうとしている。ツグミがチイに尋ねた。
「チイちゃん、あの洞穴には何かあるの?」
「あれは私たちが石炭を掘る坑道だよ。あの中に、私たちがレイアの首を隠しているんだけど……」
ここまで口にしたチイは、まさか悪魔マンダーレイアと、女神ディーバレジーナに関連があるとは思っていない。だが、ツグミは違う。
「レイアの首を取り返そうとしているのかも」
「そんなのダメだよ!絶対に!」
「チイちゃん、ここで待っていてね」
そう言うとツグミは、そっと小屋から抜け出し、女神一行の後ろから追跡を開始した。
坑道の入り口では、勇者が不思議そうな顔をして坑道を覗きこんでいた。
「女神様ぁ。どうしてオラたち、この中に入らなくちゃならないんだ?」
「それはですね、アーサー……」
女神は少し考えてから返答をする。
「このダンジョンの中に、魔王を倒すために必要なアイテムが隠されているからです。さあ、急ぎましょう」
「そっかー」
鵜呑みにするアーサーことタスケとは対照的に、ハツはレジーナの言うことが、どこか胡散臭く感じた。
(アタシたちがやっている事……本当に正しいのかしら)
ハツはサナエの言葉を思い出しているのだ。サナエは言っていた。自分は、魔王を滅ぼした世界からやって来たのだ、と。
『それで人間たちが平和になったと思いますか?……いいえ。今度は、人間同士で、お互いに悪魔呼ばわりして戦争を続けているんです。生まれがどうとか、過去がどうとかではなく、これからどうするかに目を向けないと、あなたたちも同じ道を歩むことになりますよ』
(もしかして……女神様は、わざと人間と悪魔を戦わせようとしている……?でも、どうして……?)
その問いに答えてくれる者はいない。今のハツには、黙って女神について行くしかなかった。




