猫と獣と四輪駆動の時
それは夜が明ける前のことである。
チドリ(ツグミ)、オトハン、ジューンの3人は、ヒルとハチ(チイの父親)と合流して5人パーティとなった。リーダーシップを発揮したのは、やはりこの男だ。
「夜の森を移動するのは危ない」
とヒル。
「火のそばで、朝になるのを待とう。ちょうど燃えている物がもうあることだし」
「ああ〜私の馬車が〜……」
そう嘆くオトハンには気の毒だが、彼女の馬車は、そのまま焚き火になる運命と決まってしまった。狼たちは逃げたが、またどんな獣がいるとも限らない。皆で交代に眠りながら、周囲を警戒しつつ太陽が登るのを待つことになった。
ツグミが監視役になってからしばらくして、ジューンが彼女の傍に近づいてくる。ツグミはわざと驚いた様子で言った。
「食べないでくださ〜い」
「私は肉食獣なのかい」
「うふふ」
「食べないとも。まだね」
「まだ?」
ジューンは他のメンバーが眠っているのを一瞥し、ツグミの傍に腰を下ろした。ツグミが尋ねる。
「ジューンさんは眠らなくていいんですか?」
「私は大丈夫だ。それより聞きたいことがあってね」
ジューンは声を落とした。
「君は、これからどうするつもりだい?」
女神の裏切りにあった以上、本当ならジューンもオトハンも、これ以上旅を続ける理由はない。
「ヒル君はハチさんの娘探しを手伝うようだが、彼は彼で、勇者が魔王を倒すのを見届けたいらしい。それで、君はどうするんだ?そういえば、そもそも魔女である君がなぜ勇者パーティについて来たんだい?」
「……実は私、この世界の人間ではないんです」
「この世界の人間ではない?それはどういうことだい?」
ツグミは、この世界とは異なるもう一つの世界から来訪したこと。そして、女神ディーバレジーナもまた、ツグミの世界の住人であることなどを話して聞かせた。ツグミにとって意外だったのは、ジューンがその話をすんなりと信じてくれたことである。
「それで、君は女神が何を企んでいるのか探りたいし、元の世界に戻る方法も知りたいというわけだねぇ」
「それともう一つ。ハチさんの娘さん。つまり、チイちゃんは私たちが保護しているんです」
「なんだって?それは本当かい?」
ツグミは、友人のサナエが少女を保護している事も明かした。この時点でツグミは、二人は魔王城に身を寄せていると思っている。
「ですから、私はこのまま魔王城に向かいます。レジーナも、そのうち魔王城に向かうはずです。そこで決着をつけます」
ツグミはそれでいい。
「ジューンさんはどうしますか?」
「もちろん、好きな所へ行くさ」
とジューン。
「要するに、君が行く方へ」
ツグミの顔が、ポッと赤くなった。
とはいえ、全員の意見がそれに一致したわけではなかった。というより、一人だけそれを拒否したのだ。朝になり、このパーティが魔王城を目指すと聞かされたオトハンは、ブンブンと首を横に振った。
「冗談じゃない!私はもう付き合いきれないよ!帰らせてもらうからね!」
「まあ、無理強いはしないさ」
ジューンがそう言ってオトハンをなだめようとする。
「我々は勇者パーティから見捨てられたも同然だからねぇ。勇者たちの冒険にこれ以上付き合う義理なんて無いと思うのは当然さ。帰っても、誰も悪く思わないよ」
「帰りたいさ!帰りたいけれど……」
オトハンは周りを見回した。ヒルは言うに及ばず、ハチは娘のチイを見つけるまでは帰らないつもりだ。
「チドリちゃんも帰りたいでしょ!?」
「女神と決着を……」
「え、なに?」
「ううん」
ツグミは、自分が怪盗ネズミお嬢ことチドリを演じている事を思い出す。
「魔王城のお宝をごっそりいただくニャーン」
「もう!ネズミなのにネコみたいな事を言って!」
オトハンの最後の頼みはジューンであった。だが、ジューンはにべもなくオトハンと帰ることを拒否する。
「悪いけれど、私たちはこういう関係でね」
と言いながらジューンがツグミにキスをしようとしたが、ツグミが「シャー!」と威嚇したので、これは失敗した。
要するにオトハンは他に帰るメンバーがいないため、帰るに帰れなくなった。この世界で、一人旅ほど危険なものはない。
「びえええええん!」
オトハンは文字通り泣く泣く、魔王城へと目指す旅に同行することになった。そんなオトハンを、ヒルは彼なりに慰めようとする。
「君たちの安全は、俺たちができるだけ守るから……そうだ、君は占い師だろう?俺たちの旅の前途を占ってみたらどうだ?」
「うぅ……そう言うなら……」
オトハンはタロットカードに似た物をとりだし、それをシャッフルする。そして2枚のカードを引くと、それが彼女の手からハラリと落ちた。
「え、どうした?」
「『闇』と『双子』……」
それが、オトハンが引いたカードの意味らしい。
「もうダメだぁ〜!お終いだ〜!私たちは闇の中で自分によく似た悪魔に殺されて、自分に成りすまされるんだ〜!うおおおん!」
「やれやれだな」
ヒルは占いを信じない。せめて良い結果が出ればオトハンを励ませるかと思ったが、諦めたヒルはメンバーをすぐに移動させることにした。
「なるべく太陽が昇っている間に移動しよう!そうすれば、ハチさんたちの、炭鉱の村まで夕方までに着けるかもしれない!」
他のメンバーに異存は無い。チイの村は、魔王城までの道中にあるのだ。森で野宿するよりも安全が確保しやすいだろうと思うヒルは、チイという少女も、もしかしたらそこにいるのではないかと考えていた。
一方その頃。
教会のすぐ外に、いつの間にか置かれた鉄の箱に、ハツと勇者アーサー(タスケ)は度肝を抜かれていた。タスケがレジーナに尋ねる。
「女神様、一体何ですかコレは!?」
「これは……そう、馬車の一種ですよ」
「馬車?」
そう聞いて車の周りを注意深く観察するタスケであったが、その馬車を引く馬は一頭たりとも見えない。
「わかった!馬鹿には見えない馬がいるんだ!そうだろハツちゃん!」
話を振られたハツは、困ったように顔を横に振る。女神が失笑した。
「ふふっ、違いますよアーサー。これは魔法の力で、ひとりでに車輪が回る乗り物なのです」
「へー!さすが女神様!すごいなー!」
レジーナは早速、用意したSUVの後部ドアからタスケを中に入れた。オトハンの馬車と比べれば、そのシートは雲に乗るような心地良さである。
「さ、ハツさんもどうぞ」
「え、あ、はい」
ハツは思った。このような物があるなら、なぜオトハンの馬車ではなく、最初からこの『馬車』を使わなかったのだろうか?と。なにより気にかかるのは、不潔な部屋で見た小鬼のビジョン。
(あれは……夢……たぶん、そうよね……?)
「ハツさん?」
「あっ女神様、すみません」
ようやくハツも乗り込み、レジーナはSUVの運転席へと腰を据えた。
「さあ、しっかり掴まっていてくださいね」
そう言うや女神にアクセルを深く踏み込まれたSUVは、オトハンの馬車とは比べ物にならない馬力で走り始めた。




