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合流の時

「わあっ!?」


 と大きく驚いたのはジューンだ。ムチが絡みついた女神の右腕をキャッチしたものの、気味悪がって思わずそれを落とす。


「まさか腕を引き千切るつもりは……!」

「ちがいますよ、ジューンさん」


 ツグミは表情を変えずにその腕を拾いあげた。


「これは義手です」

()()()ってなんだい?」

「つまり、偽物の腕です。なにからなにまで、嘘ばかり……」


 ツグミは光る掌を燃える馬車へ向けた。回復魔法である。しかし、完全にではなく、およそ半分ほど火を消した。狼たちに囲まれている今、完全に火を消すのは得策ではない。


(ハツちゃんたちはどうしたかな?)


 馬車のドアは、いつの間にか閉じられていた。ツグミは身軽に馬車へよじ登ると、女神から思わぬ反撃を受けないよう注意しながら、そっとドアを開く。


「あ!」

「どうした、チドリ君?」

「誰もいない!」


 馬車の中は、もぬけの殻となっていた。ディーバレジーナどころか、ハツとタスケまで姿が見えない。


「どういうことなんだろう、チドリ君?」

「…………あ、そういうことか」


 ツグミは女神が何をしたのか察した。


(たぶん、この世界から元の世界に戻ったんだ。何かしらの方法で、ハツちゃんたちも一緒に)


 とはいえ、あまりそれについて深く考える時間は無かった。女神の邪魔は無くなったとはいえ、自分たちはいまだに狼たちに包囲されている。


「くそっ!しつこいねぇ!」


 ジューンはムチを振り回し、近づく狼を片っぱしから打ち据えていった。しかし、ムチでは致命傷を与えるのは難しい。


「これじゃキリがないぞ!」


 もしもジューンのスタミナが切れたら、それでお終いだろう。そんな心配が、ツグミの心に浮かんだその時であった。


「グァン!!」


 と、断末魔をあげ、一匹の狼がその場に倒れた。


「な、なんだ!?」


 見ると、その狼の首に深々と、一本の矢が刺さっている。


「ジューンさん!」


 心配したツグミがジューンのそばに駆け寄る間にも、さらに弓音が響き、立て続けに二匹の狼がどさりと倒れて動かなくなった。


「チドリ君、どうやら誰かが私たちを助けてくれているらしいぞ」


「わああああああああ!!」


 と、絶叫が響き、筋骨隆々の男が槍を持って突進してきた。狼たちは、これにとうとう怖気づいたらしい。蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。


 槍を持った男の顔が、炎の明かりに照らされる。ツグミは、その顔を知っていた。


「あ!ハツちゃんのお父さん!」

「そういうあなたは、ネズミお嬢のチドリさんだな」

「ハツちゃんを探しているんですね。でも、一人でこんなところまで来て、危ないですよ」

「いや、一人ではないんだ」


 もう一人。足音が近づいてくるのを耳にして、ジューンたちが目を凝らして見た。弓を携え、闇から現れた彼もまた、ジューンの知った顔である。


「君たち、大丈夫か?」

「やあ、ヒル君じゃあないか!なるほど、狼を倒してくれたのは君だったんだな」


 ヒルはツグミに視線を向ける。


「えっと、君は?」

「あ、はい。チドリです」


 ツグミが名乗った偽名は、ヒルはすでにハツから聞いている。


「そうか、君がネズミお嬢か。俺はヒルだ。兵士たちのおさをしている」

「どうも、はじめまして」


 本当は「はじめまして」どころではない。ヒルとは、ノラミケホッパーの姿で対決したことがあるツグミなのだ。もちろん、魔法少女の認識阻害のおかげで、ツグミ自身が口にしないかぎり、ヒルが彼女の正体に気づくことはない。


「そっちの、倒れているのは誰だ?」

「占い師のオトハンちゃん。肩の脱臼を治したら気絶しちゃって……」


 ツグミからそう聞くと、ハツの父が彼女を助け起こす。やがてオトハンは目を覚まし、パチパチと不思議そうに瞬きした。


「あれぇ?なんでヒルさんがこんなところにいるの?」

「それはこっちのセリフだ。なんでまた夜に、こんな危険な道を選んで進む?」

「ヒルさんだって、ここにいるじゃん」

「俺たちは仕方がないんだ」


 ヒルは女神の命令によって謹慎処分中にもかかわらず旅に出た。よって、日中に自由に動けないのは当然だったのだ。だが勇者たちはそうではないはずだ。陽が沈んでから走る馬車を見て、不審に思ったヒルは様子をうかがいに行った。そこで狼に包囲されたジューンたちを発見し、今に至るのである。


「一体、どうしてこんなことになったんだ?」


 ジューンが、夜中に移動することになった理由と、狼に襲われるよう馬車にわざと細工がされていたこと。さらには、女神ディーバレジーナがジューンたちを攻撃したことをヒルたちに話して聞かせた。


「……理解に苦しむな」


 とヒル。ヒルからすれば、女神の攻撃はチドリたちへの理不尽な暴力でしかなかった。というのも、ジューンはチドリ(ツグミ)こそが『黒の魔女』であったことを一言も話さなかったのだ。


「どうして?」


 ツグミはジューンを引っ張ると、その事を小声で尋ねた。


「どうしてって……そんなに不思議かな?私は女神に襲われ、魔女の君に助けられた。肩書や、何を言っているかよりも、何をしてくれたかの方が重要だろう?要するに、君の方が好きなのさ」


 ここまで言うと、ジューンはツグミの右肩が血で濡れていることに気がついた。先ほどレジーナに銃撃された痕だ。


「かすり傷ですよ」


 とツグミ。


「君は、自分の怪我は治せないのかい?」

「ええ、はい。そのかわり、他人の怪我ならいくらでも治せます」

「では、オトハン君の骨折も治せる?」

「それなら、もうすでに治しています」


 ジューンが視線をオトハンへ向けると、彼女は不思議そうな顔で自分の右手を見ていた。


「あ、あれあれ?もう骨折が治ったみたい!不思議だなー!」


 ツグミが「ね?」という顔でジューンの顔を見ている。ジューンは思わずツグミを抱きしめた。


「うーん!私はやっぱり君が好きだねぇ!」

「い、痛い!」

「うっ、すまない。そういえば怪我をしているんだな。よく効く軟膏があるから、塗ってあげよう」

「ありがとうございます」


 というわけで、ツグミはジューンから治療を受けた。妙に艶めかしい手つきで軟膏を塗られたため、ツグミは赤面して後悔したが、それはまた別の話である。


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