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もののけ封印の時

 その後すぐ、サナエたちはブンブンことマサムネリベリオンと再会し、南へ向けて疾走した。スーパーバイク、リベリオンに追いつける兵力は、魔王城には存在しない。


 いや、唯一存在していたとしたら、それは飛行能力を持つマンダーレイアであろう。だが、そのマンダーレイアの首は、サナエが背負う水瓶に封印されていた。死んだわけではない。その証拠に、時折ビクビクと動いて、サナエを戦慄させていた。


「ひい〜!」


 そんなサナエは、水瓶に『もののけ封印』と書かれたお札を貼りつける。もっとも、それには()()()()()以上の効果はなかったが。


 場所は、チイの村。誰もいない、坑道の中である。


「なるほど。ジロー君とそんなやりとりがあったのですか〜」


 とサナエ。チイは、ガーネットを探しに洞窟を採掘していた魔王ジローの話をしていたのだ。


「たぶん、ジロー君が言ったことは本当だと思いますよ」


 サナエは続ける。


「あのマンダーレイア……いえ、()()マンダーレイアは、どうも魔王城と人間たちの対立を煽っているようにも見えるのですよ。チイさんの村を焼いたのも、あるいはそのために……」

「そんなの、絶対許せないよ!」


 チイがそう叫ぶと、レイアの首が入った水瓶がガタゴトと動いた。サナエとチイが、思わず言葉を失う。


 やがて、チイがサナエに尋ねた。


「ねえ、サナエ。私たち、正しいことをしているんだよね?」

「え?なにがですか?」

「だからさ、その……」


 チイは水瓶を見つめながら言う。


「私がマンダーレイアを殺してほしいって、サナエに頼んだこと……当然でしょ?だって、悪い奴だもん。これって、悪いことじゃないよね?」


 サナエは、たぶんチイは同意してほしいのだろうと察した。だが、事が命の話である以上、サナエは自分の考えを正直に答えることにした。


「悪いことに決まっているじゃないですか」

「えっ!?」


 当然、チイは収まらない。


「なんで!?悪い奴なのに!」

「たしかに、マンダーレイアの所業は許せませんし、チイさんが仇討ちをワタシたちに頼むのは当然だと思います」

「だったら、なんで!?」

「チイさん。当然であることと、正しいということは、いつだって同時には成り立たないものですよ。チイさんはマンダーレイアに襲われた時、死にたくない、生きていたいと思ったでしょう?」

「……うん」

「それは、マンダーレイアからしても同じです。彼女も自分の命は惜しいと思います。だけど、それをワタシたちは無理やり奪おうとしている。やはり悪いことですよ、これは」

「悪いことなのに、やるの?」

「はい。だって、誰かがそれをやらなければ、また他の村が燃やされるかもしれませんからね」

「なら、やっぱり……」


 チイは納得がいかない。


「それって正しいことなんじゃないの?」

「もしかしたら、そうかもしれません。でも、正しいとは思わない方がいいですよ」

「どうして?」

「人を殺す時、それを正しいと思うようになったら、ワタシたちはワガママになってしまいます。ワガママになると、今度はワタシたちがマンダーレイアのようになってしまいますからね。この話、忘れないでくださいね、チイちゃん」


 黙って頷いたチイ。ふと、その目に涙が光った。


「ごめんなさい。チイさんを傷つけるつもりはなかったのですが……」

「ううん」


 チイが首を横に振る。


「ジロー君に、悪いこと言っちゃったかな、って……」

「そうですか……でも、大丈夫ですよ」


 サナエはそう言いながら、チイの頭を撫でた。


「ツグミさんと合流して、後で謝りにいきましょう。きっと許してくれますよ」


 さて、そのツグミ。

 怪盗ネズミお嬢ことチドリという名前で勇者パーティ入りが決定したところだ。『勇者パーティ選別大会』はひとまずお開きとなり、勇者アーサーと女神レジーナ以外のメンバーは、ひとまずハツの父親の家。すなわち、村長の家へと身を寄せていた。


「えーっと、オトハンちゃん?」


 チドリは、どこかで見たことがあるような占い師、オトハンに手を取られ、揉みしだかれていた。


「手相を見てくれるって、話じゃなかったっけ……?」

「いやーついつい」


 オトハンは悪びれることなくツグミの手を揉み続ける。


「小さくて柔らかくて可愛いお手々なものですから」

「なんなのーもう」


 そんなチドリにさらに迫る魔の手は、踊り子のジューンだ。


「うひっ!?」

「柔らかいといえば、このほっぺも柔らかくていいねー」

「ジューンさん……!?」

「まるまるすべすべ、若いっていいねー」


 他人の空似二人に揉みくちゃにされるチドリは、ハツに助けを求めようとする。


「なんとかしてーハツちゃーん」


 しかし、一緒に部屋にいたはずのハツの姿は、いつの間にか消えてしまっていた。


「ふえ~~」


 チドリはもうしばらく、二人の女に弄ばれることになりそうだ。



 その家の敷地内には、農具などを入れるための納屋がある。外から鍵をかけることができるとしたら、ここしか考えられなかった。すなわち、女神に逆らったヒル兵長を謹慎させるために、この場所が選ばれていたのだ。


(どう考えても、おかしいな……)


 ヒルはここに閉じ込められてから、ずっと同じ疑問を繰り返している。


(女神様は何を考えているのか。タスケを勇者に仕立てたのは、いくら考えてもおかしい)


 では誰が勇者にふさわしいかと考えると、自分ではないかとも思う。それが身の程知らずだとしても、少なくともタスケほどではないはずだ。


(まさか……?)


 女神の本当の目的が、勇者を敗北させることだとしたら?たしかにその役目ならばタスケほどふさわしい人物はいない。だが、女神があえてそんなことをする理由は、ヒルがいくら考えても思いつかなかった。


 そんなヒルがふと気配を察し、顔をあげる。


「誰だ?」

「ヒルさん、アタシです」

「その声……ハツちゃんか?」


 ハツは納屋の扉を隔ててヒルと向かい合っていた。ドアの下にある隙間から、彼女の足が見えている。


「勇者パーティの選別大会……さっき終わったところです」

「そうなのか。それで、誰が一緒に行くことに?」

「アタシです」

「え」


 ヒルはハツから、最終的に選抜されたメンバーの話を聞いて頭を抱えた。勇者アーサーことタスケと女神レジーナ。それに加えてハツと、踊り子のジューン、さらに占い師のオトハン。


「ネズミお嬢?」


 そして、チドリ。もっとも、ネズミお嬢などという泥棒の話は聞いたこともない。


「泥棒なんだから、有名なはずがないってチドリちゃんは言ってたわ」

「それはいいとしても……無茶苦茶な人選だな」


 要するに、タスケ以外は全員女性である。女神本人はともかく、この人選は自殺行為としか思えないヒルであった。


「今からでも間に合う。誰か男の兵士も連れていくべきだ」

「それなんだけど…………」


 そもそもハツがここに来たのは、チイの父親について相談するためだ。


「村を焼かれた女の子の父親か」


 ヒルも、昨夜その話を耳にしている。


「勇者パーティについて行きたいと女神様にお願いしたけれど、断られちゃって。ヒルさんに相談したら、何か良い方法がわかるんじゃないかと思ったの」


 ハツのその言葉を聞いたヒルには、すでに解決策が頭に浮かんでいる。


「ハツちゃん、俺をここから出してくれ」

「えっ!?」

「俺がその親父さんと、チイちゃんを探しにいくよ」

「でも……」


 ハツがためらうのも当然であった。女神の命令は、絶対なのである。ヒルを逃がすことは、当然、背信行為であった。


「ハツちゃんが困るのも、わかるよ。だけど、ハツちゃんだって自分の心で考えてほしい」

「自分の、心?」

「女神様は、何か変じゃないか?タスケを勇者にしたり、パーティのメンバーをほとんど女の子にしたり」

「それは……でも、タスケは言い伝え通りに聖剣を引き抜いたわ!」

「そう、言い伝え通り。でも、その言い伝えだって女神様が残したものだろう?俺たち全員が、もしかしたら女神様の狂言に付き合わされているんじゃないか?」

「そう……なのかしら……?」


 女神の言うことは絶対だと、幼少期から教え込まれているハツなのである。にわかに女神に反旗をひるがえす気になれないのは当然であった。


「君は、女神様の言う通りにしていたらいい」


 そうヒルが言ったのは、突き放しているわけではない。少なくとも、女神の前では従順でいた方が、ハツの身が安全であるからだ。


「だが、俺を解放してほしい。君が俺を逃がしてくれたことは、誰にも言わない。俺も、チイの親父さんや、君たちの力になりたいんだ……!」

「…………」


 しばらく無言で立ち尽くしていたハツは、やがてそのまま納屋を離れていった。


(……ダメだったか)


 ヒルは力なく、納屋の壁にもたれかかった。勇者パーティがもしも全滅したら、ハツはどうなるのか?それを思うと、ヒルは限りなく心が暗くなる気がした。


 そんなヒルの目に再び光が戻ったのは、誰かが再び納屋の前に立ったからである。


「…………」


 鍵が開く音がした。納屋の前からハツが立ち去るまで待ってから、ヒルはようやく立ち上がった。



 そこから離れた教会。

 女神ディーバレジーナは異常事態に気がついた。といって、その非常事態とは、ヒル兵長が逃げ出したことではない。


「あっ!えっ?」


 レジーナの右腕のランプが点滅を繰り返している。その意味は一つしかなかった。


「マンダーレイアからのSOSシグナル……!あの子に何かあったんだわ……!」


 レジーナは右手に装着されたデバイスの液晶画面を凝視する。レイアからのシグナルは、レイアが襲った村の位置から発信され続けていた。


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