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友だちは魔王の時

 サナエがマンダーレイアに斬りかかる前のことである。

 サナエに、リベリオンと一緒に隠れているよう言われたチイであった。


 サナエはチイたちと別れる前に、こう言った。


「待っていてください。チイさんの村の仇は、ワタシが討ってきます」


 チイとリベリオンは、目立つ。幸い、二人の身を隠す場所はすぐに見つかった。城の中庭に、洞窟があったのだ。


 なぜこんなところに洞窟があるのか、サナエにはさっぱりわからなかった。城の誰も、この洞窟について言及した者はいないのだ。しかも、洞窟の入り口は蔦を垂らしてカモフラージュされている。


「チイさん、これを持っていてください」


 サナエがそう言ってチイに渡したのは、先が折れたパドルである。要するに、ただの木の棒だが、魔王城の中心にいて、丸腰であるよりもはるかにマシだとサナエは思った。サナエとチイは恐る恐る洞窟へ入り、その背後から、リベリオンがライトで照らす。突き当りはすぐに現れた。


「なんだ、思ったほど大きな洞窟でもないですね」


 その洞窟はそれほど長く、奥まで伸びていなかった。せいぜい、10メートルほどである。見たところ、危険な生物の気配もない。


「なんだか涼しいね、サナエ」


 と、チイが言う。ひんやりと涼しいこの場所は、食べ物の保管場所なのかもしれない。空っぽなのは、今は使われていないからだろう。ならば、チイたちを隠しておくのに最適だとサナエは思った。


「ここに隠れていてくださいね。すぐに戻ってきますから」


 だが、その約束は守られなかった。それどころか、サナエに呼ばれたリベリオンまで洞窟から出て行ってしまったのだ。


「ちょっと!どこに行くの!?」


 それに答える術を、リベリオンは知らない。一人残されたチイは、サナエがレイアを襲ったことで、城内で起きている騒ぎなど、知る由も無かった。


 それからさらに時間が経つにつれ、チイの小さなお腹が何度もグウと鳴る。


「お腹すいた……」


 とはいえ、城内に入って食べ物を探す勇気などチイにはない。ましてや、城にはマンダーレイアがいるのだ。もしも見つかれば、マンダーレイアは再び自分を殺そうとするだろう。そう思うだけで、チイの足は恐怖で震えた。


「!」


 足音に気がついたのは、ちょうどそんな時であった。誰かが、洞窟へと入ってくる。


(サナエかな?)


 チイはその身を、岩の陰に隠した。逆光のせいで顔はわからないが、侵入者はサナエではない。


(子どもみたい)


 火のついた蝋燭の、か細い明かりを頼りに少年が歩いてくる。誰あろう、魔王ことジローなのだ。ジローはチイがいることに気がついていない。そして、チイはその少年が『魔王』であるとは知らない。『魔王』の姿を見た人間はいないのだ。


 だが、『魔王』は恐ろしい姿をしているに違いないと、村人の誰もが噂していた。だからチイが、ジローが魔王であるとは思えなかったのも当然である。ゆえに、好奇心から彼の後をこっそりつけたのも無理からぬことであった。


(なにをしているんだろう?)


 洞窟の突き当りまで行ったジローは、手頃な石を手に持ち、ガンガンと洞窟の壁に叩きつけた。壁が砕け、礫と化す。ジローは足元に転がった礫に、蝋燭の火を近づけて観察した。


「違う……こんな色ではない……」


 そうブツブツとつぶやくジローを見たチイは、父親が炭鉱夫なのである。ゆえに、ジローが何をしたいのか気づいた。


(採掘しているんだ!)


 チイはしばらくジローを観察していたが、やがて洞窟の入口へ向かった。チイが求めている物はすぐ手に届くところにある。


 一心不乱に掘り進むジロー。そんな彼の背後で誰かが咳払いをした。


「えほんえほん」

「?」


 背後を見ると自分と同じくらいの身長をした誰かがいる。ジローは蝋燭の火を相手の顔に近づけた。


「誰だ、お前は?」

「私はチイだよ」


 その顔には、サナエによって歌舞伎の隈取りのような模様が描かれている。ゆえに、ジローはこう思った。


(なんだ、俺様と同族の悪魔か)


 逆に、暗い洞窟の中では、ジローの肌が青いことに気づかないチイなのである。相手がただの子どもだと思ったチイは、恐れることなく尋ねた。


「何をしているの?」

「俺様が何をしようが俺様の勝手だろ。それに、お前こそ、ここで何をしている?」

「サナエに、ここで待つように言われたの」

「サナエが?」

「サナエを知っているの?」

「まあな。サナエは俺様の家来だからな」

「ふーん」


 チイはその言葉を真に受けなかった。大人のサナエが、子どもの家来になるわけがない、と。


「私はサナエの友だちの、チイ」

「名前ならさっき聞いたぞ」

「それで、君の名前は?」

「え」

「私が名前を言ったんだから、君の名前も教えてよ」


 生意気なガキだ。そう思いながらも、サナエに免じてジローは答えてやることにする。


「俺様はヘイローの息子、ジローだ」

「じゃあ、ジロー君」


 チイは長く、硬そうな石を拾うと、サナエから渡された木の棒に、それを蔦でグルグル巻きにして固定した。即席のピッケルである。


「こっちの方が掘りやすいんじゃない?」

「む?」


 ピッケルを受け取ったジローは、その奇妙な形を見て首をひねる。だが、チイに教えられた通りに棒の端を持って壁に叩きつけると、壁は簡単に礫と砕けた。


「おお、これは便利だな!」

「そうでしょ。私のお父さんが炭鉱夫だから、そういう道具を知っているの」

「いいだろう。お前とお前の父親も、俺様の家来にしてやる」


 そうジローが言って喜ぶかと彼が思いきや、チイは怪訝そうな顔をする。


「どうして家来なの?」

「は?」

「ジロー君は、そんなに偉い人なの?」

「ああ、もちろんだ。俺様は偉いのだ」

「どうして?」

「なぜならば、俺様は生まれつき偉いからだ」

「それはどうして?」

「えっ」


 ジローは腕を組み、首をひねった。魔王として生まれた自分は、とにかく偉いのだ。ずっとそう思っていたジローであったが、チイに理由を聞かれると、自分でもわからないことに気づいた。


「……よくわからなくなってきた。俺様は本当に偉いのだろうか?」

「よくわからないなら、家来じゃなくて、友だちでいいんじゃない?」

「友だち?」


 ジローは考えこむ。


「俺様は……友だちというのを知らない。今まで一人も、そんな奴はいなかった」

「じゃあ、私が初めての友だちだね!」


 そうチイが口にした瞬間、彼女のお腹が一際大きく、グウと鳴った。


「お腹が空いているのか?」

「……うん」


 それを思い出すと、急に元気が無くなるチイである。そんなチイに、ジローは蜂蜜入りのパンが入った箱を差し出した。


「食え」

「え、いいの?」

「お前は俺様の初めての友だちだからな。食えよ」


 パンを見たチイは、口の中によだれがあふれるのがわかった。だが、すぐには手をつけない。


「ジロー君も食べなよ」

「俺様は、いい」

「私一人で食べるのは嫌。友だちなら、一緒に食べようよ」

「ほう、友だちとはそういうものなのか」


 そうして、二人はやっと蜂蜜入りのパンを食べ始めた。チイはジローにニッコリと微笑む。


「おいしいね」

「ああ、うまいな」


 ジローは独り言のようにつぶやいた。


「これが友だち……ということか」


「ところでジロー君、まだ私の質問に答えていないよ」


 パンを食べ終えたチイがジローにそう言った。


「何だ?」

「ここで何やっているのか、まだ教えてもらってない」

「ああ、そうか」


 ジローは少し考えると、チイに小声でささやいた。


「他の奴らには内緒だぞ」

「わかった」


 チイまで小声になる。


「ガーネットを探している」

「ガーネット?」

「ああ。血のように赤い宝石だ」


 ジローは宝石を求めて採掘をしているらしい。チイは尋ねた。


「ジロー君、お金持ちになりたいの?」

「いいや、ちがう。ガーネットには、魔法の力があるのだ」

「へえ!」


 チイはそう聞くと、俄然、興味をそそられる。


「どんな力があるの?」

「この世界と、他の世界とをつなぐ力だ。つまり、異世界へ旅立つための力」

「異世界?」


 この世界しか知らないチイにとって『異世界』という概念はまったく()質なものである。そんなチイに、ジローが説明する。


「俺様たちの世界とは、まったく違う世界があるのだ。それも、一つではない。いくつも。星の数ほどあるのだ」

「信じられないなぁ。本当に、そんな異世界なんてものがあるの?」

「事実、異世界から来た者がいる。サナエがそうだ」

「!」


 チイはハッと息をのんだ。あの風変りな不思議な女の子。たしかに、この世界の住人とは特徴が違いすぎる。まったく違う世界からの来訪者だと、今まで気づかなかった自分の方が、チイには不思議に思えるほどだ。


「本当だ。サナエも自分でそう言っている」

「じゃあ、ジロー君も異世界に?」

「ああ、行きたい」

「行って、どうするの?」

「一つの世界には一人しか魔王がいない。俺様は、他の世界にいる魔王に会いたいのだ。そうすれば、俺様は一人では無いと思える。孤独では無いと心から思えるだろう」


 チイはふふふっと笑う。


「ジロー君、まるで自分のことを魔王だと思っているみたい」

「俺様は魔王だが?」

「え」

「俺様は、魔王であると言っている」


 チイはそばに置かれている蝋燭を手に取り、ジローの顔へと近づける。青い肌と、頭から突き出た二本の角を見たチイは、思わず蝋燭を手から落とした。明かりが消え、洞窟は暗闇に包まれた。


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