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慟哭の時

「まだ仕事は終わっていないよ」


 西ジュンコが集まった少女たち4人にそう話す。


(そうだ!山中で養分にされているケンジ君たちを助けなければ!)


 グレンバーンはそう考えていた。


 山中に再び潜入するのは、グレンとアケボノオーシャンのペアである。二人の閃光少女は基礎体力が高いため、急峻な山道をすいすい進むことができた。目指すのは草笛ミドリ……の種だったもの。今は被害者を取り込む大木となっている、本体である。もう道に迷う事はない。本体を見つけた時の座標は、ジュンコがサーマルゴーグル破損の前に記録していた。あとは発信機を兼ねた無線機の液晶画面を見ながら、ひたすらそこを目指すだけだ。


「あ……」


 グレンが何かを見つけて止まった。彼女を追い越してしまったオーシャンが尋ねる。


「どうしたの?」

「防水バッグ。山に落としていたのを見つけたのよ」


 サーマルゴーグルなどの機材を山中に持ち込むために使ったそれを、グレンは拾い上げ、中身を確認した。中にはガイガーカウンターと、A3の画用紙が四つ折りになって入っている。


「それは?」

「寄せ書きよ。中学校でもらったの」


 グレンは画用紙をオーシャンに開いて見せる。月並みな応援メッセージもあれば、こんな内容も書かれていた。


『田口君を家に帰してあげてください』

『田村君を見つけてください』

『関口君のお母さんが心配しています』


 他にも数名の名前が見える。いずれも今回の事件の被害者たちだ。


「彼らを必ず家に帰してあげましょう!」

「……」


 グレンがそう決意に燃えるほど、オーシャンは複雑な心境になった。


「あった!」


 二人がその大木を見つけた時、やはり人間の姿が浮き出ている樹皮の口が、ずっと助けを求めていた。


「タスケテくれよ、グレンバーン……タスケテくれよ、グレンバーン……」


 グレンはその表面を手で抑える。力を加えると、人間の骨格の形が浮き上がった。


「オーシャン、あなたの魔法で切開して彼らを取り出せないかしら?」

「やってみるよ」


 閃光少女アケボノオーシャンの得意魔法は結界だ。グレンが肘に牙を付けたように、彼女もまた結界を刃物のように使うことができた。というより、彼女の技の方がずっと洗練されている。トランプの形に結界を作り、それを指に挟んで、ゆっくりと大木に近づく。


「ハッ!?」


 背後から物音がしてグレンが振り返った。蔦人間がまだ残っていたのだろうか?いや、違う。そこに立っていたのは常闇の魔法少女だ。


「トコヤミサイレンス……」

「……」


 漆黒のドレスを身にまとった魔法少女の処刑人。暗闇姉妹の全ての始まりとも言える彼女が、無言で立っている。その表情には何の色もない。だが、彼女の能力を知っているグレンは明るい顔になった。


「ちょうどよかったわ!あなたの回復魔法で、ケンジ君たちを元に戻してあげてよ!」

「……」

「どうしたの?力を貸してくれないの?」


 トコヤミサイレンスはヒーラーである。グレンは単純に、回復魔法でヒスイローズに取り込まれた被害者たちを救い出せると思っていた。


「グレン……それはダメなんだ……」


 動かないトコヤミにグレンがじれったい思いをしていると、そうオーシャンが口にする。その指に挟まれたトランプ型の結界が、鮮血に赤く染まっていた。蔦人間の緑色の血ではない。人間の血である。


「アア……アア……」


 大木の中に取り込まれた被害者が苦痛にうめいている。


「ちょっと、気をつけて!中にいる子たちを傷つけないように……」

「そのつもりでやったんだ!」


 オーシャンが言葉をさえぎる。


「でも、ダメなんだ。もう、この子たちと、この木は同化してしまっている。グレンから薔薇の呪いの話を聞いた時に、もしかしたらこうなるんじゃないかと思っていた。ヒスイローズへの攻撃は子供たちへの攻撃になるし、もしも子供たちを回復させたらヒスイローズも復活する」

「そんな……そんなのって、あんまりだわ!」


 オーシャンは立ち尽くしているトコヤミに視線を送る。


「だからトコヤミサイレンスは動かない。回復魔法を使えば、また蔦人間の軍団が現れる。さっきはなんとか洪水で倒せたけれど、再び現れたら私たちには倒せない」

「なら、どうしたらいいのよ!?」

「……トコヤミサイレンスは知っている」


 オーシャンがポツリとつぶやいた時、トコヤミの手には短い棒が握られていた。彼女がそれをひねると、端部からダガーのような刃が飛び出す。極端に柄の短い槍のようだ。そしてそれを構え、ヒスイローズの本体の木に近づいていく。


「待って!」


 グレンがトコヤミを止めると、オーシャンが彼女に語りかける。


「グレン、誰かがやらなければいけないんだ。被害者ごと、ヒスイローズを殺さなくてはいけないんだよ」

「わかっているわよ。だから聞きなさいよ」


 何を聞けと言うのか?グレンが指さす先を怪訝そうに見たオーシャンは、木に浮かぶ被害者の少年が、ずっと同じ言葉を繰り返しているのを耳にする。


「タスケテくれよ、グレンバーン……タスケテくれよ、グレンバーン……」

「指名されているのは、アタシなのよ……」


 グレンはゆっくり木に近づき、その手で被害者たちの面影を撫でる。そして、静かに語りかけた。


「助けて……ほしいのね?」

「タスケテくれよ、グレンバーン……タスケテくれよ、グレンバーン……」

「だめなのよ……アタシたちではあなたを救えない。せめて、あなたたちを楽にしてあげることしかできない……」

「…………」

「殺してほしいの……?」


 木はしばらく沈黙していた。やがて、口を開いた。


「コロシテくれよ、グレンバーン……」


 それを耳にした途端、グレンの呼吸が荒く乱れる。だが、やがて落ち着きをとりもどした彼女は、ポツリと口にした。


「わかったわ」


 グレンは西中学校、すなわち被害者たちの母校でもらった寄せ書きをそっと大木に添えた。


「悪い夢はもう終わりよ。でも、忘れないで。あなたの帰りを心待ちにしていた友だちがいたことを。家族がいたことを」


 グレンはオーシャンに結界を張ってくれるように頼んだ。大木の周りが青い壁に囲まれる。結界に入っているのは、グレンとその木だけだ。


「はああぁぁぁ」


 グレンが気合を入れると、彼女の背中に6本の細い羽が伸び、羽の先をなぞるように丸い日輪が浮かぶ。そして真紅の籠手が炎に包まれた。グレンは両腕をそれぞれ天地に向け、大きく円を描くように回す。すると円の中心に、小さな太陽のような炎の球体が生まれた。田口ケンジがビデオで何回も巻き戻してみた、グレンの必殺技が今ここにある。


「おらあああっ!!」


 炎球をドッジボールのように投げつけると、ヒスイローズの本体が瞬時に燃え上がった。まもなく大木は灰となって燃え尽き、炎が鎮火した後、オーシャンが結界を消す。努めて、強い戦士の顔をしていたグレンの目から涙があふれ、表情が崩れていった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 膝から崩れ落ちたグレンは地面に積もった灰を握りしめ、その場で慟哭する。


「わあああああああああっ!!あああああああああああっ!!」


 トコヤミはいつの間にか消えていた。一人残されたオーシャンは、しばらくの間、グレンに声をかけることができなかった。


 その後、田口邸に一人の男が訪れた。中村刑事サナエである。中村は田口トモゾウから出された茶を一口すすると、彼の目を見て言う。


「子供たちを連れ去った犯人。草笛ミドリは、死にましたよ」


 すると、トモゾウは手を滑らして自分の湯呑を倒してしまった。


「……そうですか」

「あんた、これからどうなさるんです?」

「わからん」


 布巾でこぼれたお茶を拭きながらトモゾウが喋る。


「わしは、復讐さえ果たせたら、気持ちを切り替えて生きていけると思っておった。前に進めると思っておったんじゃ……」

「実際は違ったと?」

「ああ、今はただ……虚しい……」


 中村が田口邸から立ち去ろうとすると、玄関まで見送りに出たトモゾウがその背中に語りかける。


「中村さん。あんたは、やっぱり……」


 田口トモゾウとて馬鹿ではない。すでに目の前の人物が何者なのかを察していた。だが、中村はそれをさえぎるように言う。


「そいつはお互いに言いっこ無しにしましょう。後ろ暗いのは、俺もあんたも同じなんだから」

「……」


 沈黙するトモゾウに、中村は最後にこう言った。


「甥っ子さんの家に、厄介になりなさい。一人にはならんことですな」


 田口邸をバイクに乗って去った後、中村サナエは思う。


(難しいですよね。ハッピーエンドって……)


 ミニバンの運転席に座っているジュンコは、助手席のオトハから事の次第を聞いていた。後部座席ではツグミが疲れ切って眠っている。


「大丈夫なのかな、アカネ君は」


 グレンバーンこと鷲田アカネは、今や静けさを取り戻している下山川を眺めている。山を下りてから、かれこれ2時間近くそうしているのだ。そのためミニバンを出発させることができなかった。


「暗闇姉妹として、やっていけると思うかい?」

「さぁ、どうでしょう?でも、彼女の存在は私たちに必要ですよ」

「強いからかい?」

「いいえ、その逆ですよ」


 オトハの謎かけにジュンコは困惑する。


「アッコちゃんはとてもうぶなんです。今どき珍しいですよ。だから必要なんです」

「君はずいぶんと達観しているみたいだがねぇ」

「閃光少女として、人の生死を何度も見たせいだと思います。そういう子は、だいたい無感覚になるか、変な価値観に凝り固まったりするんです」

「君とオウゴンサンデーの事を言っているようにも聞こえるが」

「そうでしょうか?」


 オトハは笑えないようだ。話を続ける。


「悔しければ泣き、許せない事には怒り、誰かを助けられたら嬉しいと思う。そんな魔法少女が仲間にいなければ、私たちもまた人でなしに堕ちて、次に現れる暗闇姉妹に殺されると思うんです。ハカセも、そう思いませんか?」


 その時、ミニバンのスライドドアが開いた。ツグミである。いつの間にか目を覚ました彼女が車から降りて、アカネの傍まで歩いて行く。


「アカネちゃん。私たち、もう行かなくちゃ」

「……そうね」


 ツグミに手を引かれてアカネが川の土手を登っていく。そこにジュンコが待ち構えていた。何も言わずに、アカネを見つめている。二人はしばらく見つめ合っていたが、やがてアカネの方から口を開いた。


「アタシがヒーローではないって言葉……やっと意味がわかった。心から、そう思う」

「ほぅ?」


 ジュンコが続きを促す。


「アタシは悪人になる。いいえ……誰よりも悪い、悪を超える悪にならなくっちゃいけない。人でなしどもの、その上をいかなくては殺せない。どんな手を使ってでも」


 アカネの言葉を聞いていたジュンコが、輪ゴムで丸めた紙幣の束を差し出した。


「今回の仕事料だが……受け取れるのかい?」

「当たり前でしょ」


 アカネは奪うようにして手に取った。


「アタシは暗闇姉妹のグレンバーン。このお金には、追いつめられた人たちの泣き声がこめられている……アタシたちがそれを聞かなくて、どうするの?」

「……そうか」


 ジュンコはその答えに満足した。


『暗闇姉妹』

 人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を、人はそう呼んだ。

 いかなる相手であろうとも、

 どこに隠れていようとも、

 一切の痕跡を残さず、

 仕掛けて追い詰め天罰を下す。

 そして彼女たちの正体は、誰も知らない。


 翡翠編 了


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