白刃一閃、首落ちる時
魔王城、王家の部屋。
第二王妃となったマンダーレイアにもまた、その内の一室があてがわれていた。立派な椅子に腰をかけ、うっとりと天井を眺める。が突然、駄々っ子のように手足をジタバタさせ、周りにあった物を瓦礫に変えた。
「ううーー!!つまんないつまんないつまんなーーい!!」
そんなマンダーレイアの声に反応し、サー・サンドイッチこと、紫色のローブをまとった、骸骨の魔術師が彼女のもとへ馳せ参じる。
「いかがなさいましたか、レイア姫様?」
「うー」
慇懃な執事のように侍る紫の魔術師である。そんなサー・サンドイッチを見ても、レイアの気持ちは晴れなかった。原因は一つ。自分が第二王妃であることだ。
時間は、昨日の夜にまで遡る。
「こんばんわ~魔王さまー!」
突然広間に現れ、少年魔王に気さくに挨拶をしたマンダーレイアに、サー・サンドイッチはむしろ肝を潰したものだ。
「な、なんですか、あなたは!?衛兵はどうしたのですか!?スケルトン部隊は!?」
「そ、それなんだがな……」
と困ったような顔の(といって、骸骨に表情などないが)青マント隊長がレイアに続いて広間に入った。
「そのマンダーレイアという女。魔王様に貢ぎ物を持って来たのだ」
「ほう?」
少年魔王ジローが、それを聞いてレイアに興味を示す。
「俺様への貢ぎ物とは、一体なんだ?」
「7の7倍の、そのまた7倍の数の羊だよ!魔王様!」
そう口にするレイアは得意そうだ。
「魔王様がお望みなら、7匹の羊の丸焼きを作ってあげる」
魔術師のサンドイッチが口を挟む。
「マンダーレイアとやら、魔王様に対して馴れ馴れし過ぎですよ。控えてください」
「あ?」
魔王以外は雑魚としか見ていないレイアの口元から、チョロチョロと焔が漏れる。不測の事態を想定して青マントもまた斧を構えていたが、場を沈めたのは魔王ジローであった。
「俺様は構わないぞ、サンドイッチ。だが、レイアと言ったな?羊の丸焼きは必要ない。だが、お前の貢ぎ物は気に入った。望みは何だ?」
「あなたのお嫁さん!」
「あ、え?」
精一杯の威厳を見せつけていた少年魔王であるが、マンダーレイアのこの一言には完全に意表を突かれた。
「ねえ、良いでしょ?私をここに住まわせて?魔王様の側にいさせて?きっとあなたのお役に立てるわ。そして、夜は魔王様に私を、あ・げ・る……!」
「ま、待てマンダーレイア」
魔王ジローは、慌ててサー・サンドイッチを手招きした。ジローは狼狽しながら、魔術師の耳に尋ねる。
「そんなこと、できるのか?父上の決められた法ではどうなっている?」
ジローの父とは、当然、先代の魔王にあたる。
「はい。私が知る限りの法と照らし合わせても、マンダーレイア女史を王妃として迎え入れるのに、問題はありません」
それを聞いたレイアはフンスと鼻を鳴らすが、ジローの方は困ってしまっている。
「でもツグミに相談した方が……」
(ツグミ?)
マンダーレイアは、まだツグミの事を知らない。
サー・サンドイッチは、少年魔王に耳打ちをする。
「マンダーレイア女史は、見たところ、かなり強力な悪魔です。婚姻関係を結ばれるのは、悪い話ではないかと」
「うーん、でもなぁ……」
「なにより、7の7の7倍の羊の恩に報いてやる必要があるかと。魔王様、どうかご決断ください」
「……わかった」
ニコニコとした顔で待っているマンダーレイアと相対し、魔王ジローは咳払いをした後、できるだけ威厳たっぷりに宣言した。
「マンダーレイア。お前を、俺様の第二王妃とする。ありがたく思え」
「うふっ!ありがとう、ダーリン!…………?」
愛嬌を振りまくレイアの顔から、徐々に笑顔が消えていく。
「ちょっと待ってよ。第二王妃ってどういうこと?」
「おや、ご存じありませんでしたか」
代わりに答えたのは、サンドイッチだ。
「魔王様は、すでにツグミ姫という婚約者がおられるのです。ゆえに、あなたは第二王妃ということになります」
「ええーーっ!?」
そして現在。
「なんで私が2番なのー!1番じゃなきゃ、やーだやーだぁ!」
そう駄々をこねるマンダーレイアは、現在は姫君なのだ。言葉に気を使いつつ、サンドイッチ卿はなだめようとする。
「こればかりはどうしようもありません。なにしろ、ツグミ姫の方が先に婚約されたのですから」
「じゃあ、もしもツグミ姫の身に何かあれば……!」
「おっと」
不穏な事を口にしそうなレイアをサンドイッチはすぐに制した。
「めったな事を言わない方がいいですよ。それは、許されざる行為です。何人たりとも、この魔王城において同族を傷つけるのは許されないのです」
「ふーん、そー」
レイアの不満が収まったわけではないが、少なくとも、もう暴れる気配は無いと判断したサンドイッチは、ひとまず胸をなでおろした。
「例え第二王妃であろうとも、私たちにとっては、あなたも大事な姫君です。誠心誠意お仕えいたしますので、なんなりとも」
サー・サンドイッチは慇懃に頭を下げると、レイアの部屋から退出しようとする。ふと、レイアは気になって尋ねた。
「ねえ。そういえば、私がもってきた羊はどうするの?」
「それならば、魔王様が言われていました。ツグミ姫が以前、羊毛からモノ作りをする話をされていたとかで、相談すると。では、これにて……」
てっきり、魔王城の皆で羊焼きパーティーをするものとばかり思っていたレイアなのだ。それが、羊毛からモノ作り?
「ちぇーっ!つまんないのー!話が違うぞ、レジーナちゃん!」
とここで、紫色のローブを来た骸骨がレイアの部屋に入ってきた。レイアの目からは、サンドイッチ卿が帰ってきたように見える。
「あ?なに?どうしたの?」
「失礼して申し訳ありません、レイア姫様。忘れ物に気がつきまして」
「忘れ物?」
レイアは自分の部屋を見回した。サー・サンドイッチが残していった物など、何も無いように見える。
「べつに、何も置いてないじゃない」
「はい。ワタシがこれから持っていくモノは、目に見えるモノではありませんから」
「それって、何?」
「はい、それは……」
とここで、紫色のローブの隙間から、チリンと鈴の音が鳴った。一瞬の閃光が走り、その時には、ニセモノのサンドイッチ卿の攻撃は終了していた。振り切った手の先に、刃が光っている。
「あなたの命です」
「は……?え……!?」
マンダーレイアの視界が傾き、やがて地面が頭の上に落ちる。サンドイッチ卿に『変身』していた中村サナエはもとの姿に戻り、レイアの首を刎ねた日本刀を、ゆっくりと鞘に収めた。
「村を焼かれたチイちゃんたちの怨み……思い知れ!」




