ハートを盗む時
つまり、シーフ役を買って出ているというわけである。ハツは、そう言われてもなお信じられない。
「チドリちゃん、泥棒だったの……!?」
「うん、そう」
「前にこの村にいたと言うのも、もしかして泥棒のため?」
「うん、そう」
「どんな物を盗むの?」
「みんなのハートかな」
所詮なんちゃって泥棒でしかないチドリ(ツグミ)はそうとでも言うしかない。
ツグミが勇者パーティに参加する、というより、女神に近づこうとするのには理由があった。サナエは、この世界が悪魔の牧場なのではないかと推測した。悪魔と、そのエサになる人間を放し飼いにして養育する世界。元の世界と比べて時間経過が早いのも、管理に都合が良い。
しかし、それでは説明がつかないこともある。ツグミがサナエと別れる前のやりとりを回想する。
「サナエちゃん。でも、だとしたらなぜ女神は勇者を選んで、魔王を滅ぼそうとするんだろう?」
「あ、言われてみれば……」
そう。魔王を滅ぼしてしまえば、結局この世界も元の世界と同様、悪魔の衰退した世界になる。この壮大な別世界まで用意して、結果、現実の後追いをする理由は、ツグミたちにはわからなかった。
「ここが悪魔の牧場だと考えたワタシの推理が外れているのでしょうか?」
「それはあっていると思うよ。現実世界で悪魔を育てるより、こっちの方がずっと都合がいいもん。だけど、それだけじゃない何かがある。それを調べてみないと……」
そして、今に至るのだ。それに、まだ女神とマンダーレイアの関係を、ツグミたちは知らない。もしもレイアの所業の黒幕が女神ディーバレジーナであるとしたら、その時こそ闇に裁いて仕置する暗闇姉妹の出番となる。
「えーっと、女神様……?」
ハツは助けを求めるようにレジーナへ顔を向けた。大泥棒の末裔ネズミお嬢が相手とはいえ、小柄なチドリに手を出すのは遠慮したいハツなのだ。
だが、女神はむしろちょうどいい機会だと考える。
「ハツさん、相手をしてあげてください。私も、そのネズミお嬢の実力に興味があります」
レジーナは目的があってこの世界に女神として干渉している。そのため、自分以外にこの世界に干渉する転移者は邪魔なのだ。それも、おそらくは魔法少女の。
ハッキリ言って、あまり役に立ちそうもない踊り子のジューンや占い師のオトハンを同行させようとするのも理由がある。レジーナは、彼女たちの内の誰かが『黒の魔女』ではないかと疑っているのだ。そして、突如現れたネズミお嬢もその候補。ハツと戦わせれば、馬脚を現すかもしれない。
「棒はそのまま使ってください、ハツさん」
「えっ!?」
男たちと戦うためのハンデだったはずの棒である。それを横へ置こうとしたハツは、女神の発言に耳を疑った。
「女神の言葉に従うのです、ハツさん。その棒は持ったまま、ネズミお嬢と戦ってください。いいですね?」
「でも……!」
「私はかまわないよ」
そう言ったのはネズミお嬢ことチドリだ。
「私にも武器があるから」
そう語りながら、おもむろに取り出したのは、一本の短い棒であった。チドリは、それを逆手に持ってナイフのように構える。
はいそうですか、となるわけがないのがハツだ。
「ダメよ、チドリちゃん!そんな小さな棒きれで、アタシに敵うわけがないじゃない!」
「柔よく剛を制す。小が大を喰らう。デカ女過ぎて怒りん坊な、とてもお嫁にいけないハツちゃんに本当の戦い方を教えてあげるよ」
「は、はああ!?はああああっ!?急になんてこと言うのよ、このチビチドリ!!」
チドリに突然侮辱され、ハツは頭に血をのぼらせた。もちろん、それもチドリの作戦であることは言うまでもない。
(負けるわね、ハツちゃん……)
ハツとは対照的に落ち着いているチドリを眺める、レジーナには勝負の結果が見えていた。しかし、大事なのはその過程である。チドリが常人にあらざる動きや力を使えば、その正体はやはり魔法少女なのだ。
(さあ、私に見せてみなさい、チドリ。あなたの本当の力を)
かくして、ハツとチドリ(ツグミ)の対決が始まった。
「おらあっ!!」
ハツにはもう遠慮などするつもりはない。頭上で棒を回転させたハツは、勢いそのままに上段から振り下ろした。棒は空を切り、強く打ったのは、地面である。
「そんなの当たらないよー」
そうクスクス笑うチドリは、とっくにハツの側面へ跳んでいる。
「このーっ!!」
ハツは再び、何度も棒を振ってチドリを打とうとした。そのたびにチドリは「よっ、ほっ、はっ」と軽い身のこなしで避けた。
「すげー!」
「あのネズミのお嬢ちゃん、やるなあ!」
そうやって感心しているのは、先ほどハツにコテンパンにされた男たちだ。まるで弁慶と牛若丸の対決。そういう例えをただ一人知っているレジーナには、しかし物足りない。
(これくらいの身のこなしなら、訓練をすれば誰でもできるはず。もっと、魔法少女である決定的な証拠は出ないかしら?)
あるいは、そのチャンスが巡ってきたのかもしれない。ハツはやがて、チドリを広場の隅へ追い詰めていった。
(これなら当てられる!)
そう思ったハツは、大上段に振りかぶった棒を唸らせた。
「でやああああっ!!」
「…………」
追い詰められたチドリは、今度は逃げなかった。むしろハツに向かって一歩踏み出し、捧げるようにして手にした短い棒を前に出す。
そして棒と棒がぶつかる甲高い音が響き、うつ伏せにその場に倒れたのは…………チドリの方であった。
「あ……あああ!?」
動揺したのは、ピクリとも動かないチドリを見たハツである。まさか、殺してしまったのだろうか?と。
「ああ!どうしよう、女神さまぁ!?アタシ、そんなつもりじゃ……!チドリちゃんが……どうしよう!?どうしよう!?」
「ハツさん!チドリはまだ動いています!」
「えっ……!?」
ハツの視界が、突如回転を始める。急に立ち上がったチドリに投げられたとハツが理解したのは、背中に強い衝撃を受けた後のことであった。
「ぐぇ!?」
チドリは投げ倒したハツをうつ伏せに返し、彼女の両足を脇に抱え、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「あああああああ!?」
いわゆる、逆エビ固めである。未だかつて経験したことのない未知の痛みに悶えるハツに、チドリは勝ち誇ったように言った。
「戦いには、こういう機転が大事なんだよ」
頭を打たれたはずのチドリがピンピンしているのには、当然の理由がある。第一に、自らハツに近づいて棒の遠心力を殺したのだ。さらに、捧げるような動作で差し出した短い棒が、チドリの頭に到達する前に、ハツの振る棒に当たって勢いを削いだ。後は打たれて気を失ったフリをし、チャンスを待っていたというわけである。
「どうだ、まいったか」
チドリはハツにそう言いつつも、その視線は女神レジーナへと向けている。これで勇者パーティに参加する資格があるよね、と目で訴えているのだ。
レジーナは仕方がないとばかりに、パチパチと拍手をした。これ以上ハツと手合わせさせたところで、魔法少女である証拠は得られないだろう。
「おめでとう、チドリさん。認めましょう。あなたが勇者パーティに参加するのを、この私が承認します」




