ネコからネズミになった時
同じ頃。
サナエとチイは、ブンブンことマサムネリベリオンに乗り、北へ向かっていた。目的地は鉱山の村。すなわち、チイの故郷である。
「これは……ひどい……」
村の跡へ近づくにつれ、ひどくなる悪臭にサナエは顔をしかめた。藁葺き屋根の燃えた臭いと共に鼻腔をつくのは、人間の肉と骨を焦がした香りだ。
「…………」
チイもまた言葉を失っていた。彼女の体が震えているのは、背中越しに、サナエにもわかる。昨夜は気丈に振舞っていたチイも、本当はただの女児なのだ。そんな彼女にとって、今の状況はあまりに過酷である。
「うぅ…………!」
ゆえに、チイがとうとう泣きだしたのも無理からぬことだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「チイさん、何を謝っているのですか?」
サナエはリベリオンを停車させた。これ以上、村の惨劇は見せない方がいいかもしれないと思ったからだ。
「だって……私が……私だけが、今生きている…………」
「それは、チイさん、違いますよ」
サナエは体を後ろに捻り、チイの頭を撫でる。
「村の人たちが死んだのは、あなたのせいではありません。一人だけ生き残って、申し訳なくなる気持ちもわからないでもないですが……きっと、死んでしまった村の人たちも、チイさんが生き残ってくれて、嬉しいと思っていますよ」
「…………」
「引き返しましょうか。これ以上、村を見るのは辛いでしょう?」
「……ううん、行こう、サナエ!」
二人の少女を乗せたリベリオンが、かつての村の中へと入っていく。住居はことごとく燃やされ、炭化した遺体があちこちに転がっている惨状は、サナエでさえ目を覆いたくなる。畑の作物も全滅し、一面の麦畑だったものは、今や黒い海のようだった。
「あ、あれ?」
とチイが首をひねった。
「いない!」
「何がですか?」
「羊たちが、一匹もいないの!みんな逃げちゃったのかなぁ?」
「妙ですねぇ。村を容赦なく燃やしたマンダーレイアが、どうして羊だけを逃したのでしょうか……?」
その時、チイのお腹がグウとなった。思い起こせば、昨日の午後、マンダーレイアに襲われて以来、何も食べていないチイなのだ。
「お腹がすいたのですね?」
チイは首を横に振る。
「食べたくない」
「まあ、そう言わずに。何か食べないと元気がでませんよ」
とはいえ、全滅した村に残された食料は無い。そこでサナエは思いついた。
「チイさん、魔王城へ行きましょう!」
「えっ!?」
チイは当然、動揺した。ブンブンとサナエは怖くないが、赤ん坊の時の寝物語の時から、魔王城の恐ろしさを聞かされて育ったのだ。当然のように怖がるチイを、サナエは励ます。
「大丈夫ですよ。魔王城の方たちは、そんなに怖くありません。あなたは、ワタシの親戚ということにしておきましょう。鉄の船に乗ったつもりで安心してください」
(鉄の船って、何だろう……?)
チイは一抹の不安を覚えつつも、サナエに任せることにした。しかし、心配事といえば、もう一つある。
「猫のお姉ちゃんは、大丈夫かなぁ?」
猫のお姉ちゃん、すなわち、ツグミのことである。彼女と朝から別行動をとっているのには、それなりの理由があった。
「ツグミさんなら、大丈夫です!きっと、後で合流することができますよ!」
ツグミは、勇者の村へ向かったのだ。謎を解く、鍵を求めて。
そして、勇者がいる村。
相変わらず、この村ではお祭りムードが続いていた。
『勇者パーティ選別大会』
そう題した横断幕が村の広場に掲げられ、人々がひしめきあっている。この中から、勇者アーサーの供をする、旅の仲間を選ぶのだ。
「「「キャー!勇者様ー!」」」
娘たちの声援に応えて上座で手を振る勇者アーサーことタスケは、同じように隣に座る女神レジーナへ耳打ちする。
「なあ、あの娘たちを連れて行っちゃダメかなぁ?」
「もちろん、ダメに決まっています」
レジーナは笑いながら、とりつく島もなく却下する。
「私たちは、これから魔王を倒しに行くのですよ?声援だけで、役に立たない者なんて一人も連れてはいけません」
「そう固いことを言わなくてもいいじゃないか」
とレジーナへ言ったのは、エキゾチックな踊り子のジューンだ。露出の多い衣装をまとったジューンが、長い髪を振り回し、腰をくねらせながらアーサーに迫る。
「勇者とはいえ、彼も男だろう?夜になれば慰める役が必要になるんじゃあないか?」
「えーっと……」
固まるタスケに、さらに別の女が迫る。
「いえいえ、それよりも必要なのは、未来を見通す目でございます」
そう言ったのは、占い師のオトハンだ。
「さあさあ、私めに手相を見せてください。そうすれば、あなたの未来の運命をピタリと当ててしんぜましょうぞ」
オトハンと一緒に、踊り子のジューンまでタスケの手を取り、彼を閉口させる。
「未来の話よりも、わ・た・しと、今宵の夜伽について想いをはせないかい?」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」
そうやってジューンとオトハンを後ろから掴み、強引に引き離したのは村長の娘ハツだ。
「魔王を倒すのに、占いもエッチなことも必要ないわ!」
「まあまあ、ハツさん」
レジーナは興奮しているハツをなだめようとする。
「要は勇者アーサーさえ魔王を倒せればいいんです。ここは一芸に秀でた者をパーティに加えるのも一興。それに戦闘力といえば……」
レジーナは、ハツの後ろで伸びている男たちの集団に視線を投げた。彼らもまた、勇者パーティへの同行を希望した者たちだ。
「おやおや、誰一人、ハツさんにはかなわなかったのですねぇ」
それは、レジーナが言い出したことだった。女の子一人を倒せないような男は、勇者パーティには必要ない、と。そこで、レジーナは長い棒をハツに持たせ、男たちには素手で彼女と勝負をさせた。結果、村の男たちはあえなくハツ一人に全滅したというわけだ。
「ならば、勇者パーティにはハツさんが入る、ということで」
「えっ!?アタシが!?」
これにはハツも驚いた。自分はただの、試験官役でしかないと思っていたからである。
「だって、あなたには村の男たちが誰もかなわなかったじゃありませんか。なら、あなたをパーティの戦闘役に加えるのは当然のこと」
「ええ、まあ……たしかに、そうですが……」
「アーサーの事」
レジーナがハツの耳元にささやく。
「気になるのでしょう?アーサーも、幼なじみのあなたと一緒なら心強いことでしょう。それに、アーサーを放っておいたらどうなるか……」
ハツがアーサーことタスケに視線を動かす。見ると、タスケは呆けたように、踊り子ジューンの腰に目が釘付けになっていた。
「は、はい!アタシ、タスケ……じゃなかった!アーサーと一緒について行きます!」
「よろしい」
ディーバレジーナは、ハツの回答に満足した。というのも、レジーナは最初からハツをパーティに加えるつもりだったのだ。
(アーサーを操るためにも、この娘が必要だもの)
レジーナは、昨夜のことが引っかかっているのである。悪魔と話し合って、わかりあえるかもしれない。そんなことをタスケに言われては困るレジーナなのだ。逆に、ハツを操るにもタスケの存在は都合がいい。
(私の仕事が終わるまで、二人には勝手な真似をさせないわ)
とここで、とある少女がハツたちに言葉をかけた。
「あのー、ちょっといいかなぁ?」
「え、あっ、あなたは!」
ハツは、その少女に見覚えがあった。昨日と違って、黒いローブで体を隠しているが、間違いない。新しい友人の、チドリである。
「ハツちゃん」
チドリと名乗るツグミが、彼女に親しげな笑みを向ける。
「昨日はごめんね。急にいなくなったりして」
「それはいいんだけど……チドリちゃん、アタシに何か用?もしかして、勇者パーティに入りたいの?」
ハツはそう口にしながらも、まさかと思う。魔王を倒しに行く旅は、どう少なく見積もっても危険だ。小柄な少女であるチドリに、一芸や、ハツを倒せるほどの戦闘力は期待できないのではないかと思うのだ。
しかし、そのまさかであった。
「そう、私は勇者パーティに入りたい。もしもハツちゃんをやっつけたら、入ってもいいんだよね?」
「えっ!?で、でも、それは……」
ハツは困ったように、レジーナと向かい合った。レジーナはチドリに尋ねる。
「チドリちゃんって、言ったわね。あなたは何者なのかしら?私には、とてもハツちゃんに勝てそうには見えないのだけれど。それに、それを補えるスキルはあるのかしら?」
「はい、女神様!」
チドリはニッコリと笑う。
「実は、私はこう見えて……」
と、チドリは身に着けていた黒いローブを脱ぎ捨てた。その下から現れたのは、黒い忍者風の衣装を着たチドリである。
「その正体は伝説の大泥棒の末裔!怪盗ネズミお嬢とは私のことなのです!」
「ええーっ!?」
ノリノリでそう自己紹介をするチドリに、ハツは驚きを隠せなかった。




