第三の変身の時
村人たちはどよめいた。
「どういうことだ!?」
「ハツちゃんが二人いるぞ!?」
「アタシが本物よ!!」
そう叫びながらハツは、倒れたサナエに組みついて、彼女をギュウギュウと締め上げた。
「ぐえええええ!!」
「う〜ん、オラ飲み過ぎたみたいだ〜〜……ハツちゃんが二人に見えるぞ〜〜……?」
勇者タスケは能天気にそうつぶやくと、床に大の字に倒れ、イビキをかいてその場に寝てしまった。
ハツはそんなタスケの様子はおかまいなしだ。
「あんた何者なのよ!?どうしてアタシの姿になんか…………あら!?」
ハツは、いつの間にか締め上げていたニセモノの自分が、ただの案山子になっていたことに気がついた。急いで周りを見わたすが、自分のニセモノはどこにも見えない。
「やられたわ!身代わりの術ってわけね!」
ハツは不機嫌そうに、案山子を放り捨てた。
(あ、痛い!!)
実は、案山子の正体は、サナエが化けたものである。ハツに放り捨てられた際に頭を強く打ったが、悲鳴をあげれば『なんちゃって身代わりの術』が台無しだ。サナエはぐっと声を堪えた。
もちろん、この異常事態に驚いているのはハツばかりではない。
「どうなってんだ一体!?」
「悪魔のやつら、俺たちそっくりに変身できるのかよ!?」
「そういえばヒル兵長も、そんな悪魔を見たと言っていたな……あれ?ヒル兵長は?」
村人たちがいつの間にか消えたヒルを探していると、家の外から獣のような咆哮が響き、彼らを戦慄させた。
「なんだ今のは!?」
「この咆哮なら聞いたことがあるぞ……俺たちの村に最近出るようになった化け物の声だ…………あ!」
そう言った男の一人が、部屋に飛び込んできた少女に驚いた。
「チイ!チイじゃないか!」
「お父さん!」
「どうしてここに!?村で何かあったのか!?」
「みんな死んじゃったよぉ!」
穏やかではない話に、他の村人たちも耳を傾けた。聞けば、男とその娘のチイは、ここから遠く離れた鉱山の村に住んでいるという。勇者を一目見ようと村の若者たちはここまでやってきたのだが、老人や病人、それにチイのように幼い者は村に残っていた。
「空から悪魔が来て……みんなを……燃やしていったんだ……!」
「ああ、そんな……!」
故郷の村を滅ぼされたチイの父ばかりではなく、話を聞いた周りの村人たちも言葉を失った。自然、その視線は床でイビキをかいているアーサーことタスケに集中する。言葉に出さずとも、皆の顔には一様にこう書かれていた。
(勇者は何をしているんだ!?)
と。
「ちょ、ちょっと!タスケったら、起きなさいよ!」
「ふごーっ!ぐごーっ!」
不穏な空気を感じたハツが揺さぶっても、タスケは目を覚まさなかった。
ヨールが部屋に入ってきたのは、まさにそんなタイミングだったのである。村人たちの無言の眼差しが老神父に集中するのは、彼にとってまったく想定外であった。ヨールは困惑しつつも、この部屋にやってきた理由を話すしかない。
「……教会に『黒の魔女』が立て籠っている。男たちは手を貸すのじゃ」
その言葉を聞いた途端、部屋に殺気が満ちた。村を焼き払ったマンダーレイアと『黒の魔女』は、村人たちからすれば同じ穴のムジナでしかない。そのヘイトが一斉に、教会に立て篭もるツグミに向いたということである。村長が各々に声をかけた。
「納屋の鍵を開ける!各々、武器をとれ!」
勇者アーサーは役に立たない。血走った目をした村人たちは、一人また一人と、『黒の魔女』を殺しに行くため部屋を出ていった。
自然、サナエが化けた案山子などには皆おかまいなしである。
(あぎゃぎゃぎゃぎゃー!?)
移動する集団にやたらめったら踏みつけられたサナエは、部屋が静かになったのを見計らい、ほうほうの体で起き上がった。もはや案山子に変身している必要はない。
「今のエキゾーストノートはマサムネリベリオン!こっちの世界に飛ばされていたのですね!」
ワタシには生涯お前という、強い味方があったのだ。そう思うサナエがすっかり心強くなっていると、部屋に「あっ!」と声が響いた。
「な、なんなのよアンタ!?魔王の手先!?」
ハツである。床で大の字に寝ているタスケと、それを見守っていたハツだけが室内に残っていたのだ。素朴な村人たちと比べれば、ライダースーツを着た銀髪のサナエは、あまりに奇異であった。悪魔の手先と思うのは、事実、的外れではない。
「タスケを狙っているの!?そうはいかないわ!!」
「お、落ち着いてください!話せばわかる!わかります!」
サナエはあたふたと両手を振った。
教会では、ヒルが『黒の魔女』が立て籠った書斎のドアを見張り続けていた。今のところ、中に不穏な気配はない。不穏な気配は、むしろ屋外から流れてきた。無数の殺気がこちらに近づいてくるのを感じとったのだ。
「な、なんだ?」
異様な気配に驚いてヒルが外に出ると、村人たちが教会を包囲していた。兵士は槍や弓を手に持ち、農民たちは鎌や鍬を握りしめている。陽が傾いてきたためか、何人かは片手に松明を手にしていた。それは、ただ明かりにするためというわけではない。
「魔女を殺せ!!」
「魔女を燃やせ!!」
「火を放て!!鉱山の村がそうされたように!!」
そう叫ぶ村人たちを、神父が必死になだめようとする。
「ま、待て!待つのじゃ!この教会は女神様の住まいでもあるのじゃぞ!?それに『言い伝えの書』はどうする!?」
「ヨール神父!どうしたんだこれは!?」
「おお、ヒル!」
パニックを起こさせるなと言ったのに!そう思うヒルであったが、鉱山の村が悪魔に焼かれたと聞いて、彼もまた怒りに顔を歪めた。
「なんということだ……!」
「魔女を殺せ!!」
「魔女を燃やせ!!」
だが村人たちを暴走させるわけにはいかない。
「みんな待ってくれ!神父様の言う通り、ここは女神様の住まい!まずは何人かで取り籠った黒の魔女を仕留めに入る!教会ごと焼くのはそれが失敗してからでもいいだろう!そこのやつ!」
「え、俺?」
「そう、大工のアンタだ!」
ヒルに名指しされた男は、手に大きなハンマーを握っていた。書斎の扉を壊すのに、彼はうってつけだ。
「それと、お前!次にお前!」
ヒルは他にも数人、仲間の兵士を指名する。あまり多人数で突入するのは、お互いの武器が邪魔になって得策ではない。ならば、少人数で、自分と同じように戦いの訓練をしている者が良い。農民たちは足手まといになりかねないので、別の仕事を任せた方がいいだろう。
「他の者たちは教会を囲んだまま、中から魔女が逃げないようにしてくれ!俺たちが、太陽が沈むまでに出てこなければ、教会に火を放て!」
「おい、ヒル!なんということを!」
慌てる老神父にヒルは一言付け加えた。
「大丈夫だ。必ず戻る」
太陽はその輪郭が山の彼方に溶けかけている。日没まで1時間もないだろう。
教会の中に戻ったヒルは、書斎の扉をたしかめた。まだ鍵がかかったままだ。ということは、『黒の魔女』はまだ中にいるはずだ。ヒルはその確認のため、思い切って話しかけてみることにする。
「『黒の魔女』!まだそこにいるのか?」
「いるよ」
意外にも、すんなりと返事が扉を通りすぎた。
「でも『黒の魔女』は私の名前じゃあない。あなたたちが勝手にそう呼んでいるだけ」
ヒルはその言葉を聞きながら、無言で大工を手招きした。彼のハンマーで、扉を打ち壊させるためだ。ヒルはそれを気取られぬようにと、魔女と会話をする。
「鉱山の村が焼かれたぞ!お前の仲間のせいで!」
「村が焼かれた?私は、そんな計画なんて聞いてないけど」
「だが、悪魔がやったことだ!お前だって、魔王の手下だろうが!」
「魔王の手下?……それは違うよ」
ヒルは大工の男に、今だ!と手で合図を送った。扉の前で、大工は大きなハンマーを振りかぶる。
「私は魔王様のお嫁さんだもの」
その言葉に、ヒルも兵士たちも、大工の男も唖然とした。
(え、魔王の嫁……!?)
思わず手から力が抜けたのか、大工の持つ振りかぶったハンマーが、そのまま床にゴツンと付いた。書斎の中でゴソゴソと音がしたのは、何をしようとしているか魔女に気取られたからに違いない。
「早く扉を壊せ!!」
「わーっ!!」
どうにでもなれとばかり、大工はハンマーを扉に叩きつけた。すぐさまヒルたち兵士が弓に矢をつがえ、『黒の魔女』を狙う。その時には、トコヤミサイレンスは書棚の陰に身を隠していた。放たれた矢は空を切り、書棚や壁に突き刺さる。
「ちっ!」
ヒルは舌打ちし、槍を構えて書斎の中に踏み入った。同じように槍を構えた彼の仲間が続き、そのさらに後ろでは、再び弓を構えた仲間がいつでも魔女を射抜けるように弦を引き絞る。
「そう……悪魔の仲間だから、容赦しないってわけだね。それなら私も……!」
トコヤミは書棚を掴むと、それを横倒しにした。弓に狙い撃たれないよう、その陰にトコヤミは身を隠す。
(反対から回るんだ!)
ヒルは後ろから来る槍の兵士に、手でそう指図をした。うなずいた兵士は、書棚の裏に回って魔女を狙う。
(覚悟しろ!)
兵士が槍を振り上げた瞬間、白地に茶と黒のブチ模様がついたゴム毬のようなものが弾み、彼の顔を襲った。
「うぎゃあああああっ!?」
兵士が顔から血を流して倒れる。三色のゴム毬のように見えたモノは、よく見ると、猫のような人間であった。
「な、なんだ!?誰なんだ、お前は!?」
「ニャニャニャニャー!」
三毛猫のコスプレをしたような少女が、威嚇するようにヒルへ振り替える。先ほど顔を彼女に引っかかれた兵士が、指をさしながらわめいた。
「ヒル兵長!こいつは『黒の魔女』です!姿が変わったんです!」
「なにぃ!?」
ノラミケホッパー。村雨ツグミがかつて憧れた、閃光少女の姿である。
「それなら私も、容赦しないニャー!」
ノラミケホッパーはそう言うと、両手の指からするどい爪をむき出しにした。




