アタシ以外アタシじゃない時
遠く離れた場所で、自分の相棒であるスーパーバイク、マサムネリベリオンが少女を救助していることなど知る由もないサナエであった。そんなサナエを村長が懸命に手招きしているのは、彼からはサナエが、自分の娘であるハツにしか見えないからである。もちろん、その原因は、サナエがハツに『変身』しているからだ。
「一体どこに行っていたんだ!?」
「えーっと……それよりパパ!」
サナエはハツになりきってみる。
「納屋の鍵は?持っているんでしょ?」
「それなら確かにあるぞ、ここに」
ハツの父親は、さりげなく胸ポケットの膨らみを手で確かめた。
「それ貸してくれない?」
「納屋に何の用事があるんだ?それより!勇者様に先ほどの非礼を詫びに行け!」
そう村長が手で示す先では、アーサーことタスケが裸踊りに興じている。
「あ、よいしょ!よいしょ!よいしょ!よいしょ!」
「…………はぁ〜」
これはハツでなくとも、素面の者が目にすれば皆あきれるだろうな、とサナエは思った。
「勇者の姿ですかぁ?これが……」
本物のハツであれば、再びビンタが飛ぶに違いあるまい。だが、ハツの父親の機嫌をひとまずとらねば、納屋の鍵は手に入らないだろう。
ハツ(サナエ)が近づくと、アーサーの表情が固くなった。いくら酒に酔っていても、先ほど叱られたことを忘れてしまったわけではない。ハツに変身しているサナエとしてはその続きをかわりにやってあげたいところであったが、振り返ると、ハツの父親は懇願する表情で見つめている。サナエは仕方なく、曖昧な笑みを浮かべた。
「もータスケったら!あんまり飲みすぎると体に毒だわよ」
「お、オラはタスケじゃねえ!勇者アーサーなんだぞ!」
「はいはい」
サナエはタスケから酒の入った杯を奪うと、かわりに水が入ったコップを彼に手渡した。
「いいかげん、飲みすぎよ。いくら勇者だからって、お酒ばっかり飲んでいたら死んじゃうわよ?」
「……そうならないかなぁ」
「へ?」
タスケの意外な言葉に、サナエが困惑の色を浮かべる。
「なに?どうしちゃったのよ、タスケ?」
「オラ、本当は……」
ウッウッと嗚咽しながら、タスケは急にサナエに抱きついてきた。何も知らない周りの男たちは「お、やれ!やれ!」と囃し立てる。
「ちょ、ちょっとぉ!」
本当はタスケの幼馴染ではないサナエからすれば、迷惑極まりないことだ。だが、そばにいるのが幼馴染だと信じているタスケは、サナエだけに聞こえるように小声で、内心を吐露する。
「オラ、本当は怖いんだ……すごく怖いんだ……!」
「た、タスケぇ……?」
震えるタスケを気の毒に思ったサナエが、彼の背中をそっとさすった。それにより言葉が堰を切る。
「オラが勇者だなんて……生まれてこれまで、狩りも喧嘩もしたこともないんだ。オラがいじめられても、ハツちゃんが助けてくれたし……」
「うんうん、そうだったわね」
サナエはさもありなんと相槌を打つ。
「魔王軍と戦うなんて……オラにできるわけがないよぉ……こわいよぉ……」
「大丈夫よ、タスケ」
タスケから離れたサナエは、彼の両肩をポンと叩いて、安心させるようにうなずいた。
「魔王城の人たちは親切だから話せばきっとわかりあえるわよ!」
「…………ええっ!?」
その発言に驚いたのはタスケばかりではない。ヒューヒューと冷やかしていた周りの者たちもまた唖然とし、手にしていた酒を床にこぼしてしまう者もいる始末である。
(あ、しまった!)
とサナエは思った。おそらく、これは村人たちにとってあまりに非常識な見解だったに違いない。自分の世界に例えるなら、「ナチスは良い事もやった」とか「テロリストのオサマ・アリ・ラディンにも正義がある」に匹敵するくらいの逆張り発言をしてしまったのだろう。
「…………あは」
「ハツちゃん……?」
「あはははははは!」
サナエは困惑するタスケの肩をバシバシと叩いた。
「や~ね~!冗談よ!冗談!魔王たちが親切なわけないじゃな~い!」
サナエはタスケから奪っていた酒の杯を一気に飲み干した。こうしてやっと、周りも「なんだ冗談か」という空気に変わる。困惑しているのは、今やタスケ一人。
「えーっと……ハツちゃん?」
「嫌なことは忘れて!今はお酒を飲んじゃえばいいのよ!ええ!」
違和感を誤魔化すために半ばやけくそになっているサナエは、タスケに酒を押しつけ、自らも杯をあおった。
本物のハツが部屋に入ったのは、それから少し経ってからのことであった。
「はあ!?」
開口一発、思わず彼女がそう叫んだのも無理はない。
「あ、それそれそれそれ!」
「よいしょよいしょよいしょよいしょ!」
タスケが半裸で踊っているのは、まだいい。どういうわけか、服装が乱れた自分の分身もまた、タスケに合わせて踊っているのである。
サナエは、自分が化けている本物の少女が登場したことに、まだ気がついていない。本来の目的を忘れ、すっかり酔っ払ってしまったのである。ハツの父親ときたら「いやまったく面目無い」と、娘が勇者と仲睦まじいことを喜ぶやら、その醜態に恥ずかしがるやらで、酔った顔をさらに赤らめている。しかし、顔が赤くなったということであれば本物のハツも負けてはいない。
「ふざけんな!!おらあああっ!!」
「ふぎゃああああ!?」
本物のハツから強烈なドロップキックをお見舞いされ、サナエは部屋の端まで吹き飛ばされた。




