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天罰必中、かたきを討った時

 その後の戦いは、一方的なものになった。いや、もはや戦いとは呼べなかった。


「ま、待って!お願い!どうか……!」


 両足の腱を切断され、背中で這って後ろへ下がろうとするローズが、懇願しながら左手を伸ばす。


「ひいいいいい!?」


 その左手の指がグレンに切断され、宙に飛んだ。両肘に牙を形成しているグレンは、落ちた指を踏み潰しながら、なおローズに迫る。グレンはさきほどから、こうしてローズの突出した体の部分から、両肘の牙で斬り刻んでいるのだ。


(ヒーローの戦い方じゃない……!)


 そう思ったローズは口にこそ出さなかったが、もしも口に出していたらグレンに否定されただろう。もうヒーローではない。かといって、なぶり殺すつもりでもない。結果的にはそうなるとしても、確実に殺せる手法でやっているだけだと。今やっているのは戦いではなく、処刑であると。


「があああっ!!」


 ローズは最後のあがきとばかりに、その巨大な口を開いてグレンの首筋を噛み切ろうとする。だが、グレンにヘッドバットでカウンターをされ、ローズの頭がのけぞった。そして、逆にローズの首筋に激しい痛みが走る。


「いやあああああっ!?」


 グレンが、逆にローズの首筋に噛みついていた。


「――――――――ッッ!!」


 人間のそれとは思えないような唸り声をあげ、グレンがローズの首を食いちぎると、そこから緑色の血が大量に吹き出す。グレンは、肉とも野菜とも形容し難いローズの破片を、彼女のそばに吐き捨てた。


「う、ううううう、うう……」


 泣き声をあげるローズを前にして、グレンの動きが止まった。体がどんどん萎んでいき、そしてまたしても草笛ミドリの姿に……つまり人間の姿に戻っていた。指が無くなった左手で、血を吹き出す首を抑えながら涙を流している。


「ううう……ひどい、ひどいですわ!こんな人間とも思えない仕打ちをするなんて!」

「アンタねぇ!なに自分のやったことを棚に上げているのよ!」


 言葉とは裏腹に、これ以上ローズを痛めつけるのは、グレンの良心が痛むことだった。


「たしかにそうね!でも……結局は他人にした事じゃない!?あなたに対して、ワタクシが何をしたというの!?」

「……相談してくれなかった」

「えっ……?」


 グレンの表情が曇る。


「アンタのこと……本当に友だちだと思っていた。相談してほしかった!アンタが生きてるって知ってたら、アタシは何だって協力してあげたわ!アタシをあげてもよかった……でも、もうだめなのよ!どうしようもないのよ、アタシたちは!」


 意を決したように、グレンは肘の牙を振り上げる。


「だからお願い……ミドリ!死んで!」

「死ぬのはお前の方ですわ!!」

「うっ!?」


 ローズがムチのように蔦を飛ばすと、それが刃物のような鋭さでグレンの右目を襲った。


「ちっ!浅かったですわね!この手応え……眼球は無事かしら!」

「ミドリ!!」

「おっと!動くんじゃあねぇですわ!」


 グレンはハッとして、いつの間にかローズの体からツグミの首筋に伸びていた蔦に気づく。川の水は、今なお流れ続けるローズの血によって濁っていた。その濁りに隠れて、気絶しているツグミを人質にとっていたのだ。


「ワタクシが、何の意味もなく無様に命乞いをしているとでも思ったのかしら?さぁ、グレンバーン!今度はワタクシがあなたを斬り刻んで……」

「気づかなかったのね」

「はぁ?」


 グレンの言葉にローズの動きが止まる。


「そうね。あんたはコソコソと、ツグミちゃんを人質にする機会をうかがっていたから、まったく気づいてなかったのね」

「だから、何がですの!?」

「雨……もう止んでいるわよ」

「ハッ!?」


 ローズは驚いて天を仰ぐ。たしかに雨が止んでいた。降水確率は50%。ならば、雨が降った後に、雨が止むこともあるのは道理だ。今度は賭けに勝ったグレンの体が、徐々に熱を帯び、水蒸気の煙をあげる。そして一気に、炎に包まれる。


「ツグミさんを殺……!!」


 最後まで言う前に、ローズの体が空に飛んでいた。グレンの、すくい上げるようなアッパーカットによって上空へ打ち上げられたのだ。ツグミへと伸ばした蔦は、根本から切れてしまっている。


「どうやら、アンタに対するアタシの怒りがいまいち足りなかったようね」


 だが、もうその心配はない。


「おおおおおおおおおお!!」


 グレンの体が真っ赤に燃える。そして、落下してきたローズに、灼熱の拳によるラッシュを浴びせた。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらああああっ!!」

「……!!」


 ローズの体は灰すら残らず、燃え尽きた。悲鳴を上げる瞬間さえなかった。あるのは川のせせらぎと、沈黙だけである。


「ツグミちゃん!」


 グレンは倒れているツグミに駆け寄った。投石の一つが頭に当っていたので心配したが、幸い命に別状はなく、すぐに目を覚ました。


「……グレンちゃん」

「ツグミちゃん!アタシ、やったわ!ヒスイローズに勝ったのよ!」


 何気なく周りを見たツグミが目を見開く。


「ダメ!まだいる!」

「えっ!?」


 グレンに抱きかかれられていたツグミが指さす先に、たしかにいた。蔦人間である。足が4脚に変わり、頭の先が棒状に伸びる。まるで、戦車の主砲のように。


「まずい!」


 グレンがツグミを突き飛ばすのと、蔦人間の砲身が狙いをつけるタイミングは同時であった。川の水を吸い上げた蔦人間はその水を圧縮し、ウォータージェットの勢いで射出する。水鉄砲と呼ぶにはあまりにも恐ろしい威力をもった武器が、グレンの脇腹を貫いた。


「ぐふっ!?」

「グレンちゃん!!」

「おらあっ!!」


 グレンは落ちていたポールを再び赤熱化させ、砲台型の蔦人間に投げつけた。投げやりのように突き刺さった箇所からグツグツと沸騰し、蔦人間は死亡する。だが、それで終わりではなかった。ツグミが山に面している方の堤防の上を見て、言葉を失っている。


「…………!!」

「嘘でしょ……!?」


 そこにはヒスイローズがいた。深緑色の修道服のような衣装をまとった、閃光少女がそこに立っている。しかも、一人ではない。堤防の上に、横並びに何十人も、さらには山の奥からも続々とやってきている。


「わざと急所を外しましたのよ」


 先ほどの水鉄砲のことだろう。余裕顔で集団の中央に立つヒスイローズがそう言うと、周りのヒスイローズたちもオホホホと笑った。


「先ほどの人形たちは、所詮素早く数を揃えるための粗製濫造品に過ぎませんわ。しかし、こうして時間をかけて作ったワタクシたちは違います。あなたが倒したワタクシよりも、より強くなっている。あなたはどう転んでも、ワタクシには勝てない運命でしたのよ。これからそれを、じっくりと教えてさしあげます」


「ツグミちゃん!早く後ろの堤防に登って!…………ダメよ!足手まといになるわ!」


 戦う意思を見せるツグミを無理やり後方の堤防の上に避難させると、グレンは前方の堤防に視線を戻す。

 中央に立っているヒスイローズを除き、続々と川に飛び降りてきたヒスイローズたちは、あるものは巨人化し、あるものは4脚の砲台へと姿を変え、その砲身をグレンに向ける。最後に飛び降りた中央のヒスイローズは、閃光少女の姿のまま、ただニッコリと微笑んだ。


「それが……アンタの全力なの?」


 グレンの問いにローズが答える。


「あなたって、こういうシチュエーションが好きなんじゃない?負けるとわかっていながら多勢に無勢で立ち向かい、なるべく多くの敵を道連れにして、骨になるまで戦う……的な?」

「だーかーらー!!」


 グレンが地団駄を踏む。


「それがアンタの全力なのかって聞いてるの!!」


 ローズは眉をひそめた。そういえば、巨人化して戦った時もそんな質問をしていた。それがグレンバーンにとって重要な質問なのだとしたら、「多勢に無勢で骨になるまで戦う」のが好きなのは、図星なのだろうと思った。ならば、答えてやらねばなるまい。


「ええ、ええ!これがワタクシの全力!ワタクシが用意できる全兵力をあなたにぶつけてさしあげますわ!最高の死に場所を与えたことに感謝なさい!」

「……その言葉を待っていたわ」


 そうつぶやいたグレンは両腕を十文字に構え、自分の体に炎のパワーを集中しはじめた。彼女の体から生じる熱気に押され、そこだけ川の水が無くなり、川底の石が露出する。


(自爆する気!?)


 ローズは狼狽するが、すぐに思い直す。たしかに自分たち蔦人間の集団を殲滅する方法としては有効かもしれない。だが、蔦人間は密集隊形ではなく、川に沿って軍団が伸びている。仮にグレンの全エネルギーで自爆したとしても、倒せるのはせいぜい3分の1程度だろう。その程度の損害であれば許容範囲だ。


(そうであれば、花火見物のようなものですわ)

「せいぜいワタクシを楽しませなさい。グレンバーン」


「はあああああああああっ!!」


 十字を切って体を広げたグレンバーンから、炎の柱が上がった。炎の柱は天を突き、空を裂き、そして雲を吹き飛ばす。グレンを中心に、晴れ間が広がった。堤防に登ってそれを見ていたツグミの体が震える。


(グレンちゃん、アレをやるつもりなんだ……!)


 ツグミはあたふたと堤防から離れる。


(たいへん!もっと遠くに逃げなくちゃ!)


 この様子を遠くから見ていた者たちがいる。西中学校の男子たちである。教室の窓から外を眺め、天に登る炎の柱に目が釘付けになっている。


「なにあれ!?」

「やっべー!」

「グレンバーンさんだ!きっとグレンバーンさんが戦っているんだよ!」

「見に行ってみようぜ!」

「コラ!そこの男子たち!」


 気の強そうな女子がピシャリと叱る。


「私たちがどうしてここにいるのか、忘れたの!?それに、あんたたちが行っても邪魔なだけよ!大人しく待ってなさい」

「待つって、何をだよ?」


 女子が、まるで自分の事のように誇らしげに言う。


「勝利に決まっているでしょ!グレンバーンさんが負けるはずがないわ!」


 グレンを間近に見ていたローズは、むしろ困惑していた。自爆ではなかった。だが、それにしても何か大技を撃ってくるのを予想していた。天に登る炎の柱を見た時、例えばそれが空中で分裂して、火球が降り注ぐような技を想像していた。だが、結果はどうだ。ただ空が晴れただけである。それに、こんな事ができるのなら、最初からやれば雨に苦労することは無かったのでは?ローズは訝しんだ。


「はぁ……」


 しかし、その場でヤンキー座りでへたり込むグレンを見てローズは納得する。


「スカートの中が見えますわ。はしたないですわよ」


 ローズはこう思った。おそらくこの技は体への負担が大きいのだ。パワーの消耗が激しすぎて本来の技を完成できなかったか、天候を変えた後の次の手が打てなかったのだろう。


「……サイレンはすでに鳴っている。川に近づく人間はいない。たぶん、みんな避難している。学校とかに」

「はい?何をぶつぶつ言っておりますの?」

「アンタ、気づかなかったの?」


 グレンはヤンキー座りのまま顔を上げ、ローズを睨みつける。


「アンタさぁ、ここに長いこと住んでいるのよねぇ?この川のことも当然知っているわよねぇ?アンタ、こう思わなかったわけぇ!?どうして昨日一日雨が降っていたのに川の水位が低いんだろうって?どうしてさっきまでの雨で水嵩が増えてないんだろうって?」


 ローズは足元に振動を感じた。


(地震!?)


 振動は徐々に大きくなる。まるで、暴れる牛の群れでも近づいてくるかのように。横を振り向いた時、思わずローズは叫んだ。


「なんですってぇー!?」


 水である。川上から水の壁が、ヒスイローズの軍団目掛けて襲いかかってくる。砲台化した個体はもちろん、巨人化した蔦人間たちも、まとめて激流に押し流される。だがグレンは、すでに後方宙返りをして堤防の上に飛び移っていた。眼下で押し流されているヒスイローズの群れを、氷の表情で眺めている。


「うわぁ……」


 その横から恐る恐るツグミが顔を出す。グレンが炎の柱を、天候を変えるために使わなかったのは、ローズが考えていたような理由ではない。それが合図になっていたからだ。ここより上流で、結界による簡易ダムを作っているオトハに対しての、事前に取り決めておいたメッセージである。水を全て開放しろ、と。


「グレンちゃん、一人残ってる!」


 ツグミが指をさす方向に、閃光少女のヒスイローズが一人だけ見える。まさに溺れる者は藁をも掴むという成句の通り、激流に耐えながら必死に山に面している方の堤防に取り付き、山中に逃げようとしている。


「逃しはしない!」

「でも遠いよ!」


 グレンの表情に、再び炎がやどった。ローズの攻撃で傷ついた右目の血を拭い、両目で敵を睨みつける。


「問題無いわ!」


 グレンは左手を腰にあて、何かを目指すように右手の人差し指をまっすぐ前に伸ばした。狙いはもちろん、振り返りもせず逃げようとしているローズの背中だ。

 グレンの右手に、野球ボールのような火の玉が生じる。それをしっかり握りしめると、高々と左足を振り上げ、まさに野球のピッチャーの投球フォームで火の玉ストレートを投げつけた。


「おらあああああっ!!」


 ここでやっと川から上がったローズが振り向く。グレンの投げた火の玉は風を切ってうなり、彼女の胸に吸い込まれていった。


「あ?」


 それが最後の言葉である。直後に爆散したローズを見て、グレンがつぶやいた。


「だから言ったのよ。自分の事しか見てないって……」


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