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1リットルの咆哮を聞いた時

 少女の名前はチイという。

 優しい祖母と、たくましい父に囲まれ、村で幸せに暮らしていた。祖母とともに羊を世話しながら、時には、坑道で働く父へ弁当を届けたりもしたものだ。炭鉱夫たちは、そんな彼女を笑顔で迎え入れた。


 それも、まるで昔のことのようにチイには感じる。道を把握していない彼女にとって、無人の坑道は危険なダンジョンと同じであった。暗い迷路は何をとっても命とりなのだ。なお悪いことに、チイの命を狙う怪物までいる。


「お嬢ちゃ〜ん、どこかな〜?ここかな〜?」


 坑道に響くマンダーレイアの声に慄きながら、チイは坑道の奥へ、こっそりと逃げこむしか方法がなかった。


 その時である。チイの鼓膜を、何かがリズムカルに叩いたのだ。チイは最初、自分の心臓の鼓動ではないかと思った。しかし、違う。ドッドッドッドッ……と小刻みに臼をつくような音は、人間の鼓動とはあまりにも違う。


(そんな……!?こんな時に……!!)


 噂の、怪物である。ときおり、大量の蜂が羽ばたくような音を出すのもまた、村人たちの噂通りであった。チイは怪物の姿を想像する。体には無数の、蜂の羽がひしめいて異音を奏で、お尻についたラッパが、ファンファンと大音声を鳴らす。胴体は巨大な臼となっており、哀れな被害者はそこへ放り投げられ……


「もうダメだぁ!おしまいだ~!」


 その場に崩れ落ちるチイの声に反応したのか、突如異音が消え去った。マンダーレイアの声や足音も聞こえない。


「あれ?どっちの怪物も、どこかへ行っちゃったのかな?」


 が、次の瞬間。チイは突如眩しい光に照らされて顔を覆った。指の隙間から見えたのは、闇の中で煌々と輝く()()()だ。


「きゃあああああ!!出たあああああ!!」


 チイは無我夢中で走り出した。強い光を目にしたせいで、暗い坑道は視界がゼロだ。チイは弾かれたピンボールのように、壁にぶつかりながらも必死に逃げる。


「あうっ!?」


 チイは真正面から何かにぶつかった。硬い坑道の壁とはまるで違う、柔らかく、スベスベした手触りに、チイは混乱する。


「見ぃつけた〜」


 チイの頭上でそんな声が響き、彼女は恐る恐る顔をあげる。もはや暗さを心配する必要はなかった。どう、明るくなったでしょう?とばかりに、マンダーレイアの竜の口もとから、チョロチョロと長い舌のような炎が吹き上がっていたからだ。


「いやーっ!!」


 チイはすぐさまレイアから逃げようとしたが、もちろんそれを許すような悪魔ではない。


「わー!あなた、かわいいねー!」


 そう言ってチイを優しく抱き寄せた。柔らかい乳房に顔が埋まり、チイの顔に一瞬だけ安堵の色がよぎる。しかし、それはすぐさま恐怖の色へ戻った。レイアがチイを締めつける力が、どんどん強くなっていくからだ。


「んんんーーっ!?」

「かわいいお嬢ちゃん……死んでくれたら、もっとかわいくなるよね〜〜!」


 息ができなくなって窒息するのが先か、骨をバラバラに砕かれるのが先か。いずれにせよ、チイは自分の命があとわずかだと悟り、涙を流した。


(助けて……誰でもいいから……助けて……!!)


 チイはこの時、気がついていなかった。ラッパを吹き鳴らすような大音声が坑道に響き、それが自分たちへと近づいて来たことを。


「えっ?」


 マンダーレイアの方は、それに気がついている。音は、まるでレイアたちの様子を探りに来たかのように、少し離れた位置で止まった。暗闇によって姿は見えず、今は臼を小刻みにつくような鼓動だけが聞こえる。


(心臓の音?なんだろう?私はこんな音を出す生き物なんて知らないよ〜?)


 そう思うレイアの腕の力が、わずかにゆるんだ。チイは顔を上げ、天に向かうように叫ぶ。


「助けて!!」

「なっ!?」


 強力な二筋のライトがレイアに照射され、彼女は思わず手で顔を覆った。ぐったりとなったチイが地面に転がるや、坑道中に咆哮がこだまする。チイはもちろん、マンダーレイアでさえ聞いたことがない、怪物の咆哮。


「ぎゃあああああ!?」


 何かに激突され、マンダーレイアは坑道の突き当たりまで弾き飛ばされた。


 頭を抱えてうずくまっていたチイが、恐る恐る顔を上げた。見ると、マンダーレイアは仰向けに倒れている。そんな彼女を、二筋の眼光が照らしていた。チイは、その眼光の主を視界に入れる。


(これは……なぁに?)


 それは、二つの黒い車輪が付いた、鉄の塊であった。それも、ただの鉄の塊ではない。流線的なカウルはどこか、生物的でもあった。


(鉄の、お馬さん?)


 チイは、オートバイというものを知らない。しかし、一つわかったことがある。怪物は怪物でも、この赤と銀色の体をした方の怪物は、自分の味方であると。


 そのスーパーバイクは、チイを促すように2回、アクセルを吹かせた。彼の背中にある黒いシートは、人がまたがるのにちょうど良さそうだと、チイにもわかる。


「ブンブン……あなたブンブンっていう名前なのね!」


 訂正する術を持たないマサムネリベリオンは、チイを乗せるや、アクセルを全開にして坑道を後にした。


 それからすぐである。


「いった〜〜い!もう!なによ〜アイツ〜〜!?」


 マンダーレイアが立ち上がった時には、すでにリベリオンたちの姿はない。そんな彼女の裂けた皮膚からは、バイクと同じように金属の光沢が露出している。だが、まもなくその傷口は薄紅色の皮膚が再生し、金属メカも隠れて見えなくなった。


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