文明開花の時
翌朝、サナエは畑仕事に精を出していた。
「だからなんで〜〜〜〜っ!?」
ここは魔王城の庭園である。サナエが鍬をふるって土を耕すと、一列に並んだスケルトン部隊の面々が、そこへ種イモを植えていった。
「ちょっと待ってくださいよ!」
一番の重労働を押しつけられているサナエは、文句の一つも言いたくなる。
「なんでジャガイモが中世ヨーロッパ風の世界にあるんですか!?ジャガイモがヨーロッパに伝わったのは原産地アメリカ大陸発見後でしょう!?」
「うるさい!ここはそのちゅうせいよーろっぱなどではないのだ!」
青マント隊長はそう返しながら、ビシビシとサナエをこき使った。少年魔王の家来としては、サナエが一番の新参者だからだ。
「うぅ……同じく異世界からの転移者だというのに……ツグミさんとワタシ、どうしてこんなに境遇がちがうんですかぁ〜!?」
そんなツグミは少年魔王ジローと一緒に、庭園の隅にあるあずま屋から農作業を見守っている。
「お前と姫様の扱いが違うのは当然だ」
と青マント隊長。
「ツグミ姫が我々の文化に与えてくれた影響は計り知れない。こうした農業もその一つだ」
「みなさーん、そろそろ休憩してくださーい」
そう呼んだのは、下にも置かれないツグミだ。背中に翼の生えた、妖精のような小さな悪魔たちと共に、大きなマグカップをスケルトン部隊の面々へ手渡ししていく。
「これ飲んで元気を出すやで」
「はあ、どうも」
サナエもまた、妖精の一人からマグカップを受け取り、中に満ちる乳白色の液体を見つめた。
「この世界の材料でミックスジュースを作ったんだよ」
とツグミがサナエに説明する。サナエもそれを一口飲み、舌に広がる優しい甘さに感激した。
「うーん!美味しいですよ、ツグミさん!」
「どういたしまして。果物と蜂蜜、それに牛乳を混ぜて作ったの」
その間にも、ツグミから直々にマグカップを手渡しされた青マント隊長が「ありがたき幸せ!」などと感激している。骸骨の悪魔がどうやってジュースを飲むのか気になってサナエが見つめていると、彼らは文字通り浴びるようにして、頭からジュースをかぶった。
「この美味しさは、骨身に染み込むようだ!」
「でしょうね?!」
サナエは思わずそう口走った。
魔王ジローもまた、マグカップを片手に愉快そうにサナエに寄ってきた。この少年は、自分の自慢話と同じくらい、ツグミを自慢するのが好きなのだ。
「ツグミの『料理』というやつはすごいだろう!」
「え、今まで城で料理をしたこと無かったんですか?」
「俺様はともかく、俺様の父親の時代はそうだったのだ。果物や野菜は、ただ噛じればよい。肉などは塩に漬けてから焼けばよいとしか考えていなかったのだ」
「へー!ツグミさんのおかげで文化が発展して……なんだか展開がなろう系っぽいですね!」
「なんだそのナローケーとは?今度わけのわからん言葉を使ったら処刑するぞ」
「ご、ごめんなさい!」
さて、牛乳があるということは、乳牛がいるという意味でもある。サナエは畑仕事が終わると、すぐさま牛の世話に回された。
「さあ、サナエさん。どんどん仕事を頑張りましょうね」
「ふえぇ……」
家畜の世話は、紫色のローブをまとった、魔術師風の骸骨の仕事らしい。青マント隊長を筆頭とするスケルトン部隊は、現在は魔王領内の見回りに出かけていた。魔術師骸骨が慇懃に自己紹介をする。
「ちなみに、私の名前はサー・サンドイッチと申します。お見知りおきを」
「サンドイッチ……さん?」
「はい。ツグミ姫が作られたその料理を、魔王様がことのほか気に入られましてね。以来、サンドイッチを作るのも私の仕事の一つとなり。ついに、サンドイッチという名前を賜った次第で」
「あらら〜ワタシたちの世界とは命名された経緯が反対になっちゃってますね〜」
やがて作業(もちろんサナエが一番重労働をさせられた)がひと段落つき、サナエは手拭いで汗を拭きながらサンドイッチに尋ねた。
「農作業に、酪農業……こんな風に食料を自給自足する前は、どうしていたんです?」
「もちろん、人間どもから暴力でぶん取っていました」
人(?)の良さそうな声色からは想像しにくい事を、この魔術師はこともなげに言ってみせる。
「意外ですか、サナエさん?我々は悪魔なのですよ?なにも不思議ではないでしょう」
「いや、でも……」
「そう、野蛮でございます。しかし、ツグミ姫が現れて全てが変化していきました。先代の魔王、ヘイロー様の治世の頃からでございます」
「ヘイロー……ジロー君のお父さんですね」
「現魔王様の名付け親も、ツグミ姫でございます」
サー・サンドイッチは、ツグミが100年以上前に突如現れ、魔王城にさまざまな文化をもたらした経緯を話していった。しかし、魔王城をすっかり変えてしまった本当の理由は、彼女の優しさだろうとサナエは思う。先代魔王ヘイローの心を和ませ、人間と衝突しない道を彼に示し、息子の名付け親を任されるだけの信頼を得た。ツグミをよく知るサナエにとって、それほど意外な話でもなかった。
「それで、人間とも仲良くなれる道がひらけて……」
そう言いかけてサナエが止まった。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。食料を自給自足できて、人間から奪う必要なんて無くなったのでしょう?だったら、なんで昨日は人間たちと争っていたんですか?それに、青マント隊長が『また姫を狙ったのか』とか言っていたような……」
サナエはわけがわからなかった。ツグミは、人間を嫌うような少女ではない。魔王城だけでなく、人間たちにも手を差し伸べたはずだ。ましてや、彼女は魔法少女のヒーラーなのである。怪我人を治せる彼女を、人間側が拒絶するのは考えにくい。
それを聞いたサンドイッチは、どこか悲しそうに首を横に振った。
「そう。姫は人間と悪魔を結ぶ架け橋になることができるお方でした。しかし……そうはならなかったのです」
「一体、どうして……?」
「そうですね……あなたはツグミ姫とはご友人なのでしょう?お話してさしあげましょう」
一方その頃。
先日サナエを襲撃した人間の兵士たちが、今度は魔王城の偵察を行っていた。ジャガイモ畑には、小さなジョウロを持った妖精たちが飛んでいる。
「すくすく大きく育つんやで」
そう言いながら水やりをする様子を見て、兵士たちは驚いている。
「馬鹿な……!野蛮な魔王軍が、農作業をしているだと……!?」
「ふん!所詮は真似ごとに過ぎんよ。上手くいくはずがない」
「だが、奴らには『黒の魔女』がいる」
「ああ、捨て置くわけにはいかないな……」
兵士たちのリーダーが言った。
「教会へ行って『女神様』に報告するのだ」
「こら!貴様ら!何をしている!」
突如、青マント隊長を筆頭とするスケルトン部隊が現れた。人間側のリーダーが鋭く指示を飛ばす。
「今回の任務は偵察だ!引け!退却!」
スケルトン部隊に追いたてられるように、人間たちは散り散りに分かれて逃げ去った。しかし、向かう先は一つ。
山を降りた平野に、人間たちの集落がある。藁葺き屋根の木造の家ばかり並ぶ中。その教会だけは、石造りの立派な建造物であった。




