魔王城の時
ワタシの名前は中村サナエ!
幼少期に交通事故で生死の境をさまよい、悪魔と融合して生き返った、どこにでもいる普通の悪魔人間!
魔王の娘である魔女、村雨ツグミさんを探していたのだけど、あら大変!
人間の罠に引っかかって、悪魔に助けられたと思ったら、その悪魔に捕虜として連行されちゃいました!
一体ワタシ、これからどうなっちゃうんですか〜!?
サナエがそんな脳内ナレーションを自分で流している間も、スケルトン部隊は黙々と森の中を歩き続けた。やがて、リーダーの青マント骸骨が何かを見上げる。
「おお、我が魔王城!太陽に輝く尖塔のなんと勇ましいことか!」
サナエもまた、骸骨の一体に担がれたまま、首を動かしてその城を見た。丘の上に立つ巨大な石造りの城は、これまた中世ヨーロッパ風だ。
「魔王の城って、もっとこう……暗雲垂れ込めているイメージなんですが」
「バカ!天気なんて良い時もあれば悪い時もあるに決まっているだろうが!マヌケ!」
「燃える火山のふもととか……」
「はあ?なんでそんな不便なところに城を建てるんだよ?」
それも、そうである。第一、択捉島に火山があるのかサナエは知らなかった。そう、サナエはまだここを択捉島だと思っているのだ。
ゆえに、その立派な城へ近づけば近づくほど、サナエは不思議であった。
(こんなに大きなお城……ロシア軍が気づかないわけがありません。なのに、どうして……?)
城の門は、やはり柄の長い斧を持った骸骨の兵士二人が守っていた。青マント骸骨がサナエの身を預かり、門番の二人に報告をする。
「森で奇妙な人間を捕まえた。魔王様に拝謁したい」
「ええ!?魔王に!?」
と叫んだのはサナエだ。
「口を慎めよ、人間」
青マントが脅すように言う。
「魔王様は、それはそれは恐ろしいお方だ。その首が惜しければ、言葉には気をつけることだ」
「ふえぇ……」
やがて青マントとサナエは、赤い絨毯の敷かれた広間へと辿り着いた。奥の上座には、玉座が置かれている。それが魔王の椅子だ。そのすぐそばに侍っている、紫色のローブを着た骸骨が、青マントの骸骨へ慇懃に語りかける。
「おや?スケルトン部隊の隊長ではありませんか。わざわざ魔王様へ直々に報告に上がるとは、よほど大事な要件なのでしょうね?」
青マントに背負われているサナエは、彼の喉の奥からカランと音が鳴ったのを耳にする。それが舌打ちである事に気づくまで、そう時間はかからなかった。
「城の中に閉じこもっている魔術師様と違って、俺は外で何が起こっているかよく知っているからな」
「小競り合いはそのくらいにしておけ」
玉座からそう声をかける人物を、サナエは凝視した。
見たところ、少年のようだった。というより、ほとんど子どもにしか見えない。その青い肌は、たしかに人間ではなく悪魔の証拠だ。重力に逆らうツンツンヘヤーから飛び出た2本の角が、必死に威厳を出そうとしているが、かえってその童顔ぶりを強調している。着ているのは黒いショートパンツと、つま先のそり返った黒い靴。そして、黒いマントである。サナエには、それがいかにも滑稽に見えた。
「魔王様じゃあない……」
おもわずそう口から出たそのつぶやきを、聞き逃す魔王ではなかった。
「俺様が魔王ではない……だと?」
むしろその言葉を恐れたのは、魔術師風の骸骨と、青マント隊長の方だ。
「こ、こやつ、魔王様に向かってなんという口を……!?」
「貴様!さっき俺が言った事を忘れたのかーっ!その首をはねてくれるわ!」
青マント隊長が剣を振り上げたところで、やっとサナエの顔も青くなった。
「ひーっ!?ごめんなさい!ごめんなさい!悪気は無かったんですーっ!!」
「待て」
そう短く言ったのは玉座に座る少年魔王だ。
「魔王様!ですが……!」
「聞こえなかったのか?俺様が『待て』と言っている」
「は、はっ!」
青マントは剣を背中に隠して跪いた。
「そもそも、なんだ、コイツは?」
「はっ!人間どもが妙な仕掛けをしているところを見つけ、見張っておりましたところ、この者を捕まえているところに遭遇いたしました。俺はてっきり、また姫が襲われたと思って助けだしたのですが、こやつ、見ての通り人間のようでして」
「もしもお前の報告通りで、ソイツがただの人間であったとしたら……」
少年魔王が、手で握り潰すようなジェスチャーをする。
「お前を処刑しているところだ。くだらん報告に俺様の時間を潰しおって」
「ひいっ!?」
恐れの表情は同じ骸骨同士ならわかるのか、魔術師の方の骸骨が笑うように奥歯をカタカタ鳴らすのがサナエにも聞こえた。しかし、少年魔王がそちらを睨むと、魔術師骸骨もまた畏れ多いとばかりにうつむく。
「だが、お前が連れてきたソイツは、ただの人間ではないようだぞ隊長?命拾いをしたな……おい、お前の名前は?」
「え、ワタシですか?」
少年魔王は、まっすぐサナエを見つめている。ここで逆らっても仕方がないので、サナエは正直に話すことにした。
「中村サナエです」
「ナカムラ・サナエ……」
魔術師の方が口を挟んだ。
「魔王様、その命名規則はもしや……!」
「ああ、俺様もそう思う。お前の仮説を裏付ける証拠が、また一つ、といったところか」
「魔王様、私に姫様をこちらへ呼ぶ事をお許しいただきたいのですが……!」
少年魔王は手で払う仕草をした。行って良い。つまり『姫』と呼ばれている人物をここに招く事を許可したのだ。紫の魔術師がローブをスルスルと引きずりながら退室すると、少年魔王は改めて興味深そうな視線をサナエに送った。
「で、お前は何なのだ?」
「え、何って?えーっと……」
「なぜ人間に捕まえられた?」
「わかりません。ワタシは、行方不明になった友人を探して、崖から落ちたんです。目を覚ました後、急に中世ヨーロッパの兵士みたいな人たちに襲われて」
「ちゅうせいよーろっぱ?」
「あれ?やっぱり知らないんですか?」
まるで顎ひげをなでるようにして考える少年魔王の仕草が、なんだかサナエには可愛らしく見えた。彼に自分の生殺与奪を握られている事実を忘れさえすれば、だが。
「それで、行方不明の友人とやらは、どんな奴だ?」
「どんなって、こんな」
「!?」
サナエの姿が、みるみる変わっていった。身長が縮み、髪は伸び、メイド服を着た愛らしい少女へと姿を変えていく。少年魔王は、その能力に強く興味をひかれた。
「ほう!それがお前の能力か!面白い!やはり只者では無いと思った俺様の目に狂いはなかったようだな!」
「はあ、どうも」
サナエはツグミの姿のまま頭を掻いた。正直、褒められて喜んでいいのかどうか、よくわからない。
「お前も俺様の家来にしてやる!ありがたく思うがいい!」
「ちょっと!それは困ります!ワタシには友人を探し出す使命が……!」
「いいや、もうその必要はないぞ!ナカムラ・サナエ!」
サナエが首をひねると、何者かが少年魔王の玉座へと近づいて来た。白いドレスを身に纏う少女の姿に、サナエが息を呑む。
「魔王様、お呼びですか?」
「あ!あなたは!」
「あ、えっ!?」
誰あろう、彼女は村雨ツグミである。ツグミもまた、自分自身の姿をしたサナエを見て驚いた。だが、少年魔王の言葉はさらにサナエを驚愕させる。
「紹介しよう、サナエ。彼女はムラサメ・ツグミ。俺様の妃だ」
「な、なんですってええええええ!?」




