骸骨の時
中村サナエが目を覚ました。川べりの草地で大の字に寝ていたサナエは、首だけを動かし、辺りの様子をうかがう。
「ここは……?」
上半身を起こしたサナエは、体を揺らしながら自分の身を確かめる。どうやら、怪我はしていない。濡れた潜入服から察するに、おそらく谷底の川に落下して、流されてきたのだろう。
「はは〜、ずいぶん遠くまで流されたみたいですね〜」
リベリオンと共に駆け降りた崖は、どこを見渡しても無い。
「天気も、いつの間にか晴れていますね。さて、ジュンコさんたちに連絡を入れてみましょう」
通信機も兼ねた多目的ゴーグルは、サナエが倒れていた場所のすぐそばに落ちていた。それを頭部に装着し、周波数を合わせる。
「ジュンコさん、ワタシは何とか無事です。一時はどうなるかと思いましたが……あれ?ジュンコさん?ジュンコさん!」
返事が無いのである。オトハの方へ直接つながる周波数にも合わせてみたが、何度呼びかけても返事がなかった。念話を応用した通信装置に、電波不足による圏外は考えにくい。
「困りました……壊れてしまったのでしょうか?」
さらに心配なのは、一緒にミサイルで吹き飛ばされたはずのスーパーバイク、マサムネリベリオンだ。サナエが川に流されたとしたら、リベリオンは上流の方に取り残されているのだろう。サナエは立ち上がり、川沿いを歩いて登り始めた。
それから1時間はたっただろうか。サナエは歩けど歩けど、マサムネリベリオンを発見することができなかった。それどころか、自分が落ちたはずの崖も見つからないのである。雲一つ無い青空には、自分を探すロシア軍のヘリコプターも見えなかった。
「奇妙ですねぇ……ワタシ、知らない間にそんなに流されてしまったのでしょうか?」
その時である。サナエの足元に、何かが勢いよく突き刺さった。
「わっ!?え、これ、矢ですかぁ!?」
それも、カーボンファイバー製ではなく、素朴な木の矢である。サナエがオタオタしていると、さらに何発も矢が飛んできた。
「ひーっ!?何ですか一体〜!?」
サナエはもちろん、逃げるために林の中へと駆け込もうとする。すると彼女の体が急に持ち上がった。
「わーっ!?」
網でできたトラップである。がんじがらめで木に吊るされる格好になったサナエの周りに、鎖帷子と鉄のヘルメットを身につけ、槍を構える兵士たちが殺到した。
「よし!うまくいったぞ!」
兵士の一人が確かにそう口にしたのを聞いて、サナエは耳を疑った。
「に、日本語!?それに、何ですか!?その中世ヨーロッパみたいな格好は!?」
「ちゅーせーよーろっぱ?」
兵士の一人が首を傾げていると、別の兵士が叫ぶ。
「悪魔の言葉に、耳を貸すな!こいつらは、こうやって俺たちを惑わせるんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!話せばわかります!」
とは言ってみたものの、サナエは悪魔と融合した人間、すなわち悪魔人間である。兵士たちの言葉は、半分は当たっていると言わざるをえない。ヨーロッパ風のコスプレ(にサナエからは見える)兵士たちの正体は不明だが、悪魔に対しては手にした槍だけが物を言う部族にしか見えなかった。
「ワタシは人間の味方です!」
槍で串刺しにされるのを恐れてそう弁明するサナエであったが、兵士たちは容易に信用しなかった。ごく普通の人間である彼らからすれば、黒とグレーのストライプ模様のライダースーツも、太陽に輝くサナエの銀髪も、全てが怪しく見えた。サナエにもそれがわかっているので、問題を解決することにする。
「ほ、ほら!見ていてください!」
「!?」
サナエの体が、みるみる兵士たちと同じ姿に変わっていった。どんな人物にも変身してみせるのは、彼女の得意技である。
「どうです?ワタシとあなたたちに、違いなんてないでしょう?」
「…………やっぱりだ」
「へ?」
「やっぱりコイツは悪魔だーっ!!」
「えええええええ!?」
普通の人間に変身能力は無いので、当然の反応であった。
その時、急にサナエの体が地面に落ちた。何者かが、彼女を吊り下げている網を支える、大木を斧で叩き斬ったからだ。
「ふげえっ!?」
落下したサナエが網の隙間から見たのは、剣や斧で武装し、さらにマントやバイキング風のヘルメットなどでそれぞれに着飾った、骸骨の群れであった。
「わあ!?スケルトン部隊だ!!」
人間の兵士たちは、彼らをそう呼んでいるらしい。
「クソったれの人間どもが!!」
スケルトン部隊のリーダー格らしい、青いマントの、一際大きな骸骨が、これまた大きな口を開いて威嚇をする。
「また姫を狙ってやってきたか!?」
(え、姫?)
それって、ワタシのことでしょうか?そう思ったサナエは、ひとまず変身を解除して事の成り行きを見守った。人間たちは、骸骨を相手にそれなりに戦ったものの、かなわないとみてすぐさま撤退を始めた。骸骨たちは、まちがいなく悪魔である。最終戦争以来、これほどの集団を見るのはサナエも久しぶりだ。
「姫、大丈夫ですか?」
人間を蹴散らした骸骨たちがサナエの元に集う。網から外に出たサナエは、偉そうに咳払いをした。
「オホン、苦しゅうない。余は無事であるぞよ」
骸骨たちに、顔の筋肉は無い。そのため、スケルトン部隊がポカンとした表情をしていても、サナエにはわからなかった。
「あ?なんだ、コイツ?」
「姫じゃないぞ」
「え?え?」
サナエもついに、どうやら骸骨たちの言う『姫』が自分ではないらしい事に気がついた。さらに悪いことに、骸骨たちから見れば、サナエはあまりにも人間らしく見えた。
「怪しい奴め!動くな!」
「えーっ!?さっきは助けてくれたのに〜!?」
サナエは体をロープでグルグル巻きにされ、骸骨の一体に背負われた。
「城に戻るぞ!魔王様に報告をしなければ!」
(え!?魔王!?)
聞き捨てならない言葉である。魔王ダンテは、最終戦争で死んだはずだ。
「魔王って!?生きていたんですかーっ!?」
「うるさい!お前は我が魔王軍の捕虜になるのだ!大人しくしろ!」
「ほ、捕虜!?そんな〜!?」
まさか、悪魔と人間の戦争が再び始まっているというのか。文字通り手も足もでないサナエは、そのまま骸骨たちに運ばれていった。
(誰か〜!助けて〜!)




