観音白金の時
「……それで?」
「え?」
「オウゴンサンデーの一番弟子とやらが、アタシに何の用なの?」
てっきり恐れ入るとばかり思っていたカンノンプラチナは、グレンのとりつく島もない反応に困惑する。
「オ、オレはオウゴンサンデーさんの弟子だぞ!?ビックリしないのか!?」
「何を馬鹿なことを……アタシはそのサンデーをぶちのめすために来たのよ!」
「ええーっ!?」
ビックリしたのはプラチナの方だ。
「お前、オレたちの敵なのかよぉ!?」
あ、マズイな……とグレンは思った。サンデーに対してはともかく、彼女が支配するこの世界で、堂々と敵対宣言をするのは、少なくとも情報収集の上では不利だ。
「……という心構えよ」
「へ?」
「オウゴンサンデーをいつかぶちのめす……それくらいの気概が無ければ、本当の弟子にはなれないって言いたかったの」
グレンは、我ながら下手な芝居だと思った。暗闇姉妹になって以来、少しは嘘も慣れてきたつもりだが、まだまだ苦手なのだ。しかし、目の前にいるボーイッシュな魔法少女は、目を輝かせてうんうんとうなずいた。
「田舎者のわりにはよくわかっているじゃねえか!」
「田舎者言うな」
「やっぱり、お前もサンデーさんの弟子を希望して来たのか!?そうなんだろ!?」
「うん……まあ……そんなところよ」
「そうかそうかー!……ゴホン!なら一番弟子として、オレが色々と教えてやるよ!」
このカンノンプラチナという魔法少女は、案外と人間性が可愛いなとグレンは思った。それに、本当にサンデーの弟子であるなら、勘違いをさせておけば情報収集に便利だ。
「ねえ、カンノンプラチナ。あんたも、時間を止められるの?」
「当たり前じゃねーか!オレはなんたってサンデーさんの一番弟子だぜ?」
「ふーん」
「見てろよ……ほら!」
「?」
グレンは、目の前のプラチナが急にドヤ顔をしたので首をひねった。
「何なの、それ?」
「何って、時を止めたんだぜ」
「あ、そういう……あんた馬鹿ぁ?」
「は?」
「時を止めたのにその場に留まってたら、アタシからは時を止めてるってわからないじゃないのよ」
「あーそっかー!」
しまったー!とプラチナは頭を抱える。
「待てよ!今の無し!もう一度時を止めて…………あ」
「なによ?」
「……またすぐには時を止められないんだよ。ちょっとクールタイムを挟まないと」
「…………はー」
「でかいため息つくな!」
数分後、プラチナは準備ができたとグレンに伝えた。
「いい?どうせ時間を止めるなら、アタシの背後に回り込むとか、そういう事をしてみなさいよ」
「オレに命令するんじゃねーぜ!これから、オレもそうやって見せようと思ったところだ!」
準備万端、カンノンプラチナが指をパチンと鳴らす。
「時よ止まれ!」
そう叫んだ時には、プラチナの周りは全て静止してしまっていた。おそらく、プラチナの声もグレンの耳には届いていない。
(時が止まっているのに変な言い方だけど、オレが止められるのは3秒くらいだ。早くこの田舎者の背後へ……)
と思ったプラチナの動きが止まる。
「あ、なんだよ!これじゃあ通り抜けられないじゃねーか!」
広いところならともかく、グレンとプラチナが対峙しているのはホテルの部屋の入り口なのだ。他ならぬグレンの体が邪魔で後ろに行けないのである。
「ああーっ!でも、こいつ!また失敗したらオレを馬鹿呼ばわりするぞ!そんなの許せねーぜ!」
迫るタイムリミットの中、プラチナはグレンと側面の壁に無理矢理自分の体を押し込もうとした。
そして時は動き出した。
「きゃあっ!?」
急に仰向けに倒れ込んだグレンの悲鳴が天井にこだました。視線を落とすと、どういうわけかプラチナがグレンの胸に顔を突っ込んで押し倒した格好になっている。時を止めている間、カンノンプラチナがグレンの背後へ回るべく悪戦苦闘していたことは、グレンからすれば知るよしの無いことだった。そして、それは見事に失敗したというわけだ。
「なにすんのよ!!このスケベ!!」
「オ、オレがスケベぇ!?」
カンノンプラチナが慌てて顔を上げると、その鼻からたらりと赤い筋が伸びた。どうやら、倒れた時に鼻が強く押されたらしい。
「なんじゃこりゃ!?」
プラチナはそう叫びながら、自分の鼻血を手で抑えた。情けないやら恥ずかしいやらで、プラチナの顔が真っ赤に紅潮する。そうすると、余計に鼻血が出た。
「い、田舎者いじめは、今日はこれくらいにしといてやるぜ!じゃあな!」
プラチナはそんな捨て台詞を残すと、鼻を抑えたまま一目散に廊下を駆けていった。残念ながら、クールタイム中のため時間を止めて去ることはできない。
「なんだったのよ、アイツ……変な奴!」
その後、グレンの安眠を妨害する者は現れなかった。かえって違和感をおぼえるほど柔らかい羽毛布団に横たわるグレンは、カンノンプラチナの事を思い出し、思わず笑みを浮かべた。
翌朝。
目を覚ましたグレンがベッドルームからリビングへ行くと、テーブルに何かが置かれていることに気がついた。トレーの上に銀の丸い蓋が被せられているのは、サンデーが用意した朝食である。中に入っていたサンドイッチを一口食べたグレンは、皿の下にメッセージカードが挟まれていることに気がついた。
『朝食が終わったら、塔の屋上まで来てください』
やがて指示された通り、グレンは塔の外周を回る螺旋階段を登り、塔の屋上へと移動した。
「おはようございます、グレンバーン」
「…………」
「事情はともかく、挨拶は大事ですよ、グレンバーン」
「……おはようございます」
グレンが渋々お辞儀をしていると、どこかで見たことがある後ろ姿が目に入った。屋上の端で、大きな絨毯の上であぐらをかき、こちらに背中を向けている藍色のスーツは、おそらく昨夜会った魔法少女だ。
「ほら、あなたも挨拶をしてください」
「えっと、その……」
カンノンプラチナである。彼女は立ち上がると、少し顔を背けながらグレンたちの方へ歩いて来た。グレンは、吹き出しそうになるのを我慢した。たぶん、昨日グレンバーンを訪ねたのはサンデーに対して内緒の事だったのだろう。何より、昨夜の鼻血事件は、誰にも増して師匠であるサンデーに知られたくないに違いない。
「紹介しましょう、グレンバーン。こちらは私の弟子で――」
「カンノンプラチナです!よろしくです!」
プラチナは、早口かつ、やたらと高い声でそう名乗った。もしかしたら、グレンが別人と勘違いするかもしれないと、一縷の望みにすがっているのだろう。グレンは吹き出すことだけは耐えられたが、顔に浮かぶ笑みはどうしようもなかった。
「ん?もしかして、プラチナを知っていたのですか、グレンバーン?」
「いいえ、まさか。初対面ですよ」
えっ?という顔をしたのはプラチナだ。どういう風の吹き回しにしろ、グレンは自分のメンツを守ってくれるらしいと、ひとまず安心するプラチナである。
「よろしくね。サンデーさんの一番弟子の、カンノンプラチナさん」
だが、微笑を浮かべて捕食者のような目をするグレンの顔を見たプラチナの額から、だらだらと冷や汗が流れた。
(くっ!こいつ……アンタはいつだって狩れるのよ、みたいな顔してやがる……!)




