托卵の時
数時間後。
オウゴンサンデーとの夕食を終えたグレンバーンは、スイートルームのベッドで仰向けになり、シミ一つ無い石造りの天井を見つめていた。そして、サンデーがグレンに教えた事について思いを巡らせていた。
時は食事の場にさかのぼる。
「アヤちゃんが……神さまの孫……!?」
そう言われてもピンとこないグレンだった。『天使のような性格』と言われればうなずけるグレンであったが、それはあくまでも比喩でしかない。
「糸井アヤの母。石坂ノアは、神が石坂カコの胎に宿した神の子です」
同じ事象は、グレンならずとも多くの者が知っている。処女懐胎。聖母マリアが救世主イエスを孕んだ物語は有名だ。しかし、身近な人物に対してそれが起こったと知ったグレンは、神秘的というより、もっと別の感情を抱く。
「気持ち悪い……」
「え?」
「おぞましいわよ……他人のお腹の中に、勝手に赤ちゃんを作るなんて……」
「それは……」
サンデーは何か言いかけたが、それを自ら噛み殺した。
「神の御業は、人間には計り知れないことです。ただ事実として、石坂ノアの娘であるガンタンライズの保護を、神の名によって、私は果たしました」
「本人の希望も聞かずに、父親を殺害したあげく拉致したんでしょ!もっと正確に言いなさいよ!」
「否定はしません。ですが、どう言ったところで、ガンタンライズは人間の世界には帰れないでしょう」
「あんたを殺しても……?」
グレンの手元にある箸が音を立てて割れた。返答次第では、この場でサンデーに襲いかかるつもりだろう。サンデーは、グレンと食事するにあたり人払いをしている。仕留めるには、これ以上の好機はない。
だが、理由もなく人を手にかけるグレンでないことは、サンデーも承知していた。
「私を殺しても、ガンタンライズは戻ってきませんよ。何度も言いますが、彼女はすでに神の御許にいます」
「この世界ではないの?」
「神の楽園は、こことは違う世界です。私も足を踏み入れたことはありません。行く方法も不明です」
「あんたを人質にして神と交渉するってのは?」
「お勧めはしません。そうなるくらいなら、私は自ら死を選びます」
「ずいぶん、その神さまとやらに忠実なのね」
グレンはどうしたものか、悩んだ。オウゴンサンデーを今さらぶちのめしても、糸井アヤは帰ってこない。神を殴りに行きたいが、どこへ向かえばいいのかわからない。
「せめて、ライズが無事かどうか知りたいわ……」
「私もです」
「ん?」
てっきりガンタンライズをただの供物としか見ていないとばかり思っていた、サンデーの反応がグレンには意外だった。
「神のもとへ帰すのが、ガンタンライズにとって一番幸せなことだと思っていましたが……本人はどう思っているのか、私は彼女から十分聞き取れてはいない」
「何かあったの?」
「いえ、べつに。ガンタンライズと会えるよう、私から神に連絡を試みてみましょう」
「……信じていいの?」
「私は……ライズには幸せになってほしい気がするんですよ……」
「…………?」
オウゴンサンデーが立ち上がった。見ると、彼女はすでに食事を終えている。
「一緒に食事ができて楽しかったですよ、グレンバーン。明日は、この世界について紹介しましょう。では」
「あ、ちょっと!」
待ちなさいという前に、オウゴンサンデーの姿が消えた。時間停止をして去ってしまったのだろう。サンデーが何を考えているのかわからないまま、グレンは残った食事を掻き込んだ。
そして現在、グレンはサンデーの言葉を反芻する。
『私は……ライズには幸せになってほしい気がするんですよ……』
(あの言葉に、嘘は無さそうだった……)
もしかしたら、オウゴンサンデーは善人なのかもしれない。そう思いかけたグレンは、慌ててそれを否定した。
(善人であるはずがない!)
警察官一名を殺害したのは、つい先ほどのことではないか。しかも、ただ自分たちを探ろうとしたという理由だけで。やはり、悪人である。全ては自分を仲間に引き込むための作戦であると、グレンは肝に銘じておくことにした。
それに、ついアヤが神の孫と聞かされ、驚いたために聞くのを忘れたことがある。それは村雨ツグミ/トコヤミサイレンスのことだ。アカネとオトハは、暗闇姉妹を誘い出すエサとしてガンタンライズに目をつけられたとばかり思っていた。しかし、ライズを狙った理由が本人にある以上、ツグミを狙う理由がわからなくなってくる。もちろん、彼女が魔王と契約した魔女である限り、閃光少女であるオウゴンサンデーが狙うのは理解できる。しかし今までの経緯を考えると、どうも生け捕りを狙っているようなのだ。魔王の力を恐れるなら、問答無用で始末しない理由がわからない。
さらにわからないのは、ついさっき会ったチャイナドレスの魔法少女だ。県内の魔法少女は、もれなくサンデーに拉致されたものと思っていた。だが、その顔に悲しみはおろか、洗脳されている形跡も見えなかった。それに、そもそもこの世界は何なのか?オウゴンサンデーは何をしたいのか?
(……アタシの頭で考えても仕方がないわ。とにかく、サンデーに従順なフリをして、少しでも手がかりを掴んでおかなくちゃ!)
グレンの瞼が重くなった時、誰かが彼女の部屋をノックした。
「…………?」
オウゴンサンデーだろうか?しかし、すぐに違う人物だとグレンは悟った。反応が無いとわかるや、しつこく何度もノックを続けている。短い付き合いであるが、サンデーらしくはない。
(誰かしら?)
グレンが内側から慎重にドアを開けると、ベリーショートヘアの少女が胸を張って待ち構えていた。いわゆる戦隊ヒーローのような、藍色のスーツに、銀色のアーマーが所々に装着されている魔法少女だ。その魔法少女は挑戦的な笑みを浮かべ、グレンに話しかけた。
「よう!オレだ!」
「?」
「……オレ!オレ!オレだよ!」
「誰よ、アンタ?」
「はあ!?」
その魔法少女はグレンが自分を知らない事に立腹したらしい。
「なんでオレのこと知らないんだよ!?」
「なんでアタシがアンタのこと知ってなくちゃいけないのよ?」
「はあ……これだから田舎の魔法少女は!オレを知らないなんて、とんだモグリだぜ」
「田舎の魔法少女で悪かったわね!」
「知らざあ言って聞かせてやるぜ!」
藍色の魔法少女は、さらに胸を張ってグレンバーンに名乗りをあげた。
「最強の先行少女、オウゴンサンデーさんの一番弟子!カンノンプラチナとはオレのことだ!」




