世界を作る時
気がつくとアカネは電車に乗っていた。トンネルの中らしく、窓から見える外は真っ暗だ。
「なっ!?」
「すみませんが――」
とオウゴンサンデーは困惑するアカネに語りかける。
「まだあなたに全てを教えるわけにはいきません」
「……時を止めたのね?」
それがオウゴンサンデーの魔法である。これからどこへ向かうのか、他の暗闇姉妹に秘密にするために、時を止めてアカネをこの電車に乗せたのであろう。二人きりの車内で、サンデーが続ける。
「あなたにだけ、お見せしましょう」
「何を?」
「私の世界です」
その瞬間、電車がトンネルから抜け出し、夕陽の光が車内を満たした。アカネが窓の外を見て驚いた。
(この電車……空を飛んでいる!)
「そろそろ、グレンバーンに変身してください」
電車はゆるやかにカーブしながら、海に浮かぶ一つの島へと降りていく。奇妙な島であった。都市もあれば、砂漠もあり、ジャングルが見えるかと思えば、そこに氷原が隣接している。自然ならばありえない、さまざまな世界のパッチワークのようだ。
「これが、あんたの世界……!?」
「歓迎しましょう、グレンバーン。ようこそ、魔法少女の世界へ」
やがて二人を乗せた電車(と、もはや呼べるのかわからない乗り物)は、都市部にある駅へと着陸した。サンデーの指示通り、アカネはグレンバーンに変身していたが、その理由がわかった。小さいが活気のある駅の構内で働いているのは、全員、魔法少女である。
(魔法少女の世界……)
魔法少女たちは会釈をしたり、笑顔で手を振って歓迎している。もちろん、グレンに対してではなく、隣にいるオウゴンサンデーに対してのことだ。グレンは冷ややかに言った。
「ずいぶん慕われているのね。みんな、あんたの手下ってわけ?」
「いいえ、皆さん私の同志ですよ」
「独裁者はいつだって、そう言うのよ」
電車の終着点は、ここでは無いらしい。再び動き始めた客車に揺られてグレンとサンデーが去っていくのを、じっと見つめる影がある。
「なんだ、アイツ?サンデーさんと一緒に……ずいぶん馴れ馴れしい奴じゃないか!」
その声には、隠しようもない嫉妬の感情が滲んでいた。
やがて、都市部の中心に立つ、高い塔のような建物の中へ電車が入って行った。そこがどうやら終点らしい。サンデーに続いて電車から降りたグレンは、二人に駆け寄ってきたチャイナドレスの魔法少女の姿を見て驚いた。
「おかえりなさいませ、サンデー様」
「あ!あなた!」
「えっ?ああ、グレンバーンさんですか!」
グレンが驚いたのには理由がある。彼女は、県内で失踪した魔法少女の一人だったからだ。彼女もまたオウゴンサンデーに拉致された被害者だとばかり思っていたが、見るからに明るく元気そうである。
「あなたもこちらで暮らす事にしたのですね!」
「えっ、どういう……?」
二人の会話にサンデーが割って入った。
「すみませんが、夕食の支度をお願いできますか?」
そう言われたチャイナドレスが「喜んで!」とその場を後にする。
「では、参りましょうか。共に食事などして語り合えば、疑問は自ずと解けることでしょう」
夕食の準備が整うまでに、グレンは塔の中を案内された。外から見ると、拡大したピサの斜塔のようなクラシックなデザインであったが、内部は高級ホテルのようだった。もっとも、グレンバーンこと鷲田アカネは高級ホテルに宿泊したことは無いので、あくまで想像でしかないが。
「こちらが、あなたの部屋です」
「アタシの部屋?」
「夕食の支度ができるまで、ここで待っていてください」
最上階の部屋である。これも想像でしか無いが、ホテルで言うところのスイートルームというものであろう。広いリビングから、この世界の夜景を一望することができた。グレンは、サンデーがこの部屋に案内したのは自分への単なる好意ではなく、ある種の自己顕示欲もあると考察する。
(たしかに、誰にでもできることではないわね。自分の国……あるいは、世界を作るなんて)
間もなく夕食の準備が整った。グレンは、オウゴンサンデーが贅を尽くした食事を準備し、自分を圧倒するつもりなのではないかと思っていた。そうなれば、子牛のフィレステーキだろうが手づかみで食べてやろうかと思っていたグレンである。しかし、意外にもテーブルに並んだのは、それに比べれば平凡な、唐揚げ定食であった。
(人のもてなし方を心得ているのね)
そう思ったのは、グレンにとっても、フランス料理のフルコースを出されるより好ましかったからだ。テーブルの向かい側では、頭のフードを取ったオウゴンサンデーが、同じく唐揚げ定食の前で「いただきます」と手を合わせている。几帳面に揃えられたボブカットは、そのまま本人の性格を表しているかのようだ。
「へえ」
そんなサンデーを、グレンは興味深そうに見つめる。
「何か?」
「思っていたより、愛らしい顔をしているんだなって」
「……褒め言葉として受けとっておきますが、あまり私をからかわないでいただきたいものですね」
敵同士でなければ、ムッとする顔も愛嬌がありそうだ。しかしグレンがいくら見つめても、サンデーの正体はわかりそうになかった。魔法少女特有の認識阻害魔法が、彼女の本当の素顔を隠している。
「さて、まずはこの世界についてですが……」
そう語りだしたサンデーを、グレンがさえぎった。
「そんなの、どうでもいいわ!ガンタンライズはどこにいるのよ!?」
「神の御許に」
「は?」
グレンがいきり立つ。
「まさか死んだっていうの!?」
「落ち着いてください、グレンバーン。ガンタンライズは、死んではいません」
「でも、神がどうとか……!」
「そう、神はいるのです。我々の庇護者として」
「いや、でも、神って……」
「何を疑うのです、グレンバーン?」
困惑して席に座りなおすグレンに、サンデーが言葉を続ける。
「悪魔がいて、魔法がある。魔法少女がこの世に居るなら、神が居ても不思議ではないでしょう?」
「それは、まあ、たしかに……」
つまり、ガンタンライズこと糸井アヤは、オウゴンサンデーの後援者である、少なくとも自ら『神』を名乗る何者かのところへ居るということだ。
「でも、どうしてライズが、その……神様のところに?」
「そこが彼女のいるべき場所であるからです」
いよいよ困惑するグレンに、オウゴンサンデーはただ、事実を伝えた。
「ガンタンライズ、すなわち糸井アヤは、神の娘の産んだ子ども。すなわち、神の孫なのですよ」




