一対一の時
和泉オトハの葬儀は、すぐ翌日に行われる事になった。場所は、オトハが遺棄された白金ソウタロウの屋敷で、当然、喪主はソウタロウその人である。白金組の子分たちはもちろん、傘下の組長や、仕事で縁のある裏街道の面々が参列していた。
さて、暴力団とは深い縁を持ちながらも、この事態を傍観している者もいる。それは、警察だ。いわゆる、ヤクザと警察と政治家が蜜月の関係であったのは、せいぜい90年代までのことだ。暴対法の施行などを皮切りに、警察はそうした過去の暗部を払拭しようとしている。
そのため城南署の刑事二人は、葬儀に参列するどころか、敷地内に足を入れることさえできなかった。若衆を刺激しないように、少し離れたところで屋敷の門を見張っている。といって、彼らの目的は葬儀への列席ではない。問題は、オトハが殺害されたならば、警察としてはそれを捜査する義務があることだ。それをけんもほろろに拒否された二人の刑事のうち、若手の方がベテラン刑事に尋ねた。
「先輩。どうして白金組の連中は遺体の引き渡しを断固拒否しているのでしょうか?」
「数ヶ月前、やはり白金組の舎弟頭、山口ジンが殺害される事件がありましてな。不可解な事件ゆえに遺体の返却が遅れたのが、親分さんの怒りに触れたらしい。ましてや、今度は実の娘さんだ。ヤクザは面子の世界。同じ轍を踏んで、同業者に舐められたくはないんでしょう」
「それで、たぶん和泉オトハを殺したのは同業の黒波組でしょう?やだなぁ、まさか抗争が始まっちゃうんでしょうか?」
「そん時ゃ、私たちが体を張ってなんとかするしかないでしょう。市民を守るのが警察官の務めですからなぁ」
「和泉オトハさえ生きていてくれたら、そんな問題は起こらないのに」
「あ、木村君、それだ」
「え?何がですか、中村さん?」
ベテラン刑事、中村ジュウタロウは嬉しそうに言う。
「関係者以外、誰も彼女の遺体を見ていませんからね。本当は生きているのかも」
「またまた、中村さんったら冗談を…………あれ?」
木村と呼ばれた若い刑事が、ふと気になるものを目撃した。
「参列者の中にセーラー服の女子高生が見えますよ」
「被害者のクラスメイトかな?」
「いいえ。和泉オトハは高専生です。高専に指定の制服はありません。別の高校でしょう」
その背の高いセーラー服の少女の眼光は鋭く、ヤクザの群れを、気後れすることなく割って入っていった。鈍いジュウタロウでも、彼女が只者ではないことくらい容易にわかる。
「木村君、さっきの制服は憶えましたか?」
「え?ああ、はい」
「どこの学校か調べてもらえませんか?それさえわかったら、あんなに身長のある女の子は、そうそういないでしょう。後で話を聞いてみましょう」
「わかりました!」
木村と呼ばれた刑事が走り去るのを、ふと振り向いた件の女子高生が見送った。鷲田アカネである。暗闇姉妹の一人である彼女は、もう片方の人物に見覚えがあった。
(サナエさんのお兄さんだ)
そして、彼が刑事であることもアカネは知っていた。署内ではうだつの上がらない、でくのぼうともっぱら呼ばれている男だという。それなのに、なぜか全てを知られているような気がしたアカネは、居心地の悪さを感じてさっさと屋敷内へ入っていった。
同じ高校の先輩である神崎ヒカリが、アカネのアパートを訪ねたのは、その日の夕方であった。ノックしたドアを内側からアカネが開けた時、プンとアルコールの匂いがヒカリの鼻をついた。
「ごめんなさい、ヒカリ先輩」
アカネは申し訳なさそうに言う。
「お酒……葬儀の席で断りきれなくて……オトハを子どもの頃から見てたシンゾウさんっていう人がいるんですけど、お嬢のためにも是非飲んでくれって……」
以前、やけ酒をしていたアカネに激怒したヒカリである。だが、共通の友人であるオトハを失っているヒカリは、慰める情はあれど責める気はさらさら無い。
「上がっても、いいですか?」
そう丁寧に尋ねるヒカリを、アカネは「どうぞ」と招き入れた。
ヒカリは葬儀に出なかった事をまず詫びたが、そもそも彼女は、オトハがヤクザの組長の娘である事を知らなかったのだ。アカネもまた、それを責める気にはならない。
「アタシは、ほら、閃光少女だし、一人暮らしだし。でも、先輩のような人は、やっぱりヤクザに近づいちゃダメですよ」
それから二人は、オトハと知り合った時の事や、共にアイドルのライブに参加した事などを語りあった。
「アカネさんが、ひどく落ち込んでいないか心配しましたが……しっかりしていて、良かったです」
脈絡なくそう切り出したヒカリに、アカネは肩をすくめた。
「しっかりだなんて、そんな……アタシは、まだなんだか実感が湧かないだけですよ。オトハがそばにいるのって、なんだか当たり前みたいに思っていたから」
「思ったより長居をしてしまったようです」
ヒカリが部屋の時計を見上げてつぶやく。
「お暇しましょう。それではアカネさん、また」
「心配していただき、ありがとうございました」
アカネは微笑して、帰るヒカリを見送った。アカネは、彼女が人間として好きなのだ。とある難病により、あと数年しか生きられないが、それに絶望せず、努力を続けているヒカリが。
それからすぐに、アパートのドアをノックする音が響いた。
「…………あら?」
まさに部屋に戻ろうとしていたアカネが引き返す。
「どうしたのかしら?ヒカリ先輩、何か忘れ物でもした?」
中の反応を求めて、再びドアをノックする音が響く。
「はーい!先輩ですか?」
笑顔でドアを開けたアカネであったが、その顔はすぐさま険しい表情に変わった。
「こんばんは、グレンバーン」
「お前は……!」
そこにいたのは、橙色の法衣に身を包んだ閃光少女である。フードで顔を隠しているが、彼女が何者であるかは、顔を見るまでもなくすぐにわかった。
「オウゴンサンデー!」
「一対一で話をしたいそうですね?お望み通り、私一人でこちらに伺いました」
「……いい度胸ね」
アカネがドアを開け放つと、廊下に誰かが倒れているのが見えた。男性のようだ。アカネは彼の服装に見覚えがあった。
(葬儀の時に見た刑事!)
幸い、などと言えば彼の家族に気の毒だが、中村ジュウタロウではなく、彼と一緒にいた若い方の刑事だ。
「ああ、その男ですか?」
サンデーがアカネの視線に気がつき説明する。
「あなたについてコソコソと嗅ぎ回っているようでしたので、始末しました。私たち魔法少女の秘密は、守られなければなりませんから」
「私たちだなんて、一緒にされたくないわ。思っていた通り、目的のためなら手段を選ばない冷酷な女なのね」
「そういえば……」
サンデーはアカネの評を気にする素振りを見せず、思い出したかのように言う。
「先ほど、あなたのアパートから出てきた女は、あなたの友人ですか?」
アカネの目の色が変わった。
「アタシの先輩に手を出すつもりなら、この場で殺すわよ?」
それがコケ脅しでない事を悟ったサンデーが、小さく笑う。
「何かおかしいかしら?急に笑ったりなんかして、気持ち悪い」
「いえ、失礼しました。私たちは一対一で決着をつける……そうでしたね」
「望むところだわ……!!」
アカネの全身の毛が怒りで逆立つ。糸井アヤや、城南地区にいる魔法少女が失踪したのも、城西地区で無差別テロを企てたのも、目の前にいる女が黒幕なのだ。その黒幕を、叩き潰す絶好の機会が来たのである。
「……待ってくれませんか?」
まるでそんなアカネの心を察したように、サンデーがそう言って制しようとする。
「なんなの?今さら怖気づいたわけ?」
「戦うというなら、戦いましょう。しかし、あなたには知ってほしい事がある」
「何を?」
「私の計画を。私としても、仮にあなたに殺されるとしたら、誤解されたままでは浮かばれませんからね」
「…………」
サンデーは沈黙するアカネの前で、懐中時計に視線を落とした。
「ちょうど良い時間です。まずは、共に夕食でも」
「……わかったわ」
まさか、今さら食事に毒は入れまい。そう思ったアカネは、オウゴンサンデーに付き合ってやることに決めた。




