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炎の罠にはめた時

(ハカセやオトハが言っていた通りになってきたわね)


 グレンは四方八方から次々と襲いかかってくる蔦人間たちを、燃えるヌンチャクで斬り伏せるながら、ツグミが待つ河川敷に向かって徐々に南下していった。蔦人間は特に駆け引きをしかけるでもなく、ひたすらグレンを追いかけてくる。どうやら先ほど、閃光少女の姿で話をしていたリーダー格の個体は別として、あまり知能は高くないように見えた。


「いける!」


 これなら問題無くキルゾーンへと誘い出せる。一度広々とした河川敷まで出てしまえば、そこから先は炎の閃光少女、グレンバーンの独壇場だ。


「なんですの!?あのお方!?」


 リーダー格こと閃光少女のヒスイローズも、蔦人間の集団に追走しながらグレンに向かう。


(この山のことは、ワタクシの方が詳しいはずですわ!なのに、グレンバーン!人形たちがどこから襲いかかっても敵わない!まるで後ろに目がついているかのように、死角が無い!)


 しかし、ここでローズは気づく。


(あっ……『目』ですって?もしかして……)


 ローズはある事を思いつき、口元に笑みを浮かべた。


 蔦人間たちにも個性があるようだ。ひょろりと手足ばかりが長い個体がグレンを通せんぼしようとするが、これはすぐさま炎のヌンチャクで八つ裂きにされた。意外と苦戦を強いられたのは、腕が肥大化しているタイプである。これらはその腕力を使った投石あるいは泥投げによってグレンを攻撃してきた。グレンに回避できないスピードではないが、十字砲火を受けないように気をつけなければ。


「ハカセ!あと何キロ!?」

「あと1.3キロだ!頑張りたまえ!」


 ツグミの元へたどり着く距離が、である。その時、お腹が妙に肥大した蔦人間がグレンに飛びかかってきた。見た目の通り鈍重な動きだ。はっきり言って弱そうに見えた。


「何かおかしい!待てグレン君!」

「えっ?」


 しかし、その時には炎のヌンチャクがその太った蔦人間の腹を裂いていた。その隙間からちらりと見えた物に、グレンは戦慄する。


(灯油のポリタンク!!)


 飛び散った灯油はすぐさまグレンの炎により引火し、火柱をあげた。


 ミニバンの中でノートパソコンを注視していたジュンコは、フラッシュオーバーで真っ白になる画面を見て頭を抱える。


「ああ!これはえらいことになった!」


 ジュンコはすぐにサナエに連絡をとる。


「サナエ君!困ったことになった!作戦変更だよ!すぐに私がこれから言う場所へ向かってほしい!」


 太った蔦人間がいた箇所を中心にして、炎が燃え盛っている。そこから、何かが転がるようにして飛び出してきた。グレンバーンである。サーマルゴーグルのメカ部を上にスライドさせて、裸眼でにらみつける。


「あんた、バカじゃないの!?」


 したり顔で炎上を見物していたヒスイローズに向けて叫んだ。


「そうでもありません。昨夜までの雨で森は水浸しになっています。この程度の炎はワタクシの力で消火できますわ」

「そうじゃなくって!無意味でしょうが!」


 グレンバーンにダメージは無かった。当たり前である。この程度の炎でダメージを受けていれば、炎の魔法など扱えるわけがない。むしろ炎のエネルギーを浴びて、グレンはパワーを回復さえしていた。


「そうかしら?たしかにあなたは平気でしょうね。ですが、頭に付けたそれはどうかしら?」

「ハッ!?」


 グレンはすぐさまゴーグルのメカ部を顔に再びセットする。しかし、そこに映るのは、放送時間を過ぎたテレビ画面のような、虚しい砂嵐であった。


「ハカセ!ハカセ!誰か!応答して!」


 無線機の方も故障してしまったようだ。そして当然、発信機も使えない。


「おおかた、そのハカセとやらと合流して、河川敷でワタクシを倒す計画だったのでしょう?あるいは、ツグミさんとかしら?」


 ローズが勝ち誇る。


「そう、ツグミさんがワタクシにした所業がヒントになりましたのよ。あら?先ほどまで振り回していたヌンチャクが消えていますわねぇ。嬉しい誤算ですわ」


 グレンは壊れたゴーグルを投げ捨てながら、舌打ちをした。たしかにヌンチャクも炎上に巻き込まれたせいで消失している。ここからは素手で戦わなくてはならない。


「ここなら、ワタクシの本体からは十分離れております。あなたがどれだけ暴れても大丈夫なくらい、ね。さぁ、グレンバーン。今度はあなたが、ワタクシの腕の中で死になさい」


 いみじくもローズが言う通り、雨が降った後の森の中では、少し火力を上げても問題は無さそうである。だが、ヌンチャクを失ったことにより、予想以上に苦戦を強いられた。手刀に炎をまとわせて蔦人間を切断しようとするが、熱が拡散しやすくなり、今までのように簡単にはいかなかった。そして、何よりも困るのは、キルゾーンである河川敷の方向がわからないことだ。


(そうだ!木の上に飛び上がって見れば!)


 行くべき方向がわかるかもしれない。しかし、ジャンプした瞬間、死角から伸びてきた蔦に足を掴まれ、グレンは地面に墜落した。


「くっ!?」


 敵の奇襲に対処できなくなったのも、ゴーグルを失って被った痛手の一つだ。自分を掴んだ蔦人間を、逆にジャイアントスイングで木に叩きつけるが、その木の傍から新しい蔦人間が生えてくる。今となっては蔦人間の総数すら把握できなかった。


(このままではジリ貧になる!)


 グレンは逃げた。要するに、蔦人間よりも速く走れば、向かってくる正面の敵だけに集中できる。そういえば『日本武道史』で、宮本武蔵が多人数を相手にそんな戦い方をしたと書いてあったな、とグレンは思い出す。だが、立ち止まって方位を確認してみる余裕はなかった。それすらもローズの策略だったのかもしれない。


 グレンの通信が途絶して30分ほど経過した。

 下山村公民館のすぐ近くに住んでいる主婦、三村トモコは、まさか下山しもやまの山中で閃光少女たちによる激しい戦いが繰り広げられていることなど、まったく知らない。彼女の興味を引いたのは、公民館の入り口で中をうかがっている初老の男性である。


「あら、おはようございます町内会長さん」

「ああ、三村さん。おはようございます」


 町内会長と呼ばれた男性が頭を下げる。


「どうしたんですかぁ?今日は何も公民館を使う行事はありませんでしたよね?」

「あはは、忘れ物をしてしまいまして。しかも、公民館の鍵まで忘れてきたことに今きづいたところですよ」

「?」


 三村トモコが首をひねった。すぐに入り口の隅に置かれたブリキ缶から、『公民館』とプラスチックの札に書かれた鍵を取り出す。


「鍵ならここにあるじゃないですか?」

「あ?ああ、そうでした!そうでした!」


 初老の男性は笑って鍵を受けとる。


「それじゃあ、私は用事がありますからこれで」


 と、何事もなく去って行ったトモコを見て、変身を解除し、初老の男性から少女の姿に戻ったサナエは胸を撫で下ろした。


「聞き込みをした過程で村人の顔を憶えておいてよかったです。それにしても、田舎とはいえ鍵を外に放置するとは、不用心ですねぇ」


 運良く入り口を壊さないで公民館に侵入できたサナエは、目的の部屋を見つけだした。


「待っていてくださいね、グレンさん!今助けますから!」


(どこなのよ!?ここは!?)


 山中を走るグレンは、いつの間にか鬱蒼とした山林へと足を踏み入れてしまっていた。おそらくだが、ここは草笛ミドリの本体からは遠い。そして、当然キルゾーンに設定した河川敷からも遠い。ホームの有利を活かしつつ、なおかつグレンが無茶をしても本体がダメージを受けない場所。グレンが誘導していたようで、その実ローズによってここまで誘導されたのだ。


「しまった!?」


 突如地中から現れた蔦人間に、グレンは四肢を拘束された。無論グレンも炎を巻き起こしながら抵抗するが、蔦人間をそうして殺せば殺すほど、その死体が邪魔になった。


「おほほほほ、グレンバーンさん。もはや逃れることはできませんわ」


 ローズが斜面の上に立ち、文字通りグレンを見下している。蔦人間たちの動きが止まったのは、もはやどう抵抗されようがいつでも始末できるとローズが考えたからだろう。ローズは慇懃に拍手をしてグレンを讃える。


「たった一人、この山中で私たちを相手に、よくここまで頑張ったとほめてあげたいところですわね」

「でも、アタシを殺すつもりなんでしょう?」

「いいえ、気が変わりましたわ」


 ローズが距離をとったままグレンに答える。


「あなたの生命力……ここで殺すにはあまりにも惜しいですわね。グレンバーンさん、ワタクシと一つになりませんこと?」

「はぁ?」


 連れ去られた男子たちの末路を知っているグレンにとって、あまりにも愚問であった。


「人生には、異性の恋人だけではなく同性の友人も必要……そう思いません?」

「それが人間を生きたまま木に埋める、人でなしの言葉でなければ同意できたかしらね」

「悪いですが、あなたに同意は求めていません」


 再び蔦人間たちがグレンに襲いかかる。


「だああああああぁ!!」


 グレンはあらん限りの力で彼らに抵抗した。しかし、倒しても倒してもキリがない蔦人間たちは、仲間の死骸の上からどんどんグレンに覆いかぶさっていく。やがて、グレンを包む大きな蔦の団子ができあがった。グレンを完全に拘束し、満足そうにローズが笑う。


「ワタクシとずっと一緒に生きましょうね。アカネさん……」


 その時である。ヒスイローズは自分の耳に、たしかにその音を聞いた。


「えっ……?これって……?」


 それは、ヒスイローズもよく知っている音だった。今までに何度も聞いたことがある。その音が聞こえたからといって、べつに自分にとってはどうという意味もない。だが、ここでローズはハッと気づく。今ここにグレンバーンがいて、その音が聞こえてくるのは、非常にまずい!

 ローズは思わず蔦団子に埋もれているグレンに向かって叫んだ。


「まさか……!これは、あなたの仲間がやっていることですの!?」


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