漢が泣いた時
9月になるまで暗闇姉妹には手を出さないこと。
オウゴンサンデーは律儀にその約束を守り、同志たちにそれを徹底させた。監視すらもしていないのだ。それはオウゴンサンデーからすれば、魔王の娘である村雨ツグミ/トコヤミサイレンスを確保する上で不利であったが、約束をした以上はそれを守るサンデーなのである。
しかし、それだけ守れば決して容赦はしない。深夜0時。日付が9月1日に変わった瞬間、暗闇姉妹の元締めである西ジュンコのガレージ内に、催涙弾が撃ち込まれた。
暴徒鎮圧用の催涙ガスが、ガレージにもうもうとたちこめる。と同時に、窓ガラスを割って4人の黒ずくめの女たちが内部へ突入した。彼女たちは全員、サンデー配下の魔法少女である。普段は煌びやかな衣装で『変身』をしている彼女たちは、今夜は近代的なバトルドレスユニフォームにガスマスクという出で立ちだ。近接戦闘用のマシンガンを構え、4人は次々と部屋を移動して行った。
「クリア!」
「誰かいたか!?」
「誰もいません!」
「やはり」
およそ察しはついていた事である。敵も馬鹿ではない。アジトであるガレージにいつまでも残っているはずがなかった。残された配線などから察するに、置かれていたコンピュータ類も全て、新しいアジトに運び去ったに違いない。
「撤収だ」
ここまで、わずか10分ほどの出来事である。リーダー格らしい魔法少女が、焼夷手榴弾のピンを引き抜き、ガレージの隅に積まれた塗料缶の山へ向かって無造作に投げた。
「行くぞ。もうここには誰も用が無いはずだ」
やがて手榴弾が炸裂し、引火したシンナーによって炎が瞬く間に広がった。燃える西ジュンコのガレージが夜空を赤く照らした時には、4人の魔法少女たちは姿を消していた。
そして夜が明けた。
9月1日は日曜日であり、新学期が始まるのは翌2日からだ。和泉オトハはコンビニで新聞を買うと、火事で全焼したガレージの写真に目をとめた。もちろん、それが西ジュンコのガレージであることをオトハは知っている。
「やっぱり来たか〜。やり口が悪辣で手慣れたものですな〜」
新聞の記事によると、遺体は発見されず、無人のガレージに何者かが火をつけたものとして警察が捜査中うんぬんと書かれている。当然、西ジュンコは何日も前に去っている。村雨ツグミもまた、立花家に住む者たちの記憶を消して姿を隠した。
(私も早く合流しないとな!)
和泉オトハもまた、人でなしの魔法少女を闇に裁く暗闇姉妹の一人なのだ。新聞をコンビニの外に置かれたゴミ箱につっこんだオトハは、スクーターにまたがってその場を走り去った。
そんなオトハを、同じコンビニの駐車場に停めたワンボックスカーの中から、さりげなく観察する4人組がいる。全員がまるでユニフォームのように、黒いスーツとサングラスで顔を隠した、女性4人組だ。
「おい」
「あ、はい」
助手席に座るリーダー格に促され、ドライバー役の女性が車を発進させる。そしてゆっくりと、オトハの乗るスクーターを追い始めた。
「あの……本当に大丈夫なんでしょうか?」
ドライバーが不安そうに尋ねると、後部座席の2人が彼女を励ます。
「大丈夫、落ち着いて。打ち合わせ通りにしたらいいから」
「和泉オトハは、これから人気の無い場所へ向かう。そこがチャンスだ」
彼女たちがそう語る通り、オトハは市街地からどんどん離れていく。だが、それは同時に交通量が少なくなっていくという意味でもある。時速30キロを守って走行を続けるオトハは、自分を追跡するワンボックスカーをとうとう不審に思ったのか、路肩にスクーターを寄せた。
「わ!わ!どうしましょうか!?」
「バカ!なんでもないフリしてそのまま走るんだよ!」
そんなワンボックスカー内の会話まではオトハの耳には届かない。車は路肩に停止したオトハを追い抜き、やがてカーブの向こうへと姿を消した。
「…………」
オトハは無言で再びスクーターを発進させる。
「待ち合わせの場所まで、もうすぐだな」
まだまだ残暑が続いているが、風を受けて走るのは気持ちがいい。オトハが青信号を見て十字路に侵入すると、その側面から信号を無視して車が突っ込んできた。さきほど見送ったワンボックスカーである。
「わああああああああああああ!!」
次の瞬間、爆発するような音を立てて、スクーターとオトハの体が吹き飛ばされた。フロントが激しく凹んだワンボックスカーの運転席では、ドライバーの女が青い顔をしている。
「わあっ!やっちゃった!やっちゃったあ!!」
「バカ!わざとやったんだろうが!」
「それに、まだやる事は終わっていないよ!」
後部座席の2人がすぐさま車から降りた。1人がオトハの首に指を当てて脈拍を確認すると、OKという意味のハンドサインを出す。2人はすぐさまオトハの体を車内に運び込んだ。
「いいぞ!車を出せ!」
「ど、どこへ行ったらいいんですか〜!?」
「バカ!何度も確認しただろうが!白金組の屋敷に行くんだよ!」
そう指示を出したリーダー格の女が笑みを浮かべる。
「そう、白金組の屋敷に……ふふっ、まるで商売敵の黒波組がやったみたいに見えるだろう」
どちらも、城南地区に古くからある暴力団である。その白金組の組長、白金ソウタロウの娘が和泉オトハであることは、知る人ぞ知ることであった。
その白金ソウタロウの屋敷では、朝から部屋住みの若衆たちが庭の手入れをしていたところである。組長付きの渡辺シンゾウが、武家屋敷風の正門を開けると、ちょうどワンボックスカーから遺体袋を降ろそうとしていた2人組と鉢合わせになった。
「ああっ!?なんだ、テメェら!!」
「やばっ!早く車を出せ!」
まさしく脱兎の勢いでワンボックスカーが白金邸を後にしようとする。シンゾウはすぐに近くにいた若衆を呼び、
「追え!!逃すな!!」
と命令を飛ばした。若衆たちはすぐさま、黒いベンツやオートバイに乗り、爆音をあげてワンボックスカーの追跡を開始した。
「一体、何でぇ?朝っぱらから騒々しい」
「あ、おやっさん」
粋な着流し姿で現れたのは、白金組組長、白金ソウタロウである。シンゾウはすぐさま頭を下げ、正門前に置かれた遺体袋をさし示した。
「妙な奴らが、あんな物を置いていきやして……」
「おおかた黒波のとこの嫌がらせだろ。まったくやる事が……」
とここまで口にしたところで、遺体袋を開いたソウタロウが沈黙した。ソウタロウの肩越しに遺体袋の中を見たシンゾウもまた息を呑む。
「お、お嬢っ!!」
「オトハ!!」
ソウタロウは見栄もへったくれもなく涙を流し、オトハの体を遺体袋ごと抱きしめた。
「俺の娘が……!俺の娘が!どうしてだよおおおっ!?」
白金ソウタロウの慟哭に、わずかに残された若衆たちは恐れ慄いていた。そんな若衆たちに、シンゾウが怒鳴りつける。
「馬鹿野郎!早く準備をしやがれ!」
「えっと……何をでしょうか?」
「決まっているだろうが!」
ここまで言って、シンゾウもまた無念そうにつぶやいた。
「お弔いの準備をよう……」
シンゾウが視線を戻すと、ソウタロウはいつまでもいつまでも、オトハを抱きしめて子どものように泣き続けていた。




