さよならのメリークリスマス
アヤは一連の出来事を呆然と眺めていた。ピンクドレスの遺体が、物陰へと引きずられていき、見えなくなる。アヤの心境は、飼っていた猫が、血だらけになった鳥を咥えてきたのを目撃した飼い主のそれに近い。
「チドリちゃん」
闇に向かってアヤがそう呼びかけると、足音も無く、黒いドレスの魔法少女が彼女に近づいてきた。顔には、さきほどまでの氷の表情は無い。いつもアモーレで見た、温かい笑みがそこにはある。
「さっきので、最後。クマネコフラッシュに協力していた魔法少女は、全員あの世に送ったよ」
笑顔で口にするには、あまりに殺伐とした言葉だ。
「あなたのせいじゃない」
アヤが何か言いかける前に、チドリが遮るようにそう口にする。
「クマネコフラッシュたちが死んだのは、当然の報いを受けただけだよ。それに、あなたとクマネコフラッシュ、そして私との関係を知る者は、これで全員始末した。これで、安心して暮らせるね……アヤちゃん」
「……安心できるわけないよ」
アヤはチドリの目を見つめ、ゆっくりと首を横に振る。
「友だちが人を殺しているのに、安心なんて、できるわけないよ!」
「これで15人……うん、わかるよ。アヤちゃんが私を怖がる気持ち。完全に、殺人鬼だもの」
「チドリちゃんが怖いわけじゃあない!」
アヤはそう叫びながら、チドリの着るドレスの袖を掴む。そのドレスは、黒い包帯が集まってできている。アヤは、魔法少女の衣装は、変身した者の心が実体化したものであると知っていた。誰よりも人を殺すことに傷ついているのは、本郷チドリ自身であることを。
「ねえ!もういいでしょ!?これで終わりにして!暗闇姉妹なんかやめて、自分のために生きて!」
「……無理だよ」
チドリは困ったように笑いながら首を横に振る。
「高校に行って、バイトをして、帰ってソファーに転がってテレビを見る……そうやって時間を潰している時に、きっと私はこう思う。ああ、今もどこかで、誰かが人でなしの魔法少女に殺されているかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられないよ。だって、私には彼女たちを滅ぼせる力があるんだから」
「じゃあ、その力を消せば!リュウさんにお願いして!」
アヤがそう言うと、チドリは何か本のような物を取り出した。チドリがリュウから受け継いだ日記帳である。だが、まるで乾燥したかさぶたが重なったかのような、変わり果てた姿になっている。
「リュウさんはもう、死んだよ。こんなことなら、一回くらい『お父さん』って呼んであげれば良かったなぁ。たぶん、次は私が狙われる番だと思う。魔王の力を引き継いだ魔女なんて、この世に存在してはいけないって、みんな思うから」
「そんな……」
「だから、アヤちゃんとはもう会えない。その前に、これを返しておくね」
チドリはそう言うと、自分の袖を掴むアヤの右手を開き、その中指に指輪をそっと嵌めた。石坂ユリから奪い返した、ガンタンライズの指輪だ。
「そんな悲しそうな顔をしないで。アヤちゃんには、笑顔が一番だよ。それに、私だって、今はすごく充実しているんだから」
「魔法少女を殺すのが、楽しい……ってこと?」
何かの解釈違いであってほしいと思いながら、アヤはそう聞き返した。
「別に楽しいとかじゃないよ。でもね……私には聞こえるの」
「何が?」
「死んだ人の声が。怨みを残して、死んでいった人たちの声が。彼らが私にささやくの。助けてください……この怨みを晴らしてください……って。起きている時も、寝ている時も、それが聞こえてくる。だけど、仕事が終わったら……そんな彼らも、ああよかったって、安心してくれるの。それが嬉しくて」
「やめてよ……そんなの、幻聴だよ。チドリちゃん、ノイローゼになっているんだよ」
アヤは、チドリが完全に、狂気にとりつかれていると思った。しかし、孤独な処刑人の少女は涙を流し、ゆっくりと首を横に振る。
「否定しないでよ、アヤちゃん。私には、たしかに聞こえるの。これが真実でないとしたら……私、あまりにも報われないじゃない……シロウ君や、タケシ君やハヤト君や……アキホちゃんの声が聞こえないとしたら私は……私は……!」
チドリは涙を流しながら、ニッコリと笑った。
「私はこれからも殺し続ける。だけど、あなたには人を守り続けてほしい。私が100人を殺すなら、アヤちゃんには1000人の命を生かしてほしい。それが、私からアヤちゃんへの、最後の願い」
「待ってよ、チドリちゃん!」
「さようなら。そして、メリークリスマス」
回復魔法が発動し、テーブルごと潰された、ケーキの箱が修復されていく。アヤがそれに目を奪われた隙に、チドリは姿を消してしまった。
「どうしよう……チドリちゃん、壊れちゃった…………そんなの……呪いの言葉じゃん……」
ベッドから動けないアヤは、いっそ見上げた天井が自分を押しつぶしてくれないかと願った。その方が、チドリの秘密を誰にも相談できないままでいるより、どれだけ気が楽だろうと思いながら。
ここで、ビデオテープの再生が終わった。
2002年の現在、これまで3本のビデオを見終わったオウゴンサンデーが首を回して肩の凝りをほぐそうとする。
「タソガレバウンサーが、なぜ私にこのビデオを渡さなかったのか、理解できます。あまりに脚色が過ぎていますね」
サンデーがそう一人でつぶやくのは、彼女なりに理由があった。まず、糸井アヤの記憶を映像化したはずなのに、アヤがいない、知るはずが無い場面がある。おそらく足りない情報は、製作者であるメグミノアーンバルの想像で補われたに違いない。その証拠に、魔王があまりにも好意的に描かれている。魔王については、彼と直接対峙して仕留めた自分が一番よくわかっていると、オウゴンサンデーは自負していた。
「これではまるで魔王が善人のようです。まあ、メグミノアーンバル自身が悪魔人間である以上、好意的な主観が混ざるのは仕方がないと考えるべきでしょうか」
そもそもメグミノアーンバルにアヤの記憶を映像化させたのは、暗闇姉妹トコヤミサイレンスのルーツを探るためであった。であれば、ここまで見れば目的は十分に果たされていると考えるのが妥当である。最後に残った『01』のビデオは蛇足のはずだ。
「……せっかくの資料です。死んだタソガレバウンサーとメグミノアーンバルに免じて、最後まで目を通しておきましょうか」
そう言うとサンデーは、最後のビデオテープを再生機器に挿入し、ボタンを押した。




