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ガンタンライズにさようなら

 グレンバーンは瓦礫の山に戻り、友人を探し続けた。


「ライズ!ライズ!どこにいるの!?」


 しかし、返事は無い。


「あっ!」


 瓦礫の中から露出した人間の手を見つけて、グレンが駆け寄る。周りの瓦礫を撤去し、引き摺り出したのは、破壊されたビルの守衛であった。


「くっ……!また!」


 遺体を発見したのは、先ほどからこれで2人目だった。ビルの守衛たちは、クマネコフラッシュたちによって事前に眠らされていた。倒壊したビルの下敷きとなり、そのまま亡くなってしまったのである。


「やっぱり、ライズは……!?」


 このビルの下敷きになって、死にかけているのかもしれない。グレンは必至に、瓦礫の山を掘り続けた。


「グレン!」

「オーシャン!」


 いつの間にか、アケボノオーシャンも現場に到着していた。サンセイクレセントの貸倉庫にいた悪魔を始末し、ようやくここに着いたところだ。労うように、ポンとグレンの肩に手を置いたのは、もう休んでほしいというサインでもある。


「オーシャン!クマネコフラッシュが……!」

「ああ、さっきそれも見てきた。もう逃げられないと思って、自殺したんだよ。グレンが気に病むことはないと思うな」

「ええ……でも、ライズが見つからないのよ!」

「…………」


 その言葉を聞いたオーシャンの耳が、サイレンの音を捉えた。まもなく、救助隊が到着するはずだ。


「帰ろう、グレン」

「でもっ……!」

「もう私たちが出る幕じゃない。それに、クマネコフラッシュは死んだ。ガンタンライズが願った通り、これで街の人たちも救われるよ。だから……」

「……わかった」


 グレンとオーシャンが、特に薄情というわけではない。閃光少女に死はつきもの。それを知っている二人は、ガンタンライズの冥福を祈りながらその場を後にした。


 救助隊が到着して1時間後。


「……こっちもダメだったか」


 隊員の一人が、瓦礫から救出した守衛の前でうなだれる。現場には、そうやって死亡が確認された遺体が何名も並べられていた。可能な限りの蘇生法は試してみたが、ビル内にいた守衛たちの中で、息を吹き返した者は一人もいない。無論、プロである彼らにあきらめるという選択は無いが、それでも生存者の発見は絶望的だと、現場の誰もが思っている。


「おい!ここにもいたぞ!女の子だ!」


 隊員の一人が、中学生くらいの少女を発見した。見たところ、その少女に目立った外傷は見えない。しかし、脈拍が無いことを確認した、その隊員の顔は険しい。


「AED!早く!」


 そう指示を飛ばした隊員は、すぐさま心臓マッサージに取りかかる。何度か胸部を圧迫すると、少女はハーッと大きく息を吸った。隊員の顔が思わずほころんだ。


「やった!この子は生きているぞ!」


 駆けつけた別の隊員も、AEDのかわりに酸素マスクを少女の口に当てる。目を覚ました少女。糸井アヤは、目だけをキョロキョロさせて周りを見た。やがて我に返る。


(私……生きてる!)


 アヤは、たしかにクマネコフラッシュのレーザーで撃ち抜かれた。だが、それから間もなく回復魔法で肉体そのものは修復され、今まで仮死状態になっていたのだ。それが魔王リュウの仕業か、チドリの愛情なのかはわからない。


(そうだ!チドリちゃん!)


 仮死状態だったアヤは、チドリの心を通して戦いを目にし、時にチドリの口を借りて石坂ユリに問いかけた。そんなアヤが最後に憶えていたのは、自殺したフラッシュを見て涙を流すチドリである。


「チドリちゃん!」

「君!?落ち着きなさい!」


 酸素マスクを脱ぎ捨てて立ち上がるアヤに救助隊員が動揺する。


「ダメ!今チドリちゃんを一人ぼっちにしたら、ダメなの!」


 アヤはそう叫びながら、自分を止めようとする隊員たちを振り払った。


 そして、本郷チドリ。

 今は、もう魔法少女の姿ではなくなっていた。変身を解除した彼女は、河川敷を一人、歩き続けている。そして無言のまま、時々立ち止まっては川で両手を洗っていた。今は12月の夜なのだ。水は刺すように冷たい。しかし、もっと冷たい物が、チドリの心をズキズキと刺している。


「大丈夫?チドリちゃん」


 そう呼びかけられたチドリが振り返る。いつの間にかそこに居たのはガンタンライズであった。チドリは再び川面に目を向け、両手をそそぐ。ライズはチドリに話しかけ続けた。


「ヤジンライガーも……サンセイクレセントも……クマネコフラッシュも死んだ。チドリちゃんが、アモーレのみんなの仇をとったんだよ。でも……やっぱり人を殺したのは辛い?」

「……辛い」


 チドリは、やっと口を開いた。


「でも本当に辛いのは、残酷な仕打ちをしたこと。クマネコフラッシュを……まるで猫がネズミをいたぶるように、もて遊んでしまった。怖がって、苦しみ抜いて死ねって思った。でも……やっぱりダメだよ、そういうの。フラッシュが自ら死んでしまった今なら、わかる」

「……チドリちゃん、これからどうするの?」

「明日の事なんて、考えていなかった。でも……たぶん、続けると思う」

「暗闇姉妹を?どうして?」

「私は、魔法少女の中にも人でなしがいる事を知ってしまったから。やめようと思っても、やめられない。そんな魔法少女がいる限り、私は自分の怒りを抑えられないと思う」

「じゃあ、その度にこんな命がけの闘争を続けるの?」

「私は、もう後戻りはできない。安らげる場所は、もうどこにも無くなってしまったから。いつか死んでしまうその時まで、私は魔法少女の処刑人、暗闇姉妹」

「そっかぁ……」


 ガンタンライズは何気なくチドリの背後に迫る。そして、彼女の表情が豹変した。残酷そうな笑みを浮かべ、チドリの頭髪を鷲掴みにする。


「それなら今すぐ!私が楽にしてあげるよ!」

「!?」


 ライズはそのまま、川の中へチドリの顔を突っ込んだ。わけがわからず、されるがままのチドリであったが、やがて彼女の頭上で鈍い音が響いた。


「あー……さすがだね、チドリちゃん。その体勢で、よくそんな器用な事ができたね」


 チドリがガンタンライズの手首の関節を外したのである。解放されたチドリは荒い息をしながら川から離れ、外れた手首をブラブラさせているライズに拳を構える。


「あなたは、アヤちゃんじゃない!」

「ふふふ、やっとわかった?」


 そう答えたのは、ガンタンライズではあるが糸井アヤではない。ライズの指輪をはめた石坂ユリは、その指輪から新たな力を得ていた。閃光少女の力である。


「私はアヤちゃんとも、あなたとも違うのよ。チドリちゃん」


 そう口にしたユリの手首が回復魔法で元に戻った。いみじくも彼女自身が言った通り、アヤともチドリとも違うのだ。回復魔法を使えるようになったユリは、自分自身をも治すことができる。


「ありえない……!」


 チドリはガンタンライズの正体を悟った。糸井アヤから魔法少女の指輪を奪いとった者がいるとしたら、それは一人しか考えられないからだ。


「ありえない!クマネコフラッシュはたしかに死んでいた!」

「残念だったね、チドリちゃん。トリックだよ。あなたが見たのは、私の指輪をつけたヤジンライガー。チドリちゃんが、わざわざあの子の傷を治してくれていたのが、偽装するのにちょうど良かったよ」


 そしてチドリがグレンバーンから離れ、一人になるのを虎視眈々と狙っていたというわけだ。不意打ちは失敗したが、自分自身を無限に回復する手段を得たユリにとって、もはやチドリなど敵ではない。


「魔女であり……閃光少女としての力も手に入れた。私が……私こそが!本当の魔法少女だよ!れるものならってみろ!暗闇姉妹!」


 そう宣言したユリは自慢げに背中の翼を広げると、チドリに向けて突進した。


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