閃光少女にこんばんは
時は少々さかのぼる。
閃光少女アケボノオーシャンと、魔人探偵中村サナエの二人は、郊外にある貸倉庫へと集まっていた。夜は寒く、また本人なりの探偵のイメージを踏襲してか、サナエはトレンチコートにバケットハットの組み合わせである。だが、腰に日本刀を差しているため、和洋折衷というより、ちぐはぐだ。
「ここですよ」
とサナエが指をさす。
「閃光少女のサンセイクレセントが借りている倉庫というのは」
謎の恐竜に煮湯を飲まされたアケボノオーシャンたちは、その恐竜こそがサンセイクレセントであった事をガンタンライズから聞き、サナエが彼女について調査していたのだ。そして発見した手がかりが、この倉庫というわけである。
「入口は一つだけかぁ……どの窓も丁寧に、内側から板が貼り付けてある」
倉庫の外を歩いて一周してきたオーシャンは、そのたった一つの入口で四苦八苦しているサナエにそう声をかける。
「鉄製の扉を、鎖で何回も巻いて南京錠で鍵がかけられています。困りましたね〜、今はピッキングツールを持って来ていません」
「それなら、私にいい考えがある。マスターキーを使おう」
「マスターキー?」
「じゃじゃ〜ん!」
そう言いながら、アケボノオーシャンは安物の時計が貼り付けられた小さな箱を取り出した。まるで子ども向けアニメのキャラクターのような声でオーシャンがそれを紹介する。
「マジカル時限爆弾〜!」
「いやマジカルでもなんでもなくて、ただの爆弾じゃないですか!」
「タイマーを15秒にセットするよ。ほら、早く離れよう」
オーシャンはガムテープで鎖に手製爆弾を付け、すぐさまサナエと避難する。やがて、ドン!という音と共に白い煙があがった。
「う〜ん?思ったより派手に吹き飛ばなかったな〜」
「大丈夫ですよ、オーシャンさん。鍵は壊れたみたいです。さぁ、中へ入りましょう!」
鉄製の扉を開け、二人の魔法少女は倉庫の中に入った。オーシャンが懐中電灯を構えて前進し、その後ろから、何かあればすぐに応戦できるよう、刀の柄に手をかけたサナエが続く。
「やっぱりだ」
倉庫内のテーブルに置かれた、ビーカーやフラスコなどの、まるで理科の実験室のようなセットを見てオーシャンがそうつぶやく。
「間違いない。ここで魔剤を生産していたんだ。だけど、この装置の数を見て、サナエさん。サンセイクレセント一人で作っていたわけじゃない。きっと私たちが始末した売人のように、金や魔剤を報酬に雇われた人間たちがいたはずだ。でも、彼らはどこに……?」
「あわわわわ……!」
「おギンちゃん?」
「ワタシたち……どうやらその人たちに囲まれているみたいですよ〜!」
オーシャンがサナエの視線の先へ懐中電灯の光を向ける。
「ゥオウ!!」
「わあ!?」
犬の頭をした、チンパンジーのような怪生物。そうとしか形容できない悪魔がオーシャンに飛びかかった。オーシャンは仰向けに倒れながらも、巴投げの要領でその悪魔を引き離す。近接格闘は専門外とはいえ、その程度の素養はオーシャンにもあるのだ。
「くそっ!遅かったか!」
そう言いながら、10cm四方ほどの青く光る立方体をオーシャンが転がした。ちょっとした光源である。その光に照らされて浮かび上がったのは、魔法少女二人を取り囲む、多種多様な異形の者たち。もちろん、彼らの正体はわかりきっている。
「クレセントに、先に証拠隠滅されたんだ。ここで働いていた人たちは……一人残らず魔剤で悪魔に……」
「なんという惨いことを!」
そう口にしながら、サナエが刀を抜く。こうなってしまっては、どうやっても助けることはできない。ならば、せめて一刻も早く息の根を止めることが、当人たちにとっても幸せというものだ。
「殺ろう、おギンちゃん。彼らをここから逃がすわけにはいかない。せめて、彼らの魂をここで解放してあげよう」
「わかりましたよ!オーシャンさん!いざ、参……!」
「あ、もしもし?」
「ほげーっ!?」
シリアスモードから一転、携帯電話に応答したオーシャンを見て、サナエはズッコケた。アケボノオーシャンはといえば、まるで電話ボックスのように周囲に結界を展開し、まるで何事もなかったかのように朗らかな顔つきだ。
「ちょっと!オーシャンさん!ワタシを一人にしないでくださいよ~!」
孤軍奮闘する形になったサナエは、大勢の悪魔に追われ、結界に囲まれたオーシャンを中心にグルグルと回って逃げている。だが、携帯電話に耳を当てているオーシャンの顔つきが、すぐさま険しくなった。
「なんだって!?それは本当かい!?ライズ!まずは自分の身を守ることを最優先に……ライズ!ライズ!!」
「どうしたんですかぁ!?オーシャンさん!?」
「ガンタンライズから電話だよ!全ての黒幕は、クマネコフラッシュだった!ライズも今、どういうわけか巨大な悪魔を操るフラッシュに襲われている!」
「ええーっ!?」
ガンタンライズからその事実を伝えられた途端、電話の向こうでは轟音が鳴り、通話が途絶えたのだ。実際に電話をかけたのは糸井アヤが憑依したチドリだが、むろんオーシャンの知る由はない。だが困ったことに、この場を放ってライズの援護には向かえないアケボノオーシャンである。
「もしかして、そっちに行っちゃうんですかーっ!?」
そう叫びながら逃げるサナエは、時折後ろを向いて悪魔を斬り、数を少しずつ減らしているが、あまりに心もとない。オーシャンがこの場を離れれば、悪魔を外へ逃がしてしまうか、最悪サナエが討ち死にしてしまうだろう。なにより、ライズが言っていた総合スーパーまでは、どれだけ急いでも1時間はかかる。
「私は動けない!でも……」
オーシャンは別の番号へすぐさま電話をかける。彼女がもっとも頼りにしている、悪魔も泣き出す閃光少女はすぐさま電話に出た。
「もしもし?どうしたの、オーシャン?」
「グレン、大変なことになった!ガンタンライズが襲われているんだ!」
「なんですって!?場所はどこ!?」
オーシャンが総合スーパーの名前を告げると、グレンこと鷲田アカネはすぐに応えた。
「そこなら5分で行けるわ!」
「え、5分」
オーシャンが閉口する。たしかにアカネのアパートからの方が駅前の総合スーパーには近いが、それにしても早すぎる。それに、先ほどから電話越しに聞こえるミュージックらしきものがオーシャンは気になった。
「グレン、今どこにいるの?」
「えーっと……ちょっとムカつくことがあって。カラオケボックスにいるのよ、アタシ」
その店の名前を聞いたオーシャンは、合点がいった。たしかに、総合スーパーとは目と鼻の先だ。しかも、アカネがムカついていた理由が、クマネコフラッシュに悪魔を逃したことをなじられたからというのが面白い。
「ガンタンライズは、クマネコフラッシュに襲われている。彼女が魔剤騒動の黒幕だった。理由はわからないけれど、巨大な悪魔をフラッシュが操っている。私は別の悪魔と戦っていて、そっちには行けないんだ。頼まれてくれるかな?」
「いいわよ、こっちは任せて」
アカネはつとめて平静な声で通話を切ったが、強く握られた彼女の携帯電話にヒビが走る。
「クマネコフラッシュ……それが閃光少女を名乗る者がすることか!!」
そして、現在。
「おらああっ!!」
「きゃああっ!?」
グレンバーンに変身した鷲田アカネは、これまでの鬱憤を晴らすかのように、クマネコフラッシュの悪魔を炎の空手で叩きのめしていた。グレンが燃える拳足を叩き込むたびに、その火の粉がフラッシュにも飛ぶ。
「バカな!?私の大熊猫ちゃんが!?」
「べつに不思議ではないわ」
そうグレンは言い放つ。
「悪魔に勝つ。それが、閃光少女……!」
パンダの悪魔は、弱いわけではない。だが、自身よりも遥かに巨大な敵を相手にして戦う経験が豊富な本当の閃光少女には、役不足な相手であった。




