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悪魔も泣きだす女、義依助太刀仕候

 クマネコフラッシュが頭上に乗る巨大パンダの正体は、普段彼女が従えている、ぬいぐるみのようなマスコット2体の、融合した成れの果てである。しかし、もしかしたらこの表現はおかしいかもしれない。なぜなら、これが本来の姿だったのだから。


「いけーっ!潰せーっ!」

『ブーーーー!!』


 パンダの悪魔が、サンセイクレセントの遺体など意に介さず、スーパーを踏み潰していく。そう、これは悪魔なのだ。魔法少女として新たにそなわったセンスは、チドリにそう告げている。崩落するスーパー内を走って逃げるチドリは困惑した。クマネコフラッシュは悪魔を駆逐する閃光少女のはずだ。なぜ悪魔を従えているのか、と。


「あははははは!死ね死ねーっ!この周辺は、他の閃光少女たちの縄張りからは外してある!助けなんて誰も来ないんだから〜!」


 パンダの悪魔が建物を破壊していく。だがしばらくすると、壊れた建物が時間を巻き戻すように魔法で修復されていった。ということは、チドリはまだ生きている。


「往生際が悪いなぁ!チドリちゃん!クレセントを仕留めるところを観察させてもらったけれど、あなた治す以外はまるで何もできないじゃない!多少は格闘技ができるみたいだけど、魔法少女を相手にするならともかく、悪魔を攻撃するには力不足だわ!」


 怪獣のようなパンダを相手にしては、バイクもチェーンソーも役には立たない。それはフラッシュだけでなく、チドリにもわかっていた。だが、戦いをあきらめるつもりはない。


(出てきた!)


 スーパーから飛び出したチドリが、クルクルと何かを振り回している。それは手槍に黒い包帯を巻きつけた物だ。鎖分銅のように勢いをつけ、チドリが槍をフラッシュに向けて放る。


「無駄だよ!」

『ピカー!』


 パンダが前足でチドリを殴り飛ばした。黒い包帯はチドリから伸びている物なので、自然そうなると投げた槍もフラッシュに届かなくなる。ついさっきまでフラッシュたちと対峙していた屋上のある高層ビルに、チドリの体が叩きつけられた。


「きゃーっははははは!」


 高笑いをするフラッシュを頭に乗せたまま、怪獣パンダが力士のようにビルへぶつかっていく。鉄筋コンクリートは想定不可能な衝撃を受け、積み木を崩すように瓦礫の山へと変わった。


「……やれやれ。一時は焦ったけれど、思ったより大したことなくて良かったよ、暗闇姉妹」


 そうひとりごつフラッシュであったが、やがて瓦礫の中からチドリが這い出したのを見て唇を結ぶ。だが、頭から血を流し、立っているのがやっとという様子のチドリを見て、再び顔をほころばせた。


「クマネコフラッシュ……どうしてなの?あなたは、閃光少女じゃなかったの?どうして悪魔が……?」

「ふ〜ん?チドリちゃん、最期の言葉がそんなんでいいんだ〜?」


 とはいえ、武器らしき物を固く握っているチドリも、もう脅威ではなかった。フラッシュは「仕方ないな〜」と言いながら語り始めた。


「私は、この悪魔と契約した魔女なんだよ。みんな馬鹿だよね〜!悪魔を殺して閃光少女でござい!……そうすれば誰も疑わないんだから」

「ウソだ……ウソだ!ウソだーっ!ユリちゃんが魔女だったなんて!」

「えっ!?」


 チドリが突如、糸井アヤそのものの声でそう叫ぶのを聞いて、フラッシュは自分の耳を疑った。


「どういうこと!?なんでアヤちゃんの声が!?」

「……今は、私はチドリちゃんと一緒にいる」

「取り憑いている……ってこと!?なんで、そいつなんかに!?」


 チドリが顔を上げる。瞳の奥に見える光は、たしかに糸井アヤの存在をフラッシュへ感じさせた。ハッタリでも、モノマネでもない。


(本郷チドリは、霊媒体質を持っているのか……!)


 だが、糸井アヤがチドリに取り憑いているからといって自分の勝利が揺らぐことはない。そう思ったフラッシュは、むしろもう声を聞けないと思っていた、アヤとの最後の会話を楽しむことにした。


「アヤちゃんが初めて魔法少女に変身した時のこと、憶えている?」

「……うん、あの小さい蜘蛛みたいな悪魔をやっつけた時でしょ?」


 それを知っているという事は、やはり本当に糸井アヤらしい。


「あの時の悪魔は、本体ではなかった。穴蔵に住む親が、餌を集めさせるために放った子どもにすぎない。私は……会ったんだよ。その親の悪魔に」

「だからって、どうして悪魔となんか契約を……!」

「あなたが羨ましかったから……あなたに近づきたかった。私は、あなたのお父さんが好きだった……自分の願いを叶えたかった……」


 クマネコフラッシュ/石坂ユリはそう言って遠くを見つめる。1998年の8月。それから今まで、どうしてこうも二人は違ってしまったのか。だが、過ぎた時間は二度と帰ってこない。


「うっ!?」


 フラッシュがレーザーでチドリの右手を貫いた。持っていた何かが瓦礫の上に落ちる。


「さようなら、アヤちゃん。ついでに、本郷チドリ!私の願いを叶えるために!二人とも死んで!」


 アヤの心が引っ込み、肉体がチドリの支配下に戻る。追撃のレーザーを、チドリが瓦礫の陰に飛び込んでかわした。


「…………?」


 チドリが手から落とした物体を見て、フラッシュは首をひねった。武器かと思っていたのだが、それは携帯電話だ。レーザーで撃ち抜かれたせいで機能を失っているが、貼ってあるプリクラを見て、それがアヤの携帯であるとフラッシュにはすぐにわかった。


「アヤちゃんの携帯を取ってたんだ。でも……なぜ電話を?」


 もちろん、110番通報をしたところで警察がフラッシュを止められるわけがない。しかし、だとしたら誰に?


「誰だっていい!」


 クマネコフラッシュはパンダに指示を飛ばした。


「さあ、瓦礫ごとあいつを踏み潰して!私の願いを叶えて!」

『ピーーカッ!』


 パンダがチドリの隠れている瓦礫の山に迫る。だが、突然生じた衝撃によって、クマネコフラッシュはパンダの頭から転落した。


「きゃああああああ!?」


 瓦礫の山に落ちたフラッシュは、わけがわからず辺りを見まわす。すると、自分が乗っていたパンダが仰向けに倒れていた。


「ふーん、そう。あんた……魔女だったのね。クマネコフラッシュ」

「お前は!?」


 この周辺を縄張りにしている閃光少女は、たしかにいない。しかし、糸井アヤは知っていた。そんなものがあろうと無かろうと、助けを呼べば現れる閃光少女を。炎の閃光少女グレンバーンが、倒れたパンダの腹の上に立ちクマネコフラッシュを見下ろしている。どうやら、彼女の一撃がパンダを転倒させたらしい。


「アタシが悪魔を殺すことに妥協しないこと……買ってくれていたんでしょ?」

「へ?」

「さっき電話でアタシにそう言ってたじゃない。だから……今度はあなたの期待を裏切らないようにするわね」

「ちょっ、グレンちゃん!?」

「はああああああああっ!」


 グレンバーンが気合いを入れ、彼女の周囲を炎が包んでいく。


『カーーーーー!?』


 それだけで、お腹の上に乗られているパンダが苦痛にのたうちまわった。


 悪魔退治の専門家が来てくれた。それを物陰から確認したチドリは、しばし目を閉じて休んだ。


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