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仕掛けて仕損じ無し

「キョエエエエエエエエエエ!!」


 恐竜化したサンセイクレセントがチドリに襲いかかる。俊敏さを併せ持つ巨体が、再びチドリを吹き飛ばした。


「うっ……!?」


 棚に並べられた木材の束にチドリが突っ込む。チドリは再び飛びかかろうとするクレセントに向けて木材を倒しながら、闇に身を隠すしかなかった。


「君……いい匂いがする。それに……」


 そう言いながら、木材に付着したチドリの血を、長い舌で舐めまわしたのはクレセントだ。


「すごく、美味しそう……!」


 クレセントは勝利を確信した。クマネコフラッシュが言っていた通りだ。チドリの格闘技は、所詮は人間相手を想定したもの。およそ人間とは言い難い、自分のような怪物には手も足も出ない、と。


「誤解しないでほしいんだけど、別にこの姿になったからって、僕は人間を食べるわけじゃあないんだ。だけど……君なら考えてもいいかな」

「お断りだよ」


 クレセントの側面から、斧を構えたチドリが襲いかかる。だが、肉食獣でありながら広い視野を持つクレセントにとって、それは奇襲にはならない。よって脅威ではない。


「ケエエエエエ!!」

「くっ!」


 クレセントは鋭い爪のついた手で斧を受け止め、チドリを押し返し、潰していく。壁際に追い詰めたクレセントは、苦悶の表情を浮かべるチドリを見て舌なめずりをした。


「いいね!その顔!すごくハートが熱くなってきた!」

「そう……ならもっと熱くしてあげるよ……!」

「ん?」


 突如斧を手放したチドリは、その代わりに殺虫剤のスプレーと、ライターを構えた。


「クエッ!?」


 スプレー缶を利用した即席の火炎放射器が、文字通り火を吹いた。今のクレセントにとって大したダメージではないが、チドリを見失わせるには十分な効果を果たした。


「……悲しいなぁ、チドリちゃん。でも、せいぜいそれが、君のできる精一杯の抵抗なんだ。君は、僕には勝てない。早くあきらめないと、苦しみが長く続くことになる」


 匂いを頼りに、クレセントは再び追跡を開始する。とここで、館内放送から意外な声が響いた。


『チドリちゃん!気をつけて!』

「なっ!?この声は、ガンタンライズ!?」


 彼女はビルの屋上で確かに死んだはずだ。それは何より、直接見ていたクレセント自身が一番わかっている。


(いつの間にか、蘇生したのか!?)

『チドリちゃん!サンセイクレセントの魔法は、恐竜になる能力!チドリちゃんを匂いで追いかけてくるよ!気をつけて!』


 それから間もなく、クレセントは思わず顔をしかめた。


「うわっ!?これは……!」


 クレセントの鼻腔を突いたのは、シンナーの香りである。どういうつもりなのか、クレセントにはすぐにわかった。そうやって、チドリは自分の体臭をごまかすつもりなのだろう。


「だけど、シンナーは可燃性」


 そうつぶやいたクレセントは、先ほどチドリが即席火炎放射器に使ったライターを拾い上げる。やがて床を濡らしているシンナーを見つけたクレセントは、外見からは想像ができない器用さで、ライターに火をつけた。


「危ないなぁ、チドリちゃん。そうやって、君にまで燃え移ったらどうするの?」


 そう口にしながら、クレセントはシンナーに火を近づける。やがてシンナーに着火し、炎のラインが暗いホームセンター内を赤々と照らした。このラインの先に、チドリがいるはずだ。


「どうだい?明るくなっただろう?さあ、僕に見せてよ、チドリちゃん!君の表情が恐怖に染まるのを!」

『大丈夫よ、チドリちゃん。先生がついている。みんなも、一緒だよ』

「あ、誰ぇ!?」


 館内放送で響く女の声に、クレセントは聞き覚えがない。そして、もっと奇妙な音がクレセントの鼓膜を刺激する。エンジンの音だ。


「あっ!」


 チドリが現れた。彼女は黒いネイキッドバイクにまたがり、炎を突っ切りながら、全速力でクレセントに突進してくる。


「そんな物がどうして!?」


 と口にしてからクレセントは思い出す。たしかチドリは、クレセントが偽の暗闇姉妹を騙った時、仕事料が足りなければバイクも差し出すと言っていた。そして、スーパーに入るために、わざわざ破壊されたショーウインドウ。バイクが現れた辻褄が合っていく。


「ギャッ!?」


 150kgを超える鉄塊の衝突が、クレセントの体を吹き飛ばした。チドリ自身も横転したが、すぐさま立ち上がり、バイクから伸びる何かをクレセントの足首に巻きつける。


「あ、おい!」


 鉄の鎖であった。軽く脳震盪を起こすクレセントをよそ目に、チドリが南京錠で鎖の輪を固定する。


(まさか、バイクで僕を引きずるつもりなのか!?)


 一瞬そう思ったクレセントであったが、チドリはバイクとは別方向に駆けていった。


「待て!」


 そう叫んでみるが、クレセントの足に繋がれているのは150kgの重りだ。


「くそっ!こんなもの!」


 サンセイクレセントは自分の名前の通り、口から酸を霧状にして吹き出した。狙いはもちろん、自身を拘束する鎖である。鉄の鎖に赤錆が広がる。簡単に引きちぎれるほど腐食するのも時間の問題だろう。


 だが、少なくともクレセントはチドリを追う必要はなくなった。彼女が戻ってきたのだ。どういうわけか、別のエンジン音を引っさげて。


「なんだ、この音は……!?…………ああっ!!」


 クレセントは倒れたバイクを見る。


(マズイ!!ここに、バイクがあるのはとてもマズイ!!バイクの中に……たくさん入っているじゃあないか!!ガソリンが!!)


 次にチドリが姿を現した時、その手に唸りをあげるチェーンソーが握られているのを、クレセントは見のがしようがなかった。


「わあああああっ!!」


 そうやって悲鳴をあげるクレセントに、チドリがチェーンソーを押しつける。溜めていた酸も使ってしまい、満足に逃げることができないクレセントは、拘束された片足を除き、体の突出部分をチドリに削られていく。


「やめてえええええっ!!やめてええええええええ!!」


 そうやって手を伸ばした先から、チェーンソーの刃がクレセントの前腕を切り落とした。丸太のような尻尾も、()()()()()を切断するツールである、チェーンソーには無力だ。


「許してええええ!!フラッシュ!!フラあああッシュ!!どこにいるの!!助けてえええぇ!!」


 だが、クマネコフラッシュは助けに現れない。すっかり心がくじけたクレセントの体が、恐竜から人間に戻ろうとする。人間とも、恐竜ともつかない中途半端な姿をクレセントが晒した時、彼女を拘束する鉄の鎖が、やっと引きちぎられた。


 満足に残っているのは、鎖に繋がれていた足一本だけ。その足と、残された肘を使って床を這いながら、クレセントはフラッシュへの恨み言をつぶやいていた。


「うう……フラッシュ……!なにもかも、話が違うじゃないか……!やっぱり……他の仲間と合流してからの方がよかったんだ……!」


 クレセントの足には、もう鎖は無い。ライガーと同じ轍を踏むつもりのないクレセントは、すでにそれを廃棄している。しかも、理由はわからないが、チドリはクレセントを追わなかった。


(見逃してくれるのかな……?)


 いぶかしむクレセントの顔に、安堵の色が浮かぶ。


「だ……誰かに助けてもらわないと!早く、外へ……!」


 クレセントが必死に目指していたのは、チドリがスーパーへ入るために割った、ガラスのショーウインドウがあるパン屋である。床に散乱したガラスの破片が肌に食い込んで痛いが、それよりもここを抜け出せることがクレセントには嬉しいのだ。


「助かった……!!」


 そう口にするクレセントを、闇の中からチドリが見つめている。


「ノゾミ先生……見守ってくれて、ありがとう。だけど、これから私がすることは、どうか見ないでいてください。みんなも」


 そう言いながらチドリが取り出したのは、ガラスの破片だ。それは、ショーウインドウを破壊した時に、拾っておいた破片の一枚だ。


「助かる……!!助か……!?」


 ショーウインドウの境界から上半身を建物の外へ出したクレセントに向かって、チドリの回復魔法がかけられたガラス片が飛んでいく。回復魔法の効果はショーウインドウ全体へおよび、クレセントを巻き込みながら、元の形へと戻っていった。


「あああああああああああ!!」


 やがて絶叫が途絶えた時には、ショーウインドウは元通りに修復されていた。二つに別れたサンセイクレセントが、店の内側と外側に落ちている。


(あと、もう一人)


 残されているのは、クマネコフラッシュだけだ。そう思いながらクレセントに背を向けたチドリの頭上。天井が突如崩落した。


 総合スーパーの外では、異常な光景が展開されていた。まるで怪獣のように大きなパンダが、前足でスーパーの一角を踏み潰したのだ。


『ピーーーカーーーーーブーーーーーーー!!』


 そう雄叫びをあげるパンダの頭上。クマネコフラッシュは余裕の笑みを浮かべていた。


「ハッピーバースデー!暗闇姉妹!そして、安らかな眠りを!アーメン!」


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