ハッピーバースデー!暗闇姉妹
「な、なんだよ……やるなら、もっと早くやれよ」
ライガーは、クマネコフラッシュの使うマスコットを両手に構えているクレセントにそう言った。白い猫と、黒い熊のぬいぐるみだ。その二体から発射されたレーザー光線が、ガンタンライズを貫いたのである。
『ピー』
ぬいぐるみたちはそう鳴くと、主人であるフラッシュのそばへ飛んでいった。ライガーもまたフラッシュの側まで歩いていく。
「あはは!馬鹿な女だ。まさか本気で姉御を殺せるつもりだったのかぁ?」
「笑うな」
「は?」
「笑うなああああああ!!」
「ひっ!」
クマネコフラッシュの絶叫に、ライガーの足が止まる。
「アヤちゃんは……ガンタンライズは、やろうと思えば私をやれたんだ……だけど、できなかった。ライズちゃんは優しい子だったから……ああ、ライズちゃんがもっとクソオス社会の理不尽さを知っていれば、こんな事には……だけど、おじちゃんが……コウジさんがお父さんなら……わからないよね、きっと」
と、ここまでひとりごちていたフラッシュが、突然笑い始めた。
「あーそっかぁ……私は、アヤちゃんになりたかったんだね。今やっとわかったよ、私の本当の望みが……うふふふふ」
「おい……姉御?」
困惑を通り越して恐怖をおぼえるライガーをよそ目に、フラッシュはライズの右手から魔法少女の指輪を抜き取った。ガンタンライズの姿が、糸井アヤのそれへと変わる。
「ありがとう、アヤちゃん。大切にするね。『お父さん』はきっと悲しむけれど……大丈夫。私がいつもそばにいて、慰めてあげるから」
「アヤ……ちゃん……」
感傷に水をさされたフラッシュは、うわ言のようにそうつぶやくチドリを睨みつける。
「まだ意識があったんだ。でも、あなたはもうお終いなの。消えて」
フラッシュは魔剤の瓶を開封し、雑にチドリの顔にそれをぶちまけた。これでもう十分のはずだ。事実、チドリの皮膚が黒く変色し始めている。悪魔化するのは時間の問題だ。
「さあ、行きましょ」
フラッシュはライガーにそう告げ、アヤたちに背を向けて歩き去ろうとする。その肩を、サンセイクレセントがそっと掴んだ。
「……ありがとう。でも、私は大丈夫だから」
彼女が慰めの気持ちでそうしたとばかり思ったフラッシュであったが、クレセントが首を横に振った。
「姉御……なあ、姉御。ちょっと教えてくれよ。こんな物……こいつは最初から持っていたか?」
ライガーにそう尋ねられ、フラッシュが振り返る。死んだはずのアヤの手に、一冊の本が握られているのだ。アヤが倒れる寸前まで側にいたクマネコフラッシュにとっても、そんな物を取り出す場面を見た覚えがない。
「え?なにそれ、知らない」
「…………」
ライガーがその本を拾い上げ、ペラペラとページをめくる。そこには、こんなことが書かれていた。
『バイト先が決まった、これからアモーレのために頑張るぞ』
「なんだこりゃ?」
ライガーがさらにページをめくる。
『シロウ君、料理がうまくなってきた。シロウ君がアキホちゃんの事を好きなのは、みんな知ってるけど本人たちは気づいていない。早くチューしろ』
「あ、これって……」
次のページをめくったライガーはその本の正体に気がついた。
『今日は給料日。だけど、他にも誰かがお金を振り込んでくれている。リュウさんは知らないと言っていた。一体誰が、どうして?』
「姉御……こりゃ日記みたいだぜ。そのチドリってガキのだろ。なんでライズが持っているのか知らねーけど」
「ふーん、そう」
そうとわかれば、何も気にする必要はない。だが、さらにページをめくったライガーが固まった。
「……どうした?」
そう尋ねるクレセントに、ライガーが無言で日記を見せる。
『君たち三人が凌辱したのは、魔王の娘だ』
「……なに、これ?」
「そんなこと、俺が知るかよ」
ページをめくるライガーは、クレセントからの問いにそう答えるしかない。
『君たちは、その娘から全てを奪った。だから、彼女は一切の望みを捨てた』
「何なんだよ、これ……!?」
ライガーは慎重に、さらにページをめくると次のように書いてあった。
『地獄の門を潜った彼女は、変わってしまったのだ。永遠に』
「馬鹿馬鹿しい……」
目に恐怖の色を浮かべるライガーから、クレセントは日記を奪い取った。
「こんなの、こけおどしだよ。僕たちへの嫌がらせのつもりで、あらかじめ書いてあったのに違いないじゃないか」
そう言うとクレセントは、次のページをめくる。白紙のページに、赤い字でチドリの筆跡が浮かぶ。
『助けて』
「えっ?」
『助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』
「うわあっ!?」
無数の筆跡でページを埋め尽くすその赤い字に、驚いたクレセントが日記を放り投げた。それがまだ空中にある間に、フラッシュのレーザー光がそれを撃ち抜く。
「姉御……」
「さあ、もう行こう。何だか知らないけれど……これでもう終わりだよ」
屋上に落下した日記が発火し、燃え上がる。フラッシュたち三人は気味の悪さをおぼえながらも、チドリたちに背を向け、屋上を去って行った。
一番先に階段を降りていたのはヤジンライガーだ。そのライガーの足が止まったので、フラッシュは苛立ちながら尋ねる。
「なに?早く行ってよ、後ろがつかえるじゃない」
「……なあ?あの日記を最後に持ってたのはクレセントだよな?何のジョークだよ?面白くもなんともねーよ、こんなの」
面白くないのは名指しされたクレセントだ。
「はあ?」
ライガーを押しのけ、クレセントが前に出る。だが、ライガーと同じ物を見たクレセントもまた、声を引きつらせた。
「し、知らない……僕は、知らない」
「何がよ?」
取り巻き二人を両脇にどかせたフラッシュは、やっと二人と同じ物を目にした。
「なんで……?」
階段の踊り場に、屋上で焼き捨てたはずの日記が落ちている。風もないのに、日記は勝手に開いた。
そこには、一人の女の子が描かれている。日記がひとりでに動き、次々とページをめくっていく。そうして、アニメーションのように、描かれた女の子が生き生きと動き始めた。女の子は、猫を模した魔法少女へと姿を変えた。だが、やがて少女の胸に穴が空き、そこから黒い水が流れ出す。あふれる黒い水は、やがてページを全て塗りつぶした。だが、やがて黒い水がページの中央に集まっていき、人間のシルエットを浮かび上がらせる。
「戻ろう」
「「え?」」
困惑する仲間二人にフラッシュが命令する。
「屋上に戻るんだよ。今……何かがそこで起こっている」
屋上のドアを最初に開けたのはクマネコフラッシュだった。次に出てきたヤジンライガーが、屋上に立つ人影に向かって叫ぶ。
「誰だ、お前は!?」
影のような包帯を幾重にも重ねてできた、黒いドレスをまとった少女。動かない糸井アヤを愛おしむように、傍にしゃがんでいるその少女は、たしかにクマネコフラッシュにも見覚えがなかった。だが、もしも彼女が魔法少女になったのだとしたら、それも当然のことだ。辻褄が合う。
「誰だぁ?なんて、変なこと言わないでよ、ライガー。あの子は、チドリちゃんに決まっているでじゃない。そうでしょ、チドリちゃん?」
その言葉で、やっとその少女はフラッシュたち三人に気がついたとばかり、立ち上がった。本郷チドリ。あるいは、この世にただ一人の魔法少女の処刑人、暗闇姉妹である。




