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葛藤、そして出陣の時

 サナエと一緒にバイクに乗ってきたグレンは、キャンプ場でツグミたちと合流した後、ジュンコのミニバンの後部ドアを開いた。人間の大きさをしたそれは、防寒用のアルミシートにくるまれて、無言のまま横たわっている。アルミシートをめくって死体を確認したグレンは、それが自分の想像通りであったことがわかった。かつての親友、草笛ミドリの仕業である、と。


「ちょっと待ってください!犯人が生きているって、どういうことですか?」


 グレンがテント内に入ると、ツグミがジュンコに食って掛かっているところだった。ジュンコの隣にはサナエが座っている。いや、厳密には強化服を再び装着したので、スイギンスパーダと呼称するべきか。


「ジュンコさんが、頭を撃って、それで……」


 だが、入ってきたばかりのグレンも含めて、犯人が死んだと想っているのはツグミただ一人である。ここにはいないが、無線機で報告を聞いたオトハでさえも、犯人は生きていると、疑っていない。


「グレン君、君なら彼女の手口がわかるだろ?」


 ジュンコの言葉にグレンがうなずく。


「ツグミちゃん。あなたたちが倒したのは、あいつの藁人形にすぎないのよ。いや、つた人間と呼ぶべきかしら?植物が集まってできた操り人形。あいつの身代わりの一つに過ぎなかったのよ」


 事実、グレンが死体を確認した時には、すでに人形ひとがたにより集まった植物の蔦の塊でしかなかった。魔法少女の服装に込められているような、認識阻害魔法の応用である。同じ魔法少女でさえ、そのカラクリを知らずに見れば、人間としか思えないだろう。


「ツグミ君、私からなるべく離れていたまえ」


 ジュンコはそう言うと、紙とペンを用意した。隣にいるスパーダが身構える。ジュンコは紙に『草笛ミドリ』と記入した。しかし、何も起こらない。


「今度は君がやるんだ」


 ツグミはジュンコからペンを受け取り、恐る恐る『草笛ミドリ』と記入しようとした。次の瞬間である。


「ワタクシの名前を書きましたわね」


 ツグミの右手の甲から薔薇の蕾が生えてきた。蕾は人間の口のような形をしてしゃべる。


「あなたはワタクシに二度と会うことはありま……ギミャーー!!」


 待機していたスパーダが薔薇をツグミの手からむしり取った。さらにグレンが赤熱した手刀を薔薇の化け物に押し付けると、体液を沸騰させて萎んで死んだ。やはり同化される前であればグレンの炎は有効そうである。ツグミはかさぶたを無理やり剥がされたような痛みで顔を歪めながら、テントから顔を出して外の様子をうかがった。幸い、他のキャンプ客からは怪しまれなかったようだ。ジュンコがうなずく。


「どうやら、彼女の名前の音か、手の動き。つまり名前を書こうと神経が指を動かそうとしたら自動的に発動する呪いのようだねぇ」


 グレンが首をひねる。


「わからないわ。直接会ったツグミちゃんはともかく、どうして私の右手にも呪いが仕込まれていたのかしら?」

「おそらく、タンポポが綿毛に乗せて種を飛ばすように、人から人へと分散していく仕組みなのだろう。直接、その閃光少女に会ったツグミ君はともかく、ここに来たばかりの私には種が付いていなかった。グレン君に付いていたのは、たぶん中学校でたくさんの人と会ったせいだろう」


 グレンが勢いよく立ち上がる。


「待ちたまえ」


 ジュンコが彼女を制した。


「まずいわよ!それって、村の人間が、ほとんど全員人質にとられているようなもんじゃない!早くみんなの呪いをなんとかしないと……」

「まずは座りたまえ、グレン君」


 ジュンコは譲らない。


「さっきから気になっていたんだ。駅で死んでしまった女の子の事もそうだ。自分が彼女を守り続けていれば、こうはならなかったと思っているんだろう?」

「そうよ!当たり前じゃない!」

「君はヒーローではないんだ!」


 ジュンコの意外な剣幕に、グレンは口を閉じた。


「我々全員も、ヒーローではないんだ。わかるかい?ここに来たのは、殺された人たちの怨みを晴らすためだよ。一番に優先するべきなのは、ターゲットを速やかに抹殺することだ。誰かを守ることではない」

「そんな……」


 ジュンコの、あまりと言えばあまりの言い方にツグミは閉口する。さらに激したのはグレンの方だ。


「なんなのよ!その言い方は!」

「ちょ、ちょっとグレンさん、落ち着いてください!それにハカセも、助けられる命は助かった方がいいじゃないですか!?」


 ジュンコに掴みかかるグレンをスパーダが止める。


「私とて、それは否定しないよ。助けられるなら助けてやればいいさ。だけど、やはり優先するべきはターゲットの抹殺だ。君は田口家に行くことを優先したじゃないか?それは間違いではなかったと私は言っているのだよ?ここで間違いを起こさないでくれ」

「あんたと話していても埒が明かないわ!」


 グレンはジュンコを突き放すと、テントの外へ出ようとした。


「グレンちゃん!?どうするの!?」


 ツグミが心配そうに尋ねる。


「あいつをすぐにぶっ殺せばいいんでしょ!そうすれば呪いも解ける!今すぐ山に行ってくるわ!」

「いや、それは無謀だね」


 尻もちをついたジュンコがグレンに語りかける。


「ターゲットの、その閃光少女が、昔を懐かしむためにノコノコと君に会いに来るとでも思うのかい?これから日が沈む山中のどこか、あてもなく探したところで、見つからないどころか、暗闇から奇襲されて終わりだ。それに、君は炎の閃光少女だろう?この雨の中で力が出せるのかい?」


 グレンはジュンコの一言一句に腹が立ったが、しかし、彼女の言う事はもっともだと、頭では理解するしかない。


「じゃあ、どうすればいいのよ!?」

「それを考えるのが私の役目だ」


 起き上がったジュンコは、テントから顔を出して外を眺めた。天気予報や各種測定器を使うまでもなく、雨は終日振り続けるであろうことは明らかだ。


「今日のところはホテルに帰ったらどうかね?英気を養うといい。ただグレン君。念のためツグミ君は君の部屋で預かってくれないかい?逆にサナエ君は私と一緒にいてもらうよ」


 グレンとしては不承不承ではあるが、そうするしかない。しかし、ジュンコのミニバンに乗るのは拒否した。正体を隠す都合があるにせよ、やはり腹に据えかねているのだろう。


「お安い御用ですよ」


 サナエの方はジュンコと一緒にいるのはやぶさかではないようだが、ジュンコから「徹夜してでも組まなければいけない機材がある、手伝ってくれ」と言われて、苦笑いを浮かべる。ツグミは「ホテルに行く前にコンビニに寄ってくれませんか?」とジュンコに頼んだ。ひとまず、解散である。


「グレン君、今晩ゆっくり考えてみたらどうかな?自分が本当に、暗闇姉妹としてやっていけるかどうか。君にとって、この仕事が辛すぎるなら、無理強いはできないよ」


 グレンはキッとジュンコを睨むと、雨の中へ飛び出して行った。


 ジュンコはツグミをホテルに届けた後、キャンプ場で一人になった。念のため、サナエにはバイクでホテルの周りを一巡してくるように頼んでいる。ジュンコは後部ドアを開いて、再び蔦人間の死体を確認すると、手に持っていたガイガーカウンターが、わずかに反応した。


「もしかしたら、これが手がかりになるかもしれない」


 ジュンコは一人、そうつぶやいた。


 ホテルの部屋に帰ったグレン改めアカネは、無線機でオトハに、ジュンコの言動を愚痴る。ただ、オトハはジュンコに全面的に同意しているわけではないにしろ、アカネを危うく思っているのは同じのようだ。


「アッコちゃんがつらいのは、よくわかるよ。でも、どこかで自分と被害者たちに戦引きをしなくっちゃ、アッコちゃんの心がまいっちゃうよ」

「何も感じない方がいいの?」

「というより、割り切る必要があるんじゃないかな。アッコちゃん、私たちは『暗闇姉妹』のホームページの書き込みを見て動くよね?」

「それは、うん。そうね」

「だからさぁ、ある意味では、その時点ですでに手遅れなんだよ。誰かの怨みを晴らすということは、その誰かは絶対に非業の死をとげているわけなんだから」

「……せめて、なるべく早くターゲットを殺して、次の被害者がでないように努力した方がいいってことかしら」

「それも、そう。ただ、もしもターゲットが次の被害者を襲ったとして、その人を助けない方がターゲットを倒しやすいとしたら、どうする?手の内を見るとか、証拠をつかめるとか」

「ええっと…………なによ、それ!意地悪な質問ね!」

「ごめんね。でも、この仕事を続けていくとすれば、絶対にそういう場面に出くわすと思う。その時のことを想像してみて、本当に続けていけるかどうか……」


 アカネは沈黙する。その時、部屋にツグミが入ってきた。これ幸いとばかりにオトハに言う。


「ツグミちゃんが帰ってきたわ。また連絡するから。オトハも雨で大変でしょうけど頑張ってね」

「おつかれ~」


 アカネにはわからなかった。もしもオトハの言うような状況になったら、どうしたらいいのだろうか?誰の願いを一番に優先したらいいのだろうか?自分はその結果を受け入れることができるのだろうか?


 ツグミはパンパンに膨らんだコンビニの袋から、ハンバーガーやサンドイッチなどの食料を取り出した。


「アカネちゃん、お腹すいてない?」

「うん、ありがとう。いただくわ」


 ハンバーガーを1つ取ると、コンビニの袋の中に赤ワインのボトルが2本も入っているのに気づいた。アカネは意外に思う。


(ツグミちゃんって、嫌なことがあったらお酒を飲むタイプだったんだ……)


 当然、未成年であるアカネにそういう嗜癖はない。ただ、今はそういうのが必要かもしれないと思ったアカネは、サンドイッチを頬張るツグミに聞いてみた。


「アタシもお酒……もらってもいいかしら?」

「え?飲むの?」


 ツグミは驚いていたが、部屋に置いてある湯呑に甲斐甲斐しく赤ワインを注いだ。一応、自分の分も少しだけ注ぐ。湯呑を掴んだアカネは、その匂いを嗅ぐ。少しだけパンに似た香りがするその液体を、そのまま一気に飲み干した。


「えふっ!えふっ!」

「アカネちゃん、大丈夫?」


 アルコールで咳き込むアカネは、飲んだワインが胃の中に落ちて、そこで熱くなるのを感じた。だが、正直にいってこんな物の何が良いのかとも思う。ツグミも息を止めて喉に流しこむが、あまり美味しそうな顔はしていなかった。


「お酒、好きなの?」

「まさか。アタシだって未成年よ」


 じゃあなんで飲んだの?とはツグミは言わない。たぶん、疲れているのだ、と解釈したらしい。


「もしかしたら明日は雨が止むかもしれない。アカネちゃん、早めに休んだ方がいいよ」

「ありがとう。ツグミちゃんって優しいのね」


 アカネは思う。直接手を下さないにしろ、この優しい性格をしたツグミの方が、暗闇姉妹の仕事はつらいのではないか、と。それならば、ジュンコやオトハが自分の適正を疑うのはおかしいともアカネは思った。


「お酒、もう飲まなくても大丈夫?」

「ありがとう、もう十分だわ」


 毛細血管が広がる感覚を味わいながら、アカネが首を振った。まさか酔うほど飲むつもりはない。


「それじゃあ……」


 ツグミは赤ワインのボトルを持ってどこかへ行こうとする。


「?」


 不思議に思ったアカネがツグミを追うと、ボトルに入っている赤ワインを洗面台の排水口に流し込んでいるではないか。


「えっ?えっ!?」

「あ、ごめん。やっぱり飲みたかった?」


 アカネは急いで首を横に振る。ツグミは再び赤ワインを捨てながら言った。


「空き瓶に灯油を入れておこうと思って。役に立つかもしれないから」


 その言葉に、アカネはガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。ツグミの方が暗闇姉妹の適正が無いと考察していた自分が恥ずかしくなる。ただ感傷にふけり、あるいは愚痴をこぼしている自分こそなんなのだ?ツグミは今この瞬間にも、草笛ミドリを殺すことだけを考えている。洗面台に流れる赤ワインが、あるいはツグミが流す血のようにも見えた。きっとツグミは、同じように自分の体と心の血を流そうとも、相手を殺そうとする強い意思をもって、やりとげるのだろう。だが、そんなことをツグミ本人に伝えられるわけがない。


「あーあ!たしかに、ツグミちゃんの言う通りだわ!アタシきっと疲れているのよ」


 アカネはわざと明るく、そう言ってベッドに向かう。


「ツグミちゃんの言う通り、早めに休むことにするわ。おやすみ!」

「うん、おやすみ」


 ツグミが2本目のボトルを空けながら返事をした。


(死んでしまった、あの女の子の願い……それに応えなければいけないんだ)


 真っ赤な液体を目で追いながら、ツグミは血潮のメッセージに思いを馳せた。


 アカネはベッドに横になり、そして中学生たちからもらった寄せ書きを眺める。


(それでもアタシは……やっぱり生きている人たちからエネルギーをもらっているんだと思う……)


 アカネはそのまま目を閉じた。きっと眠れないだろうと思ったが、少しだけ何も考えない時間をもつことができた。


 夜が明けた。それより1時間ほど前から目覚めていたアカネは、カーテンから漏れる光を見ると、すぐに窓を開いて外を見た。曇天の空に、雨は降っていない。


「おはよう!寝坊助さん!」

「むにゃ」


 意外とどこでも深く眠れるらしいツグミが目をこすりながら起きる。二人の少女は昨夜残していたパンを朝食として食べると、ホテルから出ていった。


 キャンプ場。テントの中にいたジュンコは、足音が近づいてくるのに気がついて外に出た。少女が二人、歩いてくる。一人は知っている。ツグミだ。もう一人の、背の高い方の少女がジュンコに名乗った。


「鷲田アカネよ」

「それは、どうも」


 ジュンコはとぼけているわけではない。本当に誰だかわからないのだ。


「アタシが、グレンバーンよ」

「ふむ」


 ジュンコがうなずいた。


「私に正体を明かすとは、何か心境の変化でもあったのかい?」

「アタシにわかっているのは、アタシなんかまだまだ未熟だってことだけよ。けどね……」


 アカネは右拳を前に出し、それを握りしめる。


「中学校で会ったアイツら……すごく気のいいヤツらだったのよ。アイツらの気持ちを考えたら、アタシの心なんてどうでもいい!どんなことがあっても、この仕事をやり遂げてみせる!」


 ジュンコとアカネは、しばらくお互いの目を見つめ合った。そして、ジュンコがにやりと笑った。


「君を中学校へ行かせたのは、正解だったみたいだねぇ」


 ツグミがテントの入り口を見ると、そこからゴソゴソとサナエが出てきた。眠そうに目をこすっている。


「ふぁ~。ツグミさん、おはようございます」

「おはよう、サナエちゃん。眠たそうだね」

「昨夜はジュンコさんの工場まで戻って徹夜しましたからねぇ……ふぁ~」


 あくびをしているサナエを見てジュンコが手を叩く。


「そうそう、グレン君。いや、今はアカネ君か。とにかく、君に渡したい物があるんだ」


 ジュンコは半分眠っているサナエの頭を撫でる。


「サナエ君も頑張って組み立て作業を手伝ってくれたよ。しかし人間というのは不便な生き物だねぇ。眠らないと力が出せないなんて。バイクの運転は大丈夫かい?」


 サナエが目を見開く。


「大丈夫ですとも!トモゾウさんの怨み、今こそ晴らしましょう!」


 そう言って気合を入れた。同じくらいの年齢の祖父をもつ身として、思うところがあるらしい。


「アタシに渡したい物ってなによ?それがあれば、アイツを見つけられるの?」


 ジュンコがアカネに振り向く。


「そうだとも。請け合うよ。在日米軍基地にいる友人から横流ししてもらった物を改造したんだが……それよりアカネ君」


 ジュンコが空を見上げた。


「今は曇っているが、雨が降るかもしれない。私の観測では、確率としては50%だ。しかし、ヒスイローズがツグミ君を狙ってくる可能性がある以上、彼女がなにか仕掛けてくる前にこちらから襲撃したい。やってくれるかね?」

「ヒスイローズって?」


 ツグミが疑問を挟んだ。


「ターゲットのコードネームさ。いつまでも『名前を言ってはいけないあの女』と呼ぶのは不便だからねぇ。まさかとは思うけれど、閃光少女の方の名前とかぶったりはしていないよね?」

「大丈夫よ。名前のことも。天気のことも。闘うことも」


 アカネは掌に拳を叩きつけた。


「やるわよ!今こそ、出陣の時!」


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