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アモーレにさようなら

 アモーレの敷地内に、黒いネイキッドバイクが猛スピードで駆け込んでくる。本郷チドリだ。投げ捨てるようにしてヘルメットを脱いだチドリは、玄関のドアを開けた途端に立ち止まった。濃厚な血の臭いがたちこめている。


「そんな……そんな……!?」


 チドリがバイト先からこうして急いで帰ってきたのは、糸井アヤから電話があったからである。アキホが悪魔になってしまった、と。


「オオォ……オワアァ……!」

「!?」


 奇妙な唸り声を耳にしたチドリが体を硬直させる。


(包丁を……)


 と思ったチドリが食堂の中へ入ると、よりにもよって獣のような奇声を発していた悪魔と遭遇することになった。一見、人間の女性に見える形をしているが、全身が紫色に変わり、頭部から山羊のような角が生えている。右手は全ての指が鉤爪状に変化しているが、左手は人間のそれと大差ない。その左手で抱きしめているのは、結城シロウの肉体だ。首筋に深い傷を負い、失血死していることはチドリにもすぐにわかった。


「アアゥ……ウワァアゥ……!」


 チドリがその異形な生物を見ても逃げ出さずに済んだのは、傍にガンタンライズがいるからだった。ライズは、チドリに悲しそうな顔を向ける。


「その子が……アキホちゃんなの?」

「うん」

「他の子たちは?」


 チドリの声が震える。


「ごめん、チドリちゃん……私も急いだけれど、間に合わなかった。他の子は……傷が酷くて……」


 ライズもまた、真実を告げるのは苦痛だったが、言葉を絞り出す。


「魔法で傷だけは治して、布団に寝かせたよ。でも、アキホちゃん……シロウ君だけは、触れさせてもくれなくて……あっ!」


 それだけ聞くと、ずかずかと歩み寄ったチドリは、変わり果てたアキホに向かって拳を振り上げた。


「どうして!?どうして!!よくもみんなを!!あなたのせいで、みんなが!!」

「アゥ……ワッ……!」


 チドリに何度も殴られるアキホは、まるで虐待を受けている子どものように、怯えて頭を抱えた。そんなチドリをライズが止める。


「待って!せめて理由を聞いて!」

「理由……!?」

「今はどういうわけか人間の言葉を喋れなくなってるけれど、そうなる前にアキホちゃんから事情を聞いたんだよ!」


 ライズは自分がアモーレに着いた直後の状況からチドリに説明を始めた。悪魔化したアキホは、やはり見境なく子どもたちを襲ってしまったらしい。だが、シロウを殺害してしまった後、正気に戻ったのだ。ライズと違って、チドリにはその理由がわかる。


「アキホちゃん……シロウ君のこと、好きだったから……」

「そんな……!」


 ライズには、あまりにも酷いことのように思えた。せめて、完全に人間性を失ってしまえたならば、愛する者の死に慟哭する苦しみを味わわずに済んだものを。だが、おそらくそれを強く望んだのは、他ならぬアキホである。


「チ……ドリ…………ちゃん……!」


 そう呼びかけられたチドリの拳が、徐々に下がっていく。異形の姿に成り果ててしまっても、その目の奥にある悲しみは、人間と変わらないように見えたからだ。


 それから、ライズは魔剤の事をチドリに説明した。アキホが父を悪魔化して失って以来、強いストレスから逃げるために魔剤に手を出してしまったことを。大金を欲し、援助交際を始めたことはチドリも知っていたが、その交際相手から隠しカメラの映像で脅迫されたことはチドリも初耳であった。


「チドリちゃん。その男の人は、あなたを差し出すようにアキホちゃんに言ったの。追い詰められたアキホちゃんは、持っていた魔剤を一気に……」

「それでこんな姿に……!」


 チドリは、自分の拳を誰に叩きつけたらいいのか迷った。アキホか?それとも、アキホを追い詰めた男か?もちろん、どちらも憎いとチドリは思う。だが、憎い相手は他にもいる。


「……誰なの?」

「えっ?」

「魔剤を作って、人間を悪魔に変えている魔法少女って……誰なの?」

「それは……」


 ライズが言葉を発しかけた時、アキホの表情が急に険しくなった。警戒するようにキョロキョロと辺りを見回し、その背中から、コウモリのような翼が生える。チドリは唖然とし、ガンタンライズは、アキホが何をしようとしているのか悟って戦慄する。


「待って!!行かないで!!」


 そんなライズの制止を聞かず、アキホは、シロウの遺体を抱いたまま食堂の窓ガラスを突き破って外に飛び出した。アキホは悪魔としての本能がそうさせるのか、すぐさま翼を広げて空に舞い上がる。


「アキホちゃん!!」

「ライズちゃん!」

「あっ!」


 アキホと入れ替わるようにしてアモーレに飛び込んできたのはクマネコフラッシュだった。フラッシュは、アキホを追いかけようとするライズを引きとめる。


「あなたは行っちゃダメ!あの悪魔は、グレンバーンが追いかけているから!」

「グレンちゃんが!?」


 なおさら良くないと、ライズは思った。グレンはどんな事情があろうと、悪魔化したアキホを殺そうとするだろう。


「でもあれはアキホちゃんだよ!!アキホちゃんなんだよ!!」

「バカっ!」


 フラッシュはライズの頬にビンタを浴びせる。驚くライズに、フラッシュは優しく語りかけた。


「もうああなってしまっては、誰も助けられないんだよ……?知っているでしょう、それは。だから……あなたにはずっと休んでいてほしかったのに……無理しないで、ライズちゃん……!」

「……ごめん、フラッシュちゃん」


 うなだれるライズの体をそっと抱き寄せたフラッシュの耳が、別の少女の泣き声を拾った。フラッシュが驚いてそちらへ顔を向けると、チドリがさめざめと涙を流している。


「アキホちゃん……」

「えっと……もしかして、アモーレの方ですか!?」


 フラッシュの手から離れたライズが、彼女に紹介する。


「この子は本郷チドリちゃん。前に悪魔と戦って、生き残った女の子の話をしたでしょ?」

「なるほど……あなたがチドリちゃん。『生き残った女の子』は今回も悪運が強い……」

「?」


 フラッシュの言い回しに奇妙な違和感を憶えながらも、ライズが状況を説明する。チドリ以外のアモーレの住人は、全て悪魔化したアキホの手にかかって死んだ、と。


「遺体はどこにあるの?」


 とフラッシュ。そういえば、チドリもまだ目にしていないのだ。ライズは無言で、二人を子どもたちの寝室へ案内した。ライズ自身が説明した通り、子どもたちの体は回復魔法で修復されている。静かに布団に横たわる彼らの姿は、まるで眠っているかのようだった。


「ああ、なんてこと!」


 フラッシュがそう言いながら子どもたちの前で膝から崩れ落ちる。フラッシュは、目から涙を流しながら言った。


「未来ある子どもたちが、こんな目に……ひどい!ひどいわ!」

「…………」


 それとは対照的に、静かに佇んでいるのはチドリだ。


「子どもたちをいたんでくれて、ありがとうございます。ところで、あなたは……?」

「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私は閃光少女のクマネコフラッシュ。ガンタンライズちゃんとは親友なんです」


 フラッシュが涙を拭いながらそう答えた。チドリはそれを聞くと、すぐさま背を向けてその場を後にする。驚いたのはライズだ。


「チドリちゃん!?」

「ライズちゃん、チドリちゃんはショックが大きいんだよ。今は一人にさせてあげた方が……」


 立ち上がりながらそう言いかけたフラッシュであったが、チドリはすぐに二人の前に戻ってきた。その手に、何かを握りしめている。


「ライズちゃん……それに、クマネコフラッシュさん!お願いがあるんです!」

「えっと……なぁに?」


 代表してフラッシュが答える。


「私……噂で聞いたことがあるんです。魔法少女に殺された人たちの……怨みを晴らしてくれる魔法少女の処刑人がいるって……!」

「魔法少女の……処刑人?」

「暗闇姉妹」


 チドリがぼそりとその名をつぶやくと、ライズはハッとした表情をする。彼女もまた、暗闇姉妹の噂を知っているのだ。


『暗闇姉妹』

  人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を人はそう呼んだ。

  いかなる相手であろうとも、

  どこに隠れていようとも、

  一切の痕跡を残さず、

  仕掛けて、追い詰め、天罰を下す。

  そしてその正体は、誰も知らない。


「私は……魔剤をこの街に広めた魔法少女が許せない……!お願いです!ここに、30万円の貯金が入った通帳と、この土地の権利書があります!暗闇姉妹を探し出してほしい……それで、このお金で子どもたちの怨みを……アキホちゃんの怨みを晴らしてあげてください!」


 チドリは、二人の魔法少女にそう頼んだ。


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