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犯人にこんばんは

 その夜。

 糸井家の二階、アヤの部屋の窓を、外から誰かがそっと開けた。石坂ユリ。より正確には、魔法少女のクマネコフラッシュである。


「アヤちゃーん……」


 フラッシュは、膨らんでいるアヤの布団にそう呼びかけてみた。返事はない。フラッシュはゆっくりベッドに近づき、その膨らみをなでる。やがて布団を掴むと、フラッシュはいっきにそれをめくりとった。


「…………」


 そこにあったのは、丸めた毛布である。アヤはいない。もちろん、これは父コウジをあざむくための措置であって、クマネコフラッシュとは関係のないことだ。それにもかかわらず、フラッシュは何故かアヤに裏切られたような気がした。


「ふーん、そう……また閃光少女を始めたんだね。なら、親友の私に一言教えてくれてもよかったのに~」


 そうひとりごつフラッシュの携帯が振動した。着信ボタンを押し、フラッシュが耳に当てたスピーカー部から、よく知る魔法少女の声が響く。


「フラッシュさん。僕です。サンセイクレセント」


 クマネコフラッシュとともに、魔剤を作っている仲間だ。以前は手ずから魔剤を精製していたが、今は製造ラインの管理がクレセントの仕事になっていた。が、他にも彼女には仕事がある。監視と粛清だ。


「商店街の方を任せている売人が、妙な奴に絡まれていたんだ」

「妙な奴?」

「おそらくは、魔法少女。魔剤の秘密を探っているみたいだった」

「それで、どうしたの?」

「売人を処分したよ」


 クレセントはこともなげにそう言う。聞いているフラッシュもまた、眉一つ動かさなかった。


「ありがとう。でも、一体誰なんだろう?おそらく、一人じゃないよね?」

「少なくとも、アケボノオーシャンは関わりがあるみたい。売人の首を撥ねていったから」

「わー人殺しだー、こわーい」


 フラッシュは心にも無いことを言った。


「あ、待って。誰か他の子から着信が……」


 そう言いながら一時的に携帯電話の液晶画面を見たフラッシュが息をのむ。


「ごめん、クレセントちゃん。ちょっと電話を切るね」


 クレセントの返事も聞かず、フラッシュが通話を優先した相手。それは、糸井アヤ/ガンタンライズであった。


「もしもし、アヤちゃん?」

「こんばんは、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「私もそうだけど、まずはアヤちゃんからどうぞ」

「あなたの知り合いで、サンセイクレセントという閃光少女がいたよね?その子、街で変な薬を売ってたりしない?」


 あまりにも単刀直入であった。予想もしない展開に、フラッシュは平静を装うまでしばし時間を要した。


「さあ?何の薬?私は何も知らないけれど」

「飲んだ人を悪魔に変える薬だよ。そっかー、知らないなら仕方ないね」

「……私からも、いいかな?」


 今度はフラッシュが質問をする。


「アヤちゃん、閃光少女に戻ったんだね。どうして?」

「人間が悪魔に変わる……その原因をなんとかしようと思って」


 フラッシュは、アヤの勉強机に手つかずのまま置かれた魔剤に目を向けた。どうやら、アヤはそれがまさに自分のすぐ側にあることを、まだ気づいていないようだ。


 時は、しばしさかのぼる。

 この夜もまた、アヤはガンタンライズに変身し、グレンバーンとアケボノオーシャンのコンビと合流していた。まだ数日間の付き合いだが、グレンとオーシャンは、朗らかなガンタンライズをすっかり気に入っている。三人の閃光少女たちは無人のビルの屋上で、ミーティングをしていた。


「ちょっと、いいかな?これ、直すことはできる?」


 そう言ってアケボノオーシャンがライズに差し出したのは、柄が腐食した日本刀である。


「まかせて!」


 ガンタンライズはすぐさま、回復魔法で日本刀を修復する。時代劇のファンでもあるグレンバーンは、魔法よりも日本刀の方を興味深そうに覗き込んだ。


「どうしたのよ、これ?」

「え、あ、うん。知り合いが、ね……」


 オーシャンはそう言って誤魔化そうとする。グレンとライズの二人を信用していないわけではないが、虎の子であるサナエの存在は、まだ伏せておきたいオーシャンなのだ。そのかわり、サナエが調査した内容を、オーシャンは自分の手柄として話すことにした。


「実は、二人に話しておきたいことがあるんだ」


 それは、ここ数ヶ月の間、オーシャンがサナエと協力しながら調べていたことだ。


「人間が悪魔に変わっている」


 そう切り出した途端、ガンタンライズの顔が青くなった。


「ライズ先輩、もしかして知ってたの?」

「うん、実は……」


 ガンタンライズは緑川一家の事件を、オーシャンに話して聞かせた。ライズが引退したのは、倒した悪魔が緑川家の父であったと、後日判明したからである。


「魔剤というものが密かに街にはびこっている。麻薬みたいに、飲むと気分が良くなる薬。だけど、麻薬そのものではないから、警察では対処できない」

「それと悪魔が関係あるの?」


 グレンが興味を示す。


「魔剤は、本当は魔法少女が使う魔法薬なんだ。私たちには害の無いものだけれど、普通の人間が服用しすぎると魔力が暴走して悪魔化してしまう。ずっと黙っていて、ごめんね、グレン。疑わしいとは思っていたけれど、ハッキリとわかったのは最近のことなんだ」


 オーシャンがグレンに謝るのは理由がある。グレンが倒した悪魔の中にも、元人間がいたであろうことは、まず間違いない。だが、当のグレンはライズとは違い、顔色を変えなかった。


「鬼に会いては鬼を斬り、仏に会いては仏を斬る……それだけよ」


 グレンの言葉に、ライズが首をひねってオーシャンにたずねる。


「どういう意味?」

「たぶん、そんなの関係なく殺すって意味」


 グレンが言葉を引き継ぐ。


「元が人間だろうと、人間を襲うなら殺すしかない。それに、その魔剤とやらで悪魔化したのだって、元はと言えば自業自得じゃないかしら?薬なんかに頼って、自分で自分の弱さに向き合わないことが、そもそもの間違いなのよ」

「グレンの言いたいことも、わかる」


 そう言うオーシャンとしても、グレンが無用な罪悪感を抱くことは望んでいない。しかし、それでも思うところがあった。


「だけど、みんながグレンみたいに強いわけじゃあない。それに、そもそも飲み続けたら悪魔化するだなんて、みんな知らないんだよ。知っていたら、いくらなんでも自分からは飲まないだろうし」

「じゃあ、みんなに伝えようよ!魔剤を飲まないでくださいって!」


 オーシャンは首を横にふる。


「それは根本的な解決にならない。今は液体状の飲み薬になっているけれど……」


 そう言いながらオーシャンはポケットをまさぐる。ライズたちに魔剤の現物を見せようと思ったのだが、そういえばサナエに預けているのだと思い出し、オーシャンは手を止めた。


「同じ成分の粉薬や、お菓子とかの加工品に添加することだってできる。まず、作っている魔法少女を見つけて……」

「見つけて、魔剤をつくるのをやめてって、お願いするんだね!」


 オーシャンは、明るい顔でそう言うライズに向かって「その魔法少女を殺そうと思っている」とは口にできなかった。


「そういうのは、二人にまかせる。アタシは、とにかく悪魔を殺すことを考えるから…………わかっているわよ!人間を守るためにするの!」


 ライズに睨まれたグレンが、慌ててそう付け加える。彼女にだけは頭が上がらない様子のグレンを見て、オーシャンは少し微笑ましく思った。ガンタンライズの方が魔法少女として先輩という念もあるが、このサムライの擬人化のような少女は、それよりも数日前の火災以来、ライズへの恩義を忘れていないのだ。


「ところで、結局この日本刀は何なのよ?」

「ああ、実は……」


 実際はサナエが体験したことだが、オーシャンは自分の経験として、魔剤の売人を追い詰めた経緯を話した。謎の恐竜についてオーシャンが話すと、ライズがピクリと反応する。


「その恐竜……知っているかも」

「えっ」


 そう言うやライズは、すぐさま携帯電話を取り出した。電話をかけた相手は通話中のようだったが、やがて通信が切り替わる。


『もしもし、アヤちゃん?』

「こんばんは、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

『私もそうだけど、まずはアヤちゃんからどうぞ』

「あなたの知り合いで、サンセイクレセントという閃光少女がいたよね?その子、街で変な薬を売ってたりしない?」


 クマネコフラッシュの声はガンタンライズにしか聞こえないので、アヤという本名を言われても問題ない。オーシャンはそのかわり『サンセイクレセント』という名前を記憶しておくことにした。


(よくわからないけれど、その恐竜はサンセイクレセントという子の能力か何か、らしいな)


『さあ?何の薬?私は何も知らないけれど』

「飲んだ人を悪魔に変える薬だよ。そっかー、知らないなら仕方ないね」

『……私からも、いいかな?』


 今度はフラッシュが質問をする。


『アヤちゃん、閃光少女に戻ったんだね。どうして?』

「人間が悪魔に変わる……その原因をなんとかしようと思って」


 電波で繋がるガンタンライズとクマネコフラッシュの間に、しばしの沈黙が流れた。


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