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天使にお祈りを

 その夜。

 糸井家の二階、アヤの部屋の窓を、外から誰かがそっと開けた。魔法少女のクマネコフラッシュである。


「アヤちゃーん!……あ」


 フラッシュはすぐに口を閉じた。アヤのベッドの掛け布団が、人間の形に膨らみ、微動だにしていない。おそらく、寝ているのだろう。そう思ったフラッシュは、アヤの勉強机に魔力回復薬を並べた。


「ごめんね、アヤちゃん。最近は遊んであげられなくて」


 フラッシュはそう言いながら布団の上から撫でた。クマネコフラッシュこと石坂ユリは、聖歌隊の練習があるため、放課後にアヤと遊ぶ機会が無くなっているのだ。


「でも、クリスマスは一緒だから……楽しみだね」


 フラッシュは最後にそう微笑みながら、窓から夜の闇へと跳び去った。


 ほぼ同時刻。

 とあるアパートのベランダから、同じくガラス戸を開けて中に入る魔法少女の姿があった。炎の閃光少女グレンバーンの相棒、アケボノオーシャンである。


「アッコちゃーん、おとなしく寝てる~?」


 そう言いながら、手提げ袋を持ったオーシャンは勝手に入り込み、冷蔵庫の中に持参したスポーツドリンクや野菜ジュースを詰めていった。


「……って、寝てたら返事するわけないか~」


『アッコちゃん』とは、この部屋に住んでいる鷲田アカネのことだ。彼女こそが、グレンバーンの正体である。悪魔に家族を皆殺しにされ、そして家族になりすましていた悪魔を皆殺しにしたのは今年の初め頃のことだった。それ以来、このアパートに一人暮らしをしている。金銭面では親戚から援助してもらっているそうだが、直接訪れるのはもっぱらアケボノオーシャンほぼ一人であった。


 だから、アカネが深刻なダメージを受けていることを知っているのはオーシャンしかいない。正体の露見を危惧して病院にも行けず、ヒーラーとの繋がりもないグレンバーンに残された道は、新しい傷薬と包帯を持ってきたアケボノオーシャン待つ事しかなかった。


 だが、その道さえグレンは投げ捨てるつもりらしい。


「寝ているところ悪いけれど、一度起きてもらうよ。そろそろ新しい包帯にとりかえな……い……と…………」


 寝室の電灯をつけたアケボノオーシャンの目に入ったのは、もぬけの殻になっていたベッドであった。閉口するオーシャンは、グレンバーンがどこへ行ったのか、考えてみる必要はなかった。激しい爆発音が、遠く離れたアパートの部屋まで響いたからである。


 時を遡ること30分ほど前からのことだ。

 グレンバーンは、城南地区の市街地で激しい戦いを繰り広げていた。相手は、乗用車よりも一回り以上も巨大な蜘蛛の悪魔である。


 彼女に巻かれている包帯は、顔だけではない。真紅のドレスの端から、痛々しいほど血で赤く染まった包帯を露出させているグレンバーンは、ほとんどその闘志だけを頼りに体を動かしていた。


「おらあっ!!」


 グレンバーンは力まかせに右拳を蜘蛛の頭に叩きつけ、すぐさま反転し、後ろ蹴りで蜘蛛の体を立体駐車場のコンクリート柱へ向かって吹き飛ばした。駐車されていた車達が、巨大な衝撃に目を覚まし、けたたましい防犯ブザーの大合唱を奏でる。


「死ね!!死ね!!死ね!!」


 動きの鈍った蜘蛛の悪魔に、憎悪の言葉をぶつけながら、その頭をグレンバーンが何度も踏みつけていると、道路を挟んで向かい側にあるマンションの一室から、酒瓶を持った男が顔を出した。


「いいぞ!グレンバーン!悪魔なんかやっつけちまえ!」

「らああああっ!!」

「うわっ!?」


 酩酊している男はグレンバーンを肴にしてさらに酒を煽ったが、グレンが蜘蛛の体を持ち上げ、マンションの壁に向かって投げつけた衝撃に恐れをなし、顔を引っ込めた。蜘蛛の悪魔の方は、ほぼ瀕死の状態だ。グレンバーンはとどめをさすことにした。


「はああぁぁぁ」


 グレンバーンが気合を入れると、彼女の背中に6本の細い羽が伸び、羽の先をなぞるように丸い日輪が浮かぶ。そして真紅の籠手が炎に包まれた。蜘蛛の悪魔は逃げようともがくが、脚が言う事を聞かないようだ。

 グレンバーンはそのまま両腕をそれぞれ天地に向け、大きく円を描くように回す。すると円の中心に、小さな太陽のような炎の球体が生まれた。


「おらあああっ!!」


 グレンバーンがそれをドッジボールのようにして投げつけると、火球を叩きつけられた蜘蛛の体がまたたく間に燃え上がり、体表がどんどん赤く変色していった。グレンバーンはそんな蜘蛛の悪魔にくるりと背を向けて、残心のポーズをとる。

 これは用心なのだ。事実、今回はそれが功を奏した。いつの間にか、先ほどまで戦っていた蜘蛛より、少し小さい個体がグレンバーンの背後を奇襲しようとしていた。


「うりゃああああっ!!」


 グレンは右手の指をそろえて、飛びかかってきた蜘蛛の胸を指で貫いた。空手の、『貫手』という技である。苦しむ蜘蛛の胸に、グレンはさらに炎のエネルギーを注ぎ込む。


「これで……終わりだあああっ!!」


 火球をぶつけられた蜘蛛と、グレンに貫かれた蜘蛛が爆発したのは、ほぼ同時であった。敵の殲滅を悟ったグレンバーンが、その場にへたり込む。体力は、とうに限界を超えているのだ。それでもなお、グレンは荒んだ瞳で獲物を探した。


(敵は……次の敵はどこにいるの……!?)


 そんなグレンの耳に、人々の悲鳴が届いた。きっと、新しい悪魔が現れたにちがいない。そう期待しながら振り向いたグレンは、目にした物に言葉を失った。


(なっ……!?これは……!!)


 グレンが見たのは、燃え上がるマンションである。それは、巨大な蜘蛛を火球で仕留めた時、すぐ側にあったマンションなのだ。火球の爆発によって火の手が上がったにちがいない。


(そんな……アタシは、そんなつもりじゃ……!!)


 グレンがどう悔いたところで、それは後の祭りである。幸い、マンションの裏手につながる非常階段は無事だったようで、酒瓶を持った飲んだくれ親父を筆頭に、中の住民は次々と外へ避難した。


「大丈夫ですか!?全員避難しましたか!?」


 そういち早く自転車に乗って駆けつけたのは、近所の交番にいるお巡りさんだ。


「一体、何が原因で……!?」

「…………」


 マンションの住民の一人が、無言でグレンバーンを指さした。そんなグレンはその場に跪いて、すっかり気力を失っている。巡査は手錠を取り出すと、そんなグレンに無言で近づいていった。


「助けてー!!助けてー!!」

「あっ!!中にまだ子どもが!!」


 グレンもその顔をあげて声の主を探した。燃え上がるマンションの5階、ベランダから小学生くらいの女の子が悲鳴をあげているではないか。巡査が悔しそうに声をあげる。


「くそっ!消防車はまだ到着しないのか!?……あっ、おい!君ぃ!」


 グレンバーンが立ち上がる。めまいを覚えながらも、グレンは炎の中へと走って突っ込んでいった。巡査は、グレンが何をするつもりなのかわかっている。


「無茶だ!こんなに炎が燃え広がっていては!」

(無理なものですか!!)


 グレンバーンは炎の閃光少女である。当然、自分自身も炎耐性を持っていた。火の海となったマンションの1階を突っ切り、そのまま階段を登っていく。


「あっ!?」


 5階にたどり着いたグレンは、廊下に倒れている女の子を発見した。どうやら、自力で逃げようとしたが、そこで煙にまかれてしまったらしい。


「ゲホッ!ゴホッ!」

「よかった!まだ生きてる!」


 咳き込む女の子を素早く抱き上げたグレンは、すぐさまあたりを見回す。女の子が助けを求めていた部屋は、すでに炎に包まれていた。登ってきた階段は論外である。グレンが炎に耐えられても、この少女には耐えられるはずがない。しかし、答えはすぐに見つかった。廊下の奥にガラス窓が見える。そこを突き破って外に飛び出せば、これくらいの高さは閃光少女の問題ではない。


「行くわよ!お嬢ちゃん、アタシにしっかり捕まっているのよ!」


 煙を吸って苦しんでいる少女に、時間の余裕はない。グレンが廊下を疾走し、ガラス窓に近づいた時だった。


「ああっ!?」


 突如天井が崩壊し、コンクリートと鉄筋がグレンに覆いかぶさったのだ。もちろん、本来なら近接格闘タイプの閃光少女が問題にするような重量ではない。だが、体力を消耗しているグレンバーンには、あまりにも重すぎる質量だった。


「そんな……!!もう後少しなのに……!!」


 グレンは、少女が押しつぶされないように覆いかぶさり、瓦礫の重量から彼女を守るのが精一杯であった。


(くそっ……くそおおおっ!!アタシは、どうして、こんなに弱いのかしら……!?)


 火はその間にも、激しさを増していく。だが、それとは別の、優しい光を見た気がしたグレンが顔を上げた。


(なにこれ……天使……?)


 光を放つ、背中に翼の生えた何者かが前方に立っている。


(そうか……やっぱり天使だ……ねえ、天使様。アタシ……天国とか地獄とか、そういうのよくわからないけれど。もしもそんな世界があるのなら、この子は天国へ連れて行ってあげてください。そのかわり、アタシは地獄へ堕ちてもかまいませんから……)


 グレンバーンは、そう祈りを捧げた。だが、天使と思われた人影は、とつぜん咳き込んだ。


「ゴホン!!ウエッホン!!」

(ちがう!天使じゃない!実体を持った人間……魔法少女だわ!)


 その魔法少女はこう名乗った。


「私は閃光少女のガンタンライズ!助けにきたよ!」


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