キツネにこんばんは
「ナワバリ……?」
あぐらをかいたままのグレンバーンが、目だけ動かしてライガーを見上げる。
「ナワバリって何?」
「なんだぁ、お前?そういうキャラ作りでもしているのかよ」
ライガーが呆れたように両腕を広げる。
「ここらは俺たちが仕切ってるんだ!よそ者がでかい顔してるんじゃあねーぞ!」
「わけがわからないわ」
今度はグレンが呆れる番であった。
「アタシたちの仕事って、悪魔を殺すことでしょ?誰がどこでなんて、関係無いわ」
「うーん……それはちょっと違うかな~」
そう言いながら弾むような足取りで歩いてきたのはクマネコフラッシュだ。
「たしかに私たちの仕事は悪魔を殺すこと。だけど、みんなで戦う場所を決めていた方が、効率がいいでしょ?もっとも、私たちは今『はじめまして』したばかりだから、仕方がなかったのかなー?」
営業スマイルを見せるフラッシュを、グレンは無表情で見つめ続ける。
「私の名前はクマネコフラッシュ。こっちはヤジンライガー。あなたの名前は知っているよ、グレンバーンちゃん。あなたの先代……グレンバルキリーさんとも一緒に戦ったこともあるのよ?私は、あなたとも仲良くしたいな~」
「そういうの、いらない」
「は?」
クマネコフラッシュの目元から笑みが消えていく。グレンはそれに気づいていないというより、まるでお構いなしだった。
「アタシが興味あるのは、ただ一つ。悪魔がどこにいるのか?……それだけ教えてくれたら十分よ」
「ふーん、そっかー!私、あなたのこと誤解してたみたいだねー。だったら……もっと『お話』しようかー?」
(あ、やべっ……!)
ライガーはそう思い、一歩さがった。グレンバーンはフラッシュを怒らせた。それを悟ったのは、いつも彼女のそばにいるライガーだけなのか。
いや、そうではない。
「わーっ!わーっ!」
そう叫びながら、一人の少女が空から降りてきた。青い奇術師の衣装をまとったその魔法少女は、青いトランプ型の結界に乗っている。フラッシュたちは、結界を張っていたのが彼女であるとすぐに悟った。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ほら、ダメじゃないか、グレン!クマネコフラッシュさんに失礼なこと言ってー!」
「えーっと……あなたは?」
「アケボノオーシャンです!」
そう名乗ってから結界使いの少女がペコペコと頭を下げる。
「本当に、グレンったら悪魔を倒すことしか頭になくて……本当になんてお詫びしたらよいやら!こら、グレン!君もフラッシュさんに謝って!」
「いいの!いいの!」
再び営業スマイルに戻ったフラッシュが手を横に振る。
「よーく考えたら……最近は悪魔の数が多いし。グレンちゃんにもいっぱい頑張ってもらえたら嬉しいかなーって」
無関心そうに二人の会話を聞いていたグレンが立ち上がった。
「なら、もう行きましょうオーシャン。まだ悪魔の気配を感じるわ」
「えーっ!?この流れでなんでそんな言い方するの!?もう!!」
せっかくフラッシュの機嫌がなおりかけたのにブチ壊しにされそうなオーシャンを、ライガーは同じ苦労を普段から味わっている身として気の毒に思った。だが、当のフラッシュは別のことが気になったようだ。
「ねえ、オーシャンちゃん?その手に持っているの、何?」
「えっ?」
アケボノオーシャンは、たしかに右手に何かを握っていた。
「そう、それ。一体、なぁに?私にも見せて?」
「これは……定期券だけど」
オーシャンが手を広げて見せると、電車の定期券が革製の定期入れに入っていた。血に汚れていることを除けば、どうというものでもなさそうに見える。
「どこで拾ったの?」
「その辺で」
「誰の?もしかして、悪魔が持っていたの?」
「さーどうでしょうねー?」
そらとぼけてみせるオーシャンだったが、急に声のトーンが低くなった。
「ところでフラッシュさん……どうして『拾った』って私に尋ねたのでしょうか?私の持ち物かもしれないのに。それに……悪魔が定期券を持つなんてことがあるんでしょうかね?こんな蛇の化け物みたいな奴が……」
「…………」
フラッシュが沈黙していると、グレンバーンがイライラした様子でオーシャンを呼んだ。
「オーシャン!早く来なさいよ!」
「あ、ごめんなさい、フラッシュさん!それでは、私たちはこれで失礼します!お邪魔しました!」
アケボノオーシャンがグレンの側に駆け寄り、二人はトランプ型の結界に乗ってその場を後にした。残されたクマネコフラッシュがライガーに尋ねる。
「ねえ、ライガーちゃん。アケボノオーシャンについて、あなた知ってる?」
「ああ、知ってる。見ての通り、強い奴を見たらペコペコして、金魚のフンのようにくっついていく……キツネみたいなヤロウだ」
「ふーん、そう……」
フラッシュがライガーに振り向く。凄みのある笑みを浮かべた表情を見て、ライガーがぎょっとした。
「でも、ライガー。気をつけないと、キツネは人を化かすことがあるわ」
フラッシュがそう口にしつつ、携帯電話を取り出す。
「何するんだ?」
「グレンバーンちゃん……かなりダメージを負っていたみたい。きっと毎晩、ああして悪魔を殺し続けているんだよ。だから、ヒーラーのみんなに連絡してあげないと、ね?」
その言葉の本当の意味を察したライガーが笑った。
「ははっ!きっとそうだぜ!さすが、姉御は優しいなあ!」
それから数分後。
やがて通話を終えたフラッシュはライガーに告げた。
「さ、私たちはもう帰りましょ?後は私たちのかわいい後輩たちが悪魔を始末してくれるよ」
「ああ」
フラッシュとライガーはその場を後にした。
そして数時間後、糸井邸。
二階の部屋では、糸井アヤが窓の鍵を開けて待っていた。やがて、それをそっと開けてクマネコフラッシュが中に入る。
「おかえり、ユリちゃん」
「ただいま、アヤちゃん」
アミーゴでの一件以来、アヤは閃光少女としての活動をやめてしまっていた。何も知らない他の魔法少女たちは、ガンタンライズは死んだと思っている。彼女の秘密を知っている魔法少女は、クマネコフラッシュこと石坂ユリだけだ。
逆に、アヤは知らない。クマネコフラッシュが、今や城南地区の閃光少女を支配している裏のボスであることを。そんな彼女であれば回復役のヒーラーに事欠くわけがないのだが、今夜もまたユリは傷ついた自分の腕を差し出した。
「今日は悪魔を追いかける時にガラスで切っちゃって。アヤちゃん、お願いできる?」
「うん」
そうやってアヤが光る掌を傷へ押し当てると、ユリの腕についた傷はみるみる塞がっていった。
「ありがとう、アヤちゃん」
「私、これくらいしか貢献できないから……」
そう言ってアヤがもじもじするのは、自分の不甲斐なさを感じていることだけが原因ではない。ユリは紫色の魔力回復薬をアヤに渡した。これが無ければ、アヤは眠ることができないのを知っているのだ。
「ねえ、ユリちゃん。本当に、私って必要なのかなぁ……?ユリちゃんなら、自分の薬で回復できるんじゃない?」
「もう!前にも言ったでしょ、アヤちゃん?たしかに魔法薬でも回復できるけれど、薬には副作用がつきものよ。そういう不安要素無しで回復させてくれる、アヤちゃんは今でも、私の戦友だよ」
ユリはアヤを抱きしめた後、すぐに窓から出ていった。学校はまだ冬休みに入っていないので、ユリは寮に帰らなければならないのだ。
(今年もクリスマスが楽しみ……)
ユリはその日を楽しみにしている。アヤの父である、糸井コウジに甘えることができるその時を。
同じ頃、結界に乗って城南の空を飛ぶアケボノオーシャンは、同乗者であるグレンバーンに小言を浴びせていた。
「気をつけなきゃ、グレン!クマネコフラッシュは城南地区の顔役なんだ。睨まれたら、ここにはいられなくなっちゃうよ」
「関係ないわよ、そんなの」
グレンは頭を押さえながらそう口にする。さっき自爆した影響で、グレンは少し音が聞き取りにくくなっていた。肉体的なダメージも少なくはない。
「アタシはただ、悪魔を殺したいだけよ」
「ならもっと賢く立ち回らないと。無駄に敵を増やしてちゃ、悪魔への復讐も難しくなるじゃないか」
「なら、なんであんたはアタシについてくるの?」
「へ?」
「アタシなんかをフォローするのって、あんまり賢い立ち回りとは思えないわ」
「……アッコちゃんの、そういう打算で動かないところが好きだからかな」
「?」
グレンは首を傾げた後、ごしごしと自分の耳をこすった。
「ごめん、オーシャン。今なんて言ったの?」
「なんでもない!」
夜はまだ長い。できれば、今夜は悪魔が大人しくありますように!と祈るアケボノオーシャンであった。




