魔王にこんにちは
アルビノという症状はチドリも知っていた。生まれつき体の色素が少ないと、肌は白く、目が赤く、髪は銀髪のようになる。数年前にチドリが見たテレビアニメのヒロインがアルビノだったので、知っているのだ。
だが、現実で見るのは初めてだし、一度見たことがあれば絶対に憶えているはずだとチドリは思う。そんなチドリの頭に最初に浮かんだのは、
(誰?)
だった。そんな疑問を察してか、青年が自己紹介を始める。
「そうだね、最後に見た時の君は赤ちゃんだったから、憶えていないのも無理はないよ。僕の名前は、ダンテ」
(え?外国人?)
その割には流暢な日本語を喋っているとチドリには聞こえた。
「いや、でも、そうだな……君の名前が本郷チドリなのだから……」
ダンテと名乗った青年が仏壇に置かれた金色の香炉をヒョイと持ち上げる。その香炉には、龍を模した飾りがついていた。
「僕の名前は本郷リュウ、ということにしようかな」
「…………」
「言葉通じてる?」
「えっ」
そう聞かれてやっとチドリが声を出した。たしかに、彼女は今のところ一言も喋っていないのであるが、そもそもわけがわからない。
「なんというか……言葉は通じているけれど、話が見えないというか……」
「なら、よかった。日本語は人間の言葉の中でもウルトラ難しいから、自信がなくてね」
「はあ……」
チドリはとりあえず、自分の疑問を並べてみることにした。
「あなたは私の何なのですか?どうして私の名字に合わせると?それに、そもそも私に何の用でしょうか?」
「質問は一つずつしてくれ……と言いたいところだけれど、それを全て一言で解決する日本語を僕は知っているようだ」
ダンテ改め本郷リュウが愛おしそうに龍の香炉を撫でる。
「僕は、君の父親だ」
「は?」
チドリは、目の前の男は気が狂っているのではないかと思った。あまりにも若そうに見えるからだ。20歳そこそこの青年が15歳のチドリの父親を名乗るには、小学生にして父親になったと解釈する必要がある。チドリが突然大声をあげた。
「あーっ!!」
「おや、何か心当たりでも思い出したのかい?本郷チドリ」
「ちがいますよ!何やってるんですか!?」
「何って?」
本郷リュウの手元にあった香炉から、龍の飾りだけ取れてしまっていた。どうやら手でもてあそんでいるうちに外れてしまったらしい。
「まあ、落ち着きなよ、チドリ」
「あ、はい」
チドリが急に静かになる。
「この龍が取れると、何か問題があるのかい?」
「問題って……だって、それ壊れちゃったってことですよね?壊しちゃダメじゃないですか。弁償しないといけなくなりますよ?」
「弁償?つまり、これを買いなおすお金を払うって意味だよね?」
チドリには、こうした香炉の相場はわからないが、古くからあるものだけに価値が高いのではないかと話した。その説明を聞いたリュウが頭を掻く。
「まいったなぁ。僕はお金を持ってはいない」
「でも、このままじゃ済みませんよ。お寺の人がすぐに気づくから」
「壊れていると弁償しなくちゃいけない。なら、壊れていなければいいんだね?」
「そうですけど……えっ?」
リュウの掌が光り、次の瞬間には香炉は元に戻っていた。チドリはその光に見覚えがある。
(回復魔法!)
閃光少女ガンタンライズが、チドリやシロウの怪我を治した時に使った魔法と同じなのだ。それが物も直せることは、破損したバイクをライズが直してみせたことからもわかっている。チドリはすぐにリュウに背を向け、その場から走って逃げようとした。すぐ側にいる男が魔法少女で無ければ、その正体は一つしか考えられない。
「待ってくれないかな、チドリ」
そのリュウの言葉でチドリの足が止まる。チドリが振り向くと、リュウは香炉が再び壊れないようにと、仏壇に戻しているところだった。
「君が想像した通り、僕は悪魔だ」
「どうして悪魔って……いつもそうやって……そうやって……!」
チドリの顔が怒りで歪む。なにしろ、シロウの母親を名乗る悪魔に襲われたのは、つい昨夜のことだ。目の前にいる男は、きっと同類に違いないとチドリは思う。
「そうやって人間を虐げて、何がしたいんですか!あなたたちは!」
「さっき言ったはずだ。僕は君の父親だと。父親が娘に会いに来るのに、それ以上の理由はないと思っていたんだけどね」
「嘘だ!!あなたが父親だなんて、そんなこと!!」
「どうか、信じてほしい」
「…………うん」
チドリが素直にうなずいた。
「とりあえず、ここに来て座りなよ。そこでは僕から遠すぎる」
青い顔をしたチドリは、リュウに勧められるまま彼の前にある座布団にあひる座りをした。リュウもまた、そんなチドリの前に腰を降ろす。
「私が……悪魔の子ども?そんな……私は、人間じゃないの?」
「君は人間だ」
「えっ?」
リュウの言葉は、さらにチドリを混乱させる。
「でも、あなたの娘だって」
「それも事実」
「ならやっぱり……!」
「ところで、チドリ。さっきから、君が僕の言うことを素直に従っている事に疑問を感じないかい?」
「…………そういえば」
チドリは今さらになって、自分自身を奇妙に思った。「落ち着け」とリュウに言われると急に静かになり、「待って」と言われて逃げるのをやめた。その上、彼が「父親だと信じてほしい」と頼まれたら、疑う心が消えたことに、疑う気持ちすら芽生えていない。
「それは君にかけられた呪いだ。君は、僕の言うことに逆らうことができないんだ」
チドリがショックを受ける。それが本当なら、これからリュウに何をされようと、チドリは抵抗できないことになるからだ。
「そんな……ひどいよ。あんまりだよ……どうして、そんな酷いことを平気でできるの……?」
「そうだね、君にはそれを知る権利があると思う。理由を話そう」
リュウが涙目のチドリを覗き込む。
「怖いのかい?」
「どうか『怖がらないで』と言わないでください……」
今のチドリには、この恐怖さえかき消されることの方が恐ろしい。
「わかった。じゃあ、話をしよう。あれは1984年の、雪が振っていた夜のことだ。場所は本郷寺で……あ、そうだ」
リュウが思い出したようにポンと手を叩いた。
「これは話の前提になることなんだけど、僕はみんなから『魔王』って呼ばれている」
チドリの顔が余計に青くなったのは言うまでもない。




