育て屋稼業にこんにちは
アヤとユリの二人は電車に乗って移動を始めた。車内で、ユリが自分の身の上話をする。
「えっ!ユリちゃんのお父さん、亡くなっちゃったの!?」
「アヤちゃんと別れてからすぐの事だったなぁ……」
ユリが遠い目をした。
「自動車の事故で。どういうわけか、トラックに激突されて……ね」
「それは……ごめん、全然知らなかった」
「アヤちゃんが謝ることじゃないよ」
ユリは困ったように笑う。
「それに、トラックのドライバーからは慰謝料をもらったし、お父さんの生命保険ももらえたから、お金には困ってないもの」
「いや、でも……生活はどうしてるの?」
「学校に住んでるよ」
「?」
アヤは、すぐにその言葉の意味が理解できなかった。そういえば、ユリの着ている制服はアヤのそれとは違う。というより、見たことが無いタイプだった。
ユリの説明によると、彼女は今、私立の中学校に通っているそうだ。女子だけを対象にした中高一貫の、キリスト教系のミッションスクールである。ユリはその学生寮に住んでいるという。もう少し厳密に言えば、生徒は必ず学生寮で暮らさなければならないというルールがあるのだ。
「あー、その学校の名前だけは聞いたことがあるよ。でも、頭が良くないと入れないって聞いたよ?」
「そりゃあ、勉強を頑張ったもの」
「ユリちゃんはやっぱりすごいなー」
アヤは、ユリから算数の宿題を教えてもらった夏休みを思い出す。
「でも、学校の中は堅苦しくて嫌。だから、今日はアヤちゃんといっぱい遊びたいの。いいでしょ?」
「いいよ!」
電車を降りた二人は、駅前にある巨大な総合スーパーへと入っていった。中高生たちの娯楽の中心はそこだ。食品売場や本屋。ホームセンターも同じ建物内にある。そんなのは、アヤたちにとってそれほど重要でもない。嬉しいのは、おやつを食べられるフードコートや、携帯電話に付けられるアクセサリーを販売している雑貨屋。そして何より、ゲームセンターである。
ユリがとある筐体の前で目を輝かせた。
「うわーっ!話には聞いていたけれど、これがプリクラなんだー!」
ノレンのついた、人間の背丈よりも高いその機械は、シール付きの小さな写真を撮ることができた。正式名称を『プリント倶楽部』という。1999年の女子中高生たちに人気だったのは、その機械で友だちと写真を撮ることであった。100円硬貨を投入してボタンを押せば、すぐに撮影開始だ。
「あはははは!」
アヤも楽しそうに、機械から出た写真を眺めた。アヤとユリが笑顔で並んだ写真には、花柄のフレームと『ずっと友だち!』という文字で装飾されている。
「ユリちゃんも可愛く撮れてるよ!」
「いいでしょ!」
アヤとユリは早速、そのシール付きの写真を自分たちの携帯電話に貼り付けた。こうすることが一種の流行なのだ。アヤの携帯電話には、他にもシールが貼ってある。だが、ユリの携帯電話にとっては、それが初めての一枚だ。
その後、フードコートでクレープをアヤと共に頬張りながら、ユリが言った。
「やっぱり城南地区に来て良かったよー」
「後でカラオケにも行こうよ!」
「うん!いいね!」
ユリにとっては、色々な物が珍しく、楽しい。
「私がいた田舎とは全然違う。あっちは、全然面白くなかった」
「そうかなー?私は田舎も好きだったよ?」
「それはアヤちゃんが、こっちの暮らしを知っているからだよ。私は全然、田舎は楽しくない……」
「そ、そうなのかなぁ……」
ユリの表情が陰ったように見えて、アヤの口調もぎこちなくなる。だが、ユリはすぐに笑顔に戻って、アヤを安心させた。
「私、カラオケも初めて!いろいろと教えてね!アヤちゃん!」
「う、うん!」
総合スーパーから出たアヤたちは、カラオケボックスを目指して歩き出す。ユリがすぐに看板を指さした。
「ねえ!あそこにカラオケって書いてあるよ!行こうよ!」
「あそこはダメ」
「えっ、なんで?」
「なんというか……」
アヤが小声でユリにささやく。
「不良の子がいるから」
「……べつに、いいじゃん。私たち、魔法少女なんだよ?」
「あの……その……」
普段のアヤが乱暴者を嫌いそうなのはわかるが、暴力の化身のような力を持つ魔法少女が、いわゆる不良を恐れる理由がユリにはわからなかったのだ。次のアヤの言葉を聞くまでは。
「その子も、魔法少女だから」
「……ふうん?」
「あんまりユリちゃんには知ってほしくなかったんだけど、閃光少女の中にも、悪い子はいるの。そういう子も、悪魔を倒してくれるんだけど……私は関わりたくない」
「悪い子って、どんな風に悪いの?」
「自分の事しか考えていないっていうか……」
ユリは興味深そうに、そのカラオケボックスを見つめ続ける。
「ね?だから、他へ行こうよ」
「今はそうしておこうかな……」
「え?」
「なんでもないよ!さあ、行こう!」
ユリはそう言って再び元気よく歩き始めた。そんなユリを見てどうして胸騒ぎを覚えたのか、この時のアヤにはまるでわからなかった。
一方その頃。
本郷チドリは人気の無い山道をひたすら登っていた。彼女はユリが想像した通り、山にある寺を目指しているのである。その名を、本郷寺という。チドリが本郷という名字を名乗っているのは、彼女がかつて、この寺に捨てられた赤子だったからだ。
山門へと到着すると、一人の老僧がそこに立っていた。老僧は事情を把握しているらしく、チドリを見つけるとすぐに声をかける。
「やあ、チドリちゃん」
「こんにちは」
「おばさんなら、本堂の前で君を待っているぞ」
「はあ~」
チドリが大きなため息をついたので、老僧は困ったように笑った。
「おいおい、そうあからさまに嫌がることもあるまい。お前たちの仲が悪いのはよく知っているが、仮にも育ての親じゃないか」
「……その育て方が問題だと思います」
チドリは渋々、老僧の口にした場所へと歩いていく。チドリの養母は、たしかにそこにいた。縁側に腰をかけている、一人の尼僧である。40歳はとうに超えているが、頭巾から覗くその顔は若々しく、肉付きの良い豊満なシルエットは法衣でも隠しきれないようだ。ただ、背丈はチドリと同じくらい低い。先に口を開いたのはおばさんの方だった。
「遅かったじゃないか。人をいつまで待たせているんだい」
「学校に電話して勝手に呼びつけておいて、遅いも何もないよ。来てくれただけでも、ありがたいと思いなよ」
お互い、毒舌に遠慮がない。おばさんが立ち上がり、チドリに早足で近づく。
「親に向かって、なんて口のきき方だろう」
おばさんの縦拳突きが飛んだ。それを寸前で躱しながら、チドリも反撃の突きを放つ。何度か拳足を打ち合ったところで、チドリの方から距離をとった。それはいわゆる、師弟が久しぶりに再会した時にやる「弟子よ、まだまだ甘いな」というような、実力を確かめる儀式だとチドリが気づいたからである。澤山流拳法。それが、おばさんがチドリに仕込んだ古武道だ。
「腕はそれほど落ちていないようだね、チドリ。もっとも、あたしが育てた中じゃあ、あんたは2番目ってところだが」
「だったら、何でもその1番目の子にやってもらえばいいじゃない。私なんかにかまわないで」
「その才能を捨てて、孤児院で一生おままごとをして終わる気かい?なんていう親不孝者だろう」
「あなたを親だなんて思っていない」
「あたしも、あんたの事をまだ自分の子どもだとは思っていないさ」
「まだ?」
チドリが聞き捨てならないとばかりに、吐き捨てるように言った。
「前にも言ったでしょ?私は、あなたの仕事は絶対に継がないって……いつになったらわかってくれるの?村雨ツグミさん」
チドリは、あえて他人行儀な口調でおばさんの通り名の一つを口にした。
村雨ツグミ。
職業は、殺し屋。そして、育て屋。
身寄りの無い子どもを引き取り、そして殺し屋に育て上げるその仕事こそがチドリを作り、そしてチドリが村雨ツグミを嫌う最大の理由でもあった。
ツグミが憎らしそうにチドリを睨みながら再び口を開く。
「今日はあたしの仕事の都合で呼び出したわけじゃない。あんたに会いたいって奴がいるんだよ」
「おばさんの仕事の関係者なら、会わないよ」
「あたしの仕事とは関係ないって言っただろ。それに、あたしと関わりのある奴じゃない。どちらかというと、チドリ。あんたの方と関わりが深いのさ」
「私と?」
戸惑うチドリをツグミが一喝する。
「そいつは辛抱強いタイプじゃないから、早く行きな!」
ツグミが顎で本堂の中を指した。そこにチドリを訪ねてきた人物がいるというのだろう。正直なところ、チドリは自分の関係者が会いに来たと聞いた今でさえ、気がすすまなかった。それでもわざわざ本郷寺に出向いたのは、ツグミに孤児院へは絶対に来てほしくないからである。
(相手の気を済ませて、さっさとアモーレに帰ろう)
チドリはそう思い、本堂の中に入った。件の人物は、仏壇の前に立っていたのですぐにわかった。男性のようである。だが、その人物がチドリの関係者であるというツグミの言葉は、絶対に何かの間違いだと思った。
「久しぶりだね、本郷チドリ」
アルビノの青年は振り返りながらそう言うと、親しげな笑みをチドリに向けた。




