心強さにおやすみなさい
「行け!熊ちゃん!猫ちゃん!」
『ピ!』
クマネコフラッシュの指令に反応し、二つのぬいぐるみが飛んでいく。彼らはハサミライオンたちの周りを飛びかいながら、両目からレーザー光を発射した。
「ルギャッ!?」
次々とレーザーで撃ち抜かれたハサミライオンが、悶絶しながら倒れていく。グレンバルキリーは、槍を死体から引き抜いたガンタンライズへ声をかけた。
「アタシたちもまいりましょう!」
「うん!」
「はあああああっ」
グレンバルキリーの背中から6本の細い羽が伸びる。羽の先端をなぞるように日輪が浮かび、バルキリーの向かい合わせた両掌の間に火球が生まれた。それをドッジボールのように構えたバルキリーが、悪魔の集団へ狙いを定める。
「おらああっ!!」
バルキリーが投げた火球がハサミライオンの一体を業火で焼き、そこから広がる爆発が集団を吹き飛ばした。
「一匹たりとも逃しはしないんだから!」
『ピピ!』
集団から少しでも孤立した個体は、クマネコフラッシュのぬいぐるみたちがレーザーで撃ち抜いていく。その状況下で、ガンタンライズはとあるハサミライオンに目をとめた。
「タタカえ!!逃げるな!!殺せ!!」
そう仲間たちに命令するハサミライオンは、モヒカンのような黒いたてがみが頭に生えている。
「あいつがリーダー!!」
そう思った時には、ガンタンライズはすでに槍投げの体勢で構えていた。魔力を集中させた槍からまばゆい閃光がほとばしる。
「どらあああああっ!!」
「ナッ!?」
ライズの手から離れた槍が一直線にリーダー格のハサミライオンへと飛び、彼の心臓を貫いた。
「バカナーッ!!」
最後にそう叫んだハサミライオンは、体が徐々に光の粒へと変わり、やがて飛び散って消えた。
そこからは、ハサミライオンたちにとって散々だった。統率を失った群れは、ある者は逃げようとする。しかし、背中を見せた瞬間、クマネコフラッシュが頭か心臓をレーザーで撃ち抜いた。かといって立ち向かえば、そこには不動明王のように燃えるグレンバルキリーが待っている。悪魔を死体の山へと変えた魔法少女の二人は、空から辺りを警戒するガンタンライズを見上げた。
「もう悪魔はいないみたい!」
そう言って空から降りてきたライズは、クマネコフラッシュの両手を握った。
「ありがとう!フラッシュちゃん!おかげで助かったよ!」
「そうですね。アタシたちだけでは、万事休すでした。お礼を申し上げます」
とバルキリーも同調する。
「いいよ!いいよ!閃光少女は助け合いでしょ?」
「ところで、フラッシュちゃん……私のこと、知ってるの?」
「そこはほら……」
フラッシュがバルキリーの顔色をうかがう。バルキリーは、何が言いたいのかすぐにわかった。
「ライズさん、淑女協定ですよ。お互いの正体はみだりに口にしてはいけません」
「そ、そっかー!でも、すごく気になるよ」
フラッシュが笑う。
「大丈夫だよ。私、近い内にまたライズちゃんに会うと思うわ。楽しみにしててね!……バルキリーさん、どうしたの?」
「いえ……」
グレンバルキリーがキョロキョロと辺りをうかがう。
「何かまだ……いるような気がして」
「悪魔が?心配し過ぎだよバルキリーちゃん!私もさっき空から見たじゃない!」
「そうですね。杞憂だといいのですが……」
フラッシュは黙ってその会話を聞いているだけだ。だが、ライズの背中がパックリと裂けているのを見て慌てた。
「ライズちゃん!その傷!」
「あっ!そうだ!さっきハサミで切られたんだ……ああー思い出したら、すごく痛くなってきたぁ……」
「ほら!これ!」
ライズはフラッシュから渡された、青色の液体の入った瓶をしげしげと見つめる。
「これは?」
「回復薬だよ!ライズちゃん、まだ自分の怪我は治せないんでしょ?」
「これを飲めば治るの?」
「そうだよ。ほら、グイッと……」
ライズは言われた通り、瓶の液体を飲み干した。体に活力がみなぎってくる。ライズ本人からは背中の傷は見えないが、サムズアップをするフラッシュを見て結果を悟った。グレンバルキリーは、すっかりフラッシュに感心したようだ。
「遠距離からの十字砲火能力に加えて、魔法薬の調合もなされるのですね。あなたのような閃光少女がいてくれて、とても心強く思います」
「ありがとうございます、バルキリーさん!これからも一緒に悪魔と戦いましょう!」
3人の魔法少女は互いに握手を交わし、三者三様のルートでその場から去っていった。空を飛んで帰るガンタンライズがしきりに首をひねる。
(あのクマネコフラッシュって子……私のことをよく知っているみたい……本当に誰なんだろう?城南地区で、私、変身するところを見られたことなんて一度もないはずなんだけどなー?)
実は、ガンタンライズ/糸井アヤもまたクマネコフラッシュをよく知っているのだ。しかし、魔法少女の服装が、強力な認識阻害魔法で着用者の正体を隠し続ける限り、アヤがフラッシュの正体を知るのはまだ先のことである。
孤児院アモーレ。
その敷地へ、チドリとシロウを乗せたバイクがそろそろと入っていく。すでに、夜の11時を過ぎていた。アモーレの子どもたちは自分たちの判断で消灯したようである。
「じゃあ、シロウ君も。おやすみなさい」
「うん、おやすみ、姉ちゃん」
チドリはシロウを先に入らせ、自分はガレージにノゾミのバイクを片付けた。このバイクに、ノゾミが乗ることは二度と無い。その事実がチドリの心を打ちのめしていた。
アモーレの食堂。
チドリは机に座ってボーっとしていた。どうしても、自分の部屋へ戻る気になれないのだ。やがてチドリは机に突っ伏して一人、泣く。
「ノゾミ先生…………先生…………!」
誰かが食堂の冷蔵庫を開ける音をチドリは耳にした。チドリは机に伏せたまま、誰にも涙を見せまいとする。音の主はやがて台所へ行き、ガスコンロの火をつけた。
シロウである。彼は水で満たした鍋に冷凍うどんを入れ、そっとかき混ぜた。ふと、後ろを振り向く。
「姉ちゃん……」
チドリである。目を赤くした彼女は、台所の戸棚から醤油やみりん等を取り出し、自らも調理を始めた。
やがて、ネギだけが入ったうどんができあがった。二人は黙ってそれを食べ終わると、シロウの方から口を開いた。
「……元気でた?」
「うん……ありがとう」
チドリはそう言って、なるべく笑みを浮かべようとする。
「さ、もう寝ようか」
「うん」
チドリの寝室は二階だ。階段で別れる間際、シロウがチドリを見上げて宣言する。
「俺……ちゃんと強くなるから……お姉ちゃんを守れるくらい、強くなるから……!」
「……その時が来るのを、楽しみにしてるね」
チドリはやっと、本当の笑顔を浮かべた。




