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熱い血潮にこんばんは

 それから数十分後。

 ノゾミのバイクは城南地区の孤児院アモーレに向けて走っていた。後部座席にシロウ。そして運転しているのはチドリだ。


「お姉ちゃん、バイク乗れたんだね」

「うん」


 無論、違法である。チドリは今年で15歳なのだから、本来なら原付きバイクにも乗れない年齢だ。さすがにあまりスピードは出さないでいるが、苦手なミッション操作もなんとかこなしている。


「私を引き取って育てたおばさんがね」


 とチドリ。


「私に色々と仕込んだの。車の運転とか、バイクの乗り方とか……格闘技と…………銃の撃ち方」

「銃の撃ち方?」

「ねえ、シロウ君。今聞いたことは、アモーレのみんなには内緒にしてほしいの。それに、今夜起こったことも」

「……うん」


 ノゾミはやはり死亡していた。ハサミライオンに襲われた橋から去る前に、チドリがガンタンライズに懇願していたのを、シロウが回想する。


「お願い!ノゾミ先生を生き返らせてください!さっきの魔法で!」

「ごめんなさい、チドリちゃん」


 ライズは心底申し訳無さそうに答える。


「一度死んでしまった人間は、どんな魔法を使っても生き返らせることはできないの」

「そんな……でも、ノゾミ先生をこのままにはしておけないよ!」


「燃やします」


 そう横から口を挟んだのはグレンバルキリーだ。


「燃やす!?」

「はい。彼女をこのままにしておいては、警察はあなたたちを殺人犯として追うことになるでしょう」

「ちがう!殺したのは悪魔なのに!」

「もちろんそうですが、悪魔や魔法少女の存在は法的に認められていません。残酷な言い方をする事を許してほしいのですが、遺体さえ見つからなければ、ノゾミさんは行方不明者として扱われます」

「……なら、せめてお墓を」

「それもダメです。証拠を残すことになりますから……ごめんなさい」


 もちろん、他言することも許されない。せめてもの慰めとして、ガンタンライズはノゾミに回復魔法をかけ、その傷を治した。


「まるで眠っているみたい……」


 そう口にしたのはシロウだ。チドリが彼の肩に触れる。


「さぁ、ノゾミ先生にお別れを言おう」

「うん…………さようなら、ノゾミ先生」


 やがてグレンバルキリーがノゾミの体を抱き上げ、何処かへと持ち去る。ガンタンライズはチドリたちの側に付き添っていた。やがて静寂が訪れると、シロウは泣いた。チドリも声を押し殺して泣いた。ガンタンライズはそんな二人を抱き寄せると、彼女もまた静かに涙を流した。


 やがてグレンバルキリーが、ごしごしと目をこするライズの元へ戻ってきた。だが、チドリたちの姿が見えない。


「あの二人はどうしたんですか?」

「帰ったよ」

「歩いてですか?」


 ライズは首を横に振る。


「ノゾミさんのバイクを私が回復魔法で直して、それで」

「大丈夫なのですか?」

「私もビックリしたけれど、チドリちゃんって子、バイクに乗れるみたいなの」

「いえ、そうではなく……」


 バルキリーが心配しているのは、チドリの運転技術のことではない。ましてや、法律上の問題でもなかった。違法というならば、閃光少女としての活動はほとんどが何らかの法律に抵触している。問題は他にあった。


「さきほど殺したハサミの悪魔。彼女の仲間が、あの二人を狙うのではないでしょうか?」

「それも、大丈夫だよ。むしろ、あの二人は私たちから早く離れる必要があった」

「……ハッ!」


 ガンタンライズの言葉の意味を、グレンバルキリーはようやく気づいた。悪魔の気配を。ハサミライオンと同じタイプの悪魔の群れが、橋の両端からバルキリーたちに迫っていることに。


「なるほど。次のターゲットはアタシたちになった、ということですか。仲間の仇討ちに来るとは、殊勝な心がけです」


 バルキリーは再び、腰のロングソードを鞘から抜き放った。ガンタンライズもまた、光る槍を構える。その背中が震えているのを見たバルキリーは、彼女の肩を叩いた。


「ライズさん。あなたは回復術士ヒーラーです。無理に立ち向かう必要は……」

「私……怖くて震えているわけじゃあないよ、バルキリーちゃん」


 ライズがそう応える。


「私、今すごく嬉しいの。閃光少女であることが……あいつらと戦う力があることが……一匹残らず、この手で地獄に叩き落せることが……!」


 鋭い目線のライズが口だけでニッコリと笑ってみせたとき、ただ愛らしいだけと思っていた彼女に、ここまで熱い血潮があったのかとバルキリーは驚いた。


「武者震いですか」


 ガンタンライズは、何の罪もないチドリたちを不幸のどん底に叩き落した悪魔への怒りを抑えられないのだ。そして、グレンバルキリーも気持ちは同じである。


「許してください、ライズさん。どうやら、アタシはあなたを見くびっていたようです。ええ……やりましょう!こいつらを、アタシたちの手で地獄へ!」


 そう口にするバルキリーのロングソードが炎に包まれた。彼女は炎の魔法少女なのである。普段は周りへの被害を考慮して要所でしか使わないが、今なら何も問題はない。


「チドリさんたちはもう避難している。それに、ここは鉄筋コンクリートで造られた橋の上。全力の炎をお見せいたしましょう!そして、アタシたちに戦いを挑んだことを後悔させてやります!」

「どらあああああっ!!」

「はああああああっ!!」


 咆哮をあげるガンタンライズとグレンバルキリーは、それぞれが橋の両側にいる悪魔たちへ向けて駆け出した。


 その間、何も知らないチドリは川沿いのバイパスを通り、アモーレへバイクを走らせ続けていた。しかし、徐々に減速してバイクを路肩に停めた。


「どうしたの、お姉ちゃん?」

「シロウ君……」


 チドリは川を見つめながら口にする。


「もしかしたら、私の見間違いかもしれないけれど……さっき、川を誰かが走っているように見えたの」

「川を走る?」

「というより、水面を走っていたように見えた」


 夜の闇は深く、二人が改めて川に目を凝らしても何も見えない。


「お姉ちゃん、きっと疲れているんだよ」

「……そうかもしれない。でも、もしかして本当に居たとしたら、水面を走るなんて普通の人にはできないよ。もしもできるとしたら、閃光少女とか……魔女とか……」


 もしかしたら、この川はグレンバルキリーが戦った橋まで続いているのではないか?


(もしも閃光少女と、悪魔の味方をしている魔女が出会ったら、どうなるんだろう?)


 チドリは妙な胸騒ぎをおぼえたが、シロウの安全を確保するのが最優先だと思いなおし、再びバイクをアモーレに向けて走らせた。


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