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成敗!!ハサミにさようなら

 ぎゅっと目をつぶっていたチドリが恐る恐る目を開く。


(飛ん……でる!?)


 チドリに後ろから抱きつかれたままのシロウも異変を感じて目を開いた。


「あっ!お姉ちゃんの後ろに!誰!?」


 チドリも気がついている。誰かが、川に落ちそうになった自分たちを抱えて、空を飛んでいることを。そんな事ができる存在は、この世に二つしかないだろう。悪魔か、さもなければ……


「間に合って良かったぁ!二人とも、無事だね!」

「あなたは!?」

「閃光少女!」


 薄紫色の光を放つ翼をはばたかせながら、その少女が答える。


「親愛なるみんなのお友達、ガンタンライズだよっ!私たちが来たからには、もう安心して!」

()()()?あなた、今そう言った?」


 チドリは今になって、やっと音楽が鳴り続けていることに気がついた。


 橋の上では、ハサミライオンがキョロキョロと辺りを見回している。先ほどからずっと、アコースティックギターの旋律が響いているからだ。


「ダレだ!?ドコだ!?ドコにいる!?」


 ハサミライオンが必至に音の出所を探っているのには理由がある。悪魔たちにとって、それは不吉なメロディーとして有名なのだ。やがて、ギターの音色が止まる。


「…………ハッ!?」


 ハサミライオンが、ノゾミが倒れている方へ顔を向けた。誰かがそこにいる。ギターを背負った少女はノゾミの首筋に当てていた手を離して立ち上がると、ハサミライオンへ向かって歩き出した。その顔は、橋を照らすナトリウムランプの逆光で暗くなり、見えない。しかし、その体から放たれる怒りのオーラは隠れようもなかった。


「子どもは人間の宝……未来への希望。子が親を思う気持ちを利用し、そのかけがえのない未来を奪おうとする鬼畜の所業……断じて許すわけにはまいりません!」

「誰だ、お前は!?」

「アタシはお前を倒す者。悪魔がいる所に必ず現れ、悪魔の企みを粉砕する戦士……閃光少女!」


 ハサミライオンに迫る少女の右手に、赤い宝石のついた指輪が出現する。


「そうか!お前か!お前がワタシたちのナカマを次々と殺しているんだな!」

「あなたにもお見せしましょう!グレンバルキリー!!」


 そう叫ぶや、少女の体が赤い炎に包まれた。やがて、炎の中から紅蓮の戦士が現れる。真紅のドレス風になっている洋式甲冑でその身が覆われ、左腰には銀色のロングソードがきらめく。変身を完了したグレンバルキリーは腰のロングソードを抜くと、それを十字架のように胸の前に捧げ、祈るように目を閉じた。


「キサマの血でナカマたちの弔いをしてやる!」


 そう叫んでハサミライオンがバルキリーに突進すると、目を開いたバルキリーが刃をハサミライオンへ向けた。


「いざ参ります!」

「ルゥオアアッ!!」


 バルキリーのロングソードと悪魔のハサミがぶつかり合い、飛び散る火花が橋上に閃いた。


 バルキリーが口上を述べている間に、ガンタンライズは橋の上にチドリたちを降ろした。空中にいる時はよく見えなかったが、改めてガンタンライズを間近でみたチドリが、その愛らしい姿に思わずつぶやく。


「かわいい。天使みたい」

「えへへ、ありがとう!」


 チドリから見ると、なんだか緊張感が無さそうに見える閃光少女だ。だが虚空から、光りを放つ無骨な槍を取り出したガンタンライズを見て考えを改める。ああ、彼女も戦士なんだな、と。しかし、どういうわけかその槍をチドリたちに向ける。


「えいっ」

「「!?」」


 ライズに槍を突きつけられたチドリとシロウの二人が一瞬困惑するが、もっと驚いたことに、槍の先から出る優しい光が、二人の怪我を治していった。シロウはバイクから転がり落ちた時の擦り傷が塞がっていき、チドリも、ハサミライオンに投げられたり、タクシーを衝突させた時にできた打ち身のあざが消えていく。不思議と、胸のドキドキまでおさまっていくようだった。


「回復魔法だよ!もう大丈夫だね!」

「ありがとうございます、ガンタンライズさん」

「ライズちゃんでいいよ!」


 そう気さくに答えるガンタンライズが動こうとしないので、かえって心配になったチドリが尋ねる。


「あの……ライズちゃん。あなたは戦いに行かなくていいの?」

「私は、あなたたちの護衛。もしかしたら、あの悪魔の仲間がいるかもしれないし。それに」


 ライズがバルキリーたちの戦っている方へ顔を向ける。


「あの程度の悪魔なら、バルキリーちゃん一人で大丈夫だから」

「あの程度……?」


 チドリは自分の耳を疑った。聞き違いでなければこの愛らしい閃光少女は、銃撃をものともせず、警官たちを血祭りにあげ、自動車を横転させるパワーを持ったハサミライオンを『あの程度』と評したことになる。


「ルゥオアアアアッ!?」


 だが事実として、聞こえてきた悲鳴はハサミライオンのものだった。残っていた右目を、バルキリーの突きで潰されたのだ。視覚を失ったハサミライオンが、めちゃくちゃに右手のハサミを振り回す。もちろん、それに当たるようなバルキリーではない。


「あまつさえ、身寄りのない子どもたちの保護者を己の都合で手にかけるとは……!」


 バルキリーの剣が閃き、橋上にボトリと何かが落ちる。切断されたハサミライオンの右腕だ。


「ギャアアアアアッ!?」

「万死に値します!!」


 バルキリーはヤクザキックでハサミライオンを転倒させた。


「ひいいいいいっ!!」


 恐怖の悲鳴をあげるハサミライオンは、バルキリーに背を向けて這って逃げようとする。もはや何も見ることができないハサミライオンであったが、グレンバルキリーの甲冑がガチャリガチャリと音をたて、自分の背後に迫ってきていることが嫌でもわかった。


「ギャッ!!」


 バルキリーは無言で、その背にロングソードを叩きつける。銃弾をものともしないだけあって、その体は頑丈だ。しかし、今のハサミライオンにとってそれは悲劇でしかない。


「アッ!!ウウッ!!ガアッ!!」

「…………」


 バルキリーは何度も、何度もロングソードでその背を斬りつけた。


「すごい……」


 少し離れた場所で見ているチドリがそうつぶやく。閃光少女は、悪魔狩猟の専門家。ゆえに当然の成り行きとも言えるが、ここまでの実力差を見せつけられると、もはや戦いではなく処刑にしか見えなかった。


「いいぞ!グレンバルキリー!やっつけちゃえ!」


 シロウは無邪気に、そう応援している。シロウのそんな気持ちも、チドリには理解できた。悪魔には怨みこそあれ同情の余地はない。可哀想とは思えない。だが、チドリの心中には別の不安が生まれていた。もしもこの強大な力が、我々人類に向けられたら、と。


「ねえ、ライズちゃん?あなたたちは、私たちの味方だよね?閃光少女は人間の味方だよね?信じても、いいんだよね……!?」

「もちろんだよ!私たちだって、人間なんだもん!」

「そっか……そうだよね!」


 チドリが再び悪魔へ視線を向けると、彼女が残された左手をこちらへ向けて伸ばしている。


「タスケて……タスケ……」


 どういうわけか、チドリにはそれが自分へ向けられたもののように聞こえた。そんなわけがない、とチドリが首を横にふると、ハサミライオンの体をまたぐように立ったバルキリーが、ロングソードを両手で逆さに握る。


「アッ!!…………」


 ハサミライオンの心臓に、バルキリーのロングソードが突きたてられた。悪魔は短い悲鳴をあげ、そして沈黙した。


「やったー!!」


 シロウはそう叫んで、グレンバルキリーの方へ駆け出していった。一人残されたチドリに、ガンタンライズが尋ねる。


「そういえば、あなたの名前は?」

「……チドリです。本郷チドリといいます」

「チドリちゃんかぁ」


 ガンタンライズがニッコリと微笑む。


「あの子を救おうとしたチドリちゃん、すごくカッコよかったよ!あの悪魔は最近ずっと子どもたちを誘拐していたんだけど、狙われて、生き残れたのはあの子だけだった。チドリちゃんが頑張ったからだよ!」

「でも……ノゾミ先生が……」

「……そうだね」


 それが死者の名前だと悟ったガンタンライズが、しばし沈黙する。黙祷を捧げるようにうつむいてから、ライズがやがて口を開いた。


「この世界には、まだまだ危険な悪魔がたくさんいる。彼らが現れるたびに、こうして人が死んでいくんだ。テレビも新聞も、警察官でさえ、誰も真実を語ろうとしない。それなのに、閃光少女の数は全然足りない……」


 ライズは改めてチドリを見つめた。


「私は、自分の命をかえりみないで誰かを助けようとしたチドリちゃんには、閃光少女の素質があると思う」

「私が?閃光少女に?」

「うん!というより、あなたのような子にこそ閃光少女になってほしいな!」

「……もしもそうなったら、悪魔からみんなを守れるんですね?」

「もちろん!私が請け合うよ!チドリちゃんなら、すごい閃光少女になれるって!」


 チドリはグレンバルキリーに視線を向けた。彼女は今、ハサミライオンの死体から血に染まったロングソードを引き抜き、血振りした刃を鞘に収めるところであった。その凛々しい姿と、倒れた悪魔、そして喜ぶシロウを順に見つめる。


(私が……閃光少女に……)


 そういえば、悪魔にも「魔女になれ」と誘われた。それに比べれば、ずっと良い提案である。しかし、どうしてもこの時のチドリは、ライズの言葉をその場で肯定することができなかった。


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