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希望にこんばんは

 だがハサミライオンはそれ以上、チドリに執着を見せない。やはり狙いは結城シロウなのだ。再び視線を駅の外へ向けたので、チドリは絶叫しながら銃の引き金を絞った。


「こっちを見ろ!!」


 チドリは、実はただの少女ではない。銃を扱う訓練を過去に受けているチドリは、狙いを外しはしなかった。しかし、拳銃に入っていた5発の弾丸を全て当てても、悪魔ハサミライオンは平気そうな顔をしている。というより、その防御力を得るために人間の皮をかなぐり捨てて、今の異形の姿になったのだ。


「くそっ!くそっ!」


 チドリが何度も引き金を絞るが、撃鉄が空になった薬莢を叩く音だけが虚しく響いた。チドリはノゾミたちを逃がすためならここで死ぬのも辞さない覚悟である。しかし、そうはならなかった。こんなことなら、自分を拘束している手錠を壊すために弾を1発残しておけばよかったとチドリは後悔する。しかし、それ以上どうしようもないチドリは、走り去るハサミライオンを目で追うことしかできなかった。


 駅の外。

 無線機を使うためにパトカーに戻っていた警官が、爆音をあげて急発進をしたノゾミのバイクを見て唖然とした。ノゾミの後ろには、シロウが彼女の胴に腕を回してしがみついている。


「なんだ?おい君!……うわああっ!?」

「ルルルルルル!」


 それ以上に警官の肝を潰したのは、異常な声を発しながら、自分に迫りくる異形の姿だ。警官はとっさに腰に手を当てるが、そこに拳銃は無い。駅でチドリに奪われて、そのままだったからだ。警官に迫ったハサミライオンが、彼の胸に右手のハサミを突き立てる。


「ぎゃああああああ!!」


 警官の心臓を引き裂いたハサミライオンが、その遺体を無造作に放り投げる。やはり返り血を一滴も浴びなかった悪魔が無線機に目を落とした。


『どうしました!?何かありましたか!?』

「ルゥオアアッ!」


 ハサミライオンは左手を握りしめると、無線機を殴って粉々にした。これで静かになる。そう思いながらハサミライオンはパトカーに乗り込み、アクセルを全開にした。無論、狙いはただ一つである。


 駅の中では、チドリが死んだ警官を引きずりながら、とある物を地面から拾っているところだった。孤児院アモーレから持ってきた包丁である。


「ごめんなさい……」


 そうつぶやきながらチドリは包丁を振り上げ、死んだ警官の手首にそれを振り下ろした。包丁の刃が肉を裂き、骨を絶ち、血しぶきがパッとチドリの顔に飛ぶ。チドリは何度も包丁を警官の手首に叩きつけ、それを切断した。そして、手錠の片側から警官の手首を抜き取る。


(これで自由に身動きができる)


 チドリはそのまま、すぐに駅の外へ出た。駐車場には、悪魔にドライバーを殺されたタクシーが放置されている。


 チドリは無言でドライバーを運転席から降ろした。これを運転すれば、きっとノゾミに追いつける。チドリは、そのタクシーに自動変速機オートマチックトランスミッションが付いている事を確認して安堵した。


「良かった!これなら私でも運転できる!」


 急いで運転席に乗り込むチドリ。しばらくして彼女は、怒った。


「…………もう!!」


 そう怒鳴ってハンドルを両手で叩く。足がアクセルに届かなかったのである。チドリは座席を調整する装置を探した。


 ノゾミとシロウ。

 彼らは咆哮するバイクにまたがり、城南地区にあるアモーレへと逃れようとしていた。ここは山間部を抜けるバイパス道路である。幸い、この時間は車の交通量が少ない。それに、バイクは時速100kmを超える速度で動いているのだ。きっと悪魔にも追いつけないはずだ。そう楽観的に考えるノゾミであったが、心配もある。


(あの悪魔、いつか再びアモーレに現れるんじゃないかしら……?むしろ、今夜にでも……!)


 そうなれば結局、逃げても同じことになる。このままシロウと二人で身を隠すのはどうか?しかし、シロウ以外のアモーレの子どもたちがハサミライオンに狙われる可能性だってあるのだ。


(なんで悪魔なんかがこの世にいるの?みんな消えてしまえばいいのに!)


 ノゾミは怒りをおぼえると共に、自分の無力さが悔しかった。やがてバイクは、大きな川を横断する橋の上へとさしかかる。


 その時、シロウがふと後ろを振り返り、ノゾミに叫んだ。


「先生!パトカーが後ろから来るよ!」

「ええ!すごいスピード違反してるから!でも、今だけは急がなきゃ!」

「先生!先生!」


 シロウが慌てふためく。


「パトカーに、さっきの悪魔が乗ってる!!」

「なんですって!?」


 ノゾミはバイクのミラー越しにそれを見た。ハサミライオンが運転するパトカーが、容赦ない勢いでこちらに迫ってくるのが嫌でもわかった。悪いことに、今は橋の上だ。横方向への逃げ場はない。


「どうして……どうして私たちを苦しめるの!?あなたに、私たちは何も悪いことをしていないのに!!」

「うわあああああ!!」


 パトカーに追突されたバイクがバランスを崩し、ノゾミとシロウの体が道路に投げ出された。ゴロゴロと転がったシロウは、やがて苦悶の表情を浮かべて立ち上がる。


「痛ててててて…………あっ!?」


 シロウの視線の先には、道路にうつ伏せに倒れて、ピクリとも動かないノゾミが見えた。その先にはパトカーが見える。おそらく、パトカーはバイクに追突した後、そのままバイクごとノゾミを轢いてから止まったに違いない。運転席から降りてきたハサミライオンは、ノゾミを一瞥することもなく、シロウに迫った。


「よくもノゾミ先生を……!」

「ワタシについてくると言え、シロウ」


 シロウの怨嗟の声を意に介さず、ハサミライオンがそう口にする。


「言え、シロウ。そうすれば、君のイノチは助かるのだ」

「嫌だーっ!!」


 シロウは拳銃をハサミライオンの目に向けた。チドリが警官から奪った後、駅で投げ捨てた物だ。シロウが咄嗟に拾い上げて持ってきたその武器が火を吹くと、さすがのハサミライオンもひるんだ。


「ルゥア!?」


 ハサミライオンが左目を押さえてもがく。どんな生物だろうと、目だけは繊細なものだ。しかし、それがハサミライオンの逆鱗に触れたのは言うまでもない。


「よくもワタシの目を!コドモのくせに!死ね!死ね!死ねぇ!」


 ハサミライオンが右手のハサミを振り上げ、シロウが恐怖で硬直する。だがその瞬間、ハサミライオンの体がシロウの視界から消えた。


「ゴバアッ!?」


 タクシーである。チドリが運転してきたタクシーが、ハサミライオンにぶつかったのだ。跳ね飛ばされたハサミライオンが仰向けに倒れると、チドリはさらにタクシーを前進させ、ハサミライオンを車の下敷きにした。


「あれは、チドリ姉ちゃんか!」


 運転席のチドリがあたふたとボタンを押すと、後部ドアやらトランクやら、はてはボンネットまで開いた。やがて、ハサミライオンの体の厚みだけ高くなった運転席から、飛び降りるようにしてチドリがタクシーから出る。


「シロウ君!」

「姉ちゃん!」


 まるで実の姉と弟のように、二人は抱き合った。だが、チドリはやがて、動かなくなったノゾミを見つける。


「ノゾミ先生……どうして優しい先生が、こんな目に……!」

「ルゥオア!」

「うっ!?」


 ハサミライオンがその怪力でタクシーをはねのけた。この悪魔を止める方法は何もないのか。シロウとチドリはお互いをかばい合うようにして、やがて橋の欄干へと追い詰められていった。


「本郷チドリ……」


 意外にもそう呼びかけたのはハサミライオンだ。


「殺すには惜しいオンナだ」

「何が言いたいの?」

「ワタシと来い。結城シロウと共に。そしてお前は、ワタシと契約して魔法少女になるのだ」

「……なるほど」


 チドリがハサミライオンの言葉の意味を悟る。


「そうすれば、シロウ君を殺さないでいてくれる。そのかわり、私は魔女になる。あなたを守るための兵士にされるということね……」

「あきらめろ、人間。それしか方法は無い」


 チドリはシロウを見つめる。なるべくお姉さんぶりたいのに、身長差はほとんどないのが残念だ。


「……シロウ君。何があっても、私を信じてくれる?」

「うん」


 シロウの即答を聞いたチドリは、彼を後ろから抱き抱えた。次に、チドリはハサミライオンに語りかける。


「ねえ、あなたは言っていたよね?人間の事を知りたいって」

「ああ、そうだ」

「人間はね……」


 チドリが後ろを振り返り、墨のような川の流れに視線を落とす。4月になって日中は暖かいとはいえ、夜は冷え込む。川の水温は10℃あるかも怪しい。落ちたら、岸へ泳ぎ着く前に体力が無くなって溺れてしまうかもしれない。しかし、それでも……


「人間は決して、最後まで希望を捨てたりはしない!!」

「キサマ!!」


 チドリはシロウを抱き抱えたまま、体の重心を後ろに倒していった。そのまま川に落ちるつもりなのだ。命がけになるが、今はこれしか逃れる方法がない。こちらに向かって駆け出すハサミライオンの姿をチラリと見たチドリは、ざまぁみろと思った。


(死んだってシロウ君を悪魔になんか渡さない!)


 だが、ハサミライオンの動きは思った以上に素早かった。


(まずい!掴まれる!)


 ハサミライオンの左手が、持ち上がったシロウの足首に届こうとした、まさにその瞬間。どこからかギターの音が響き、ハサミライオンの集中力を奪った。掴み損なったシロウの体が、橋から転落する。


「ナンダ!?」


 橋から落下したチドリたちは、無論ギターの音を気にするどころではない。チドリはぎゅっと目を閉じて、衝撃と、水の冷たさに身構えた。だが、いつまでたっても、チドリたちの体が川へと落ちることはなかった。


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