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ショ?????アにさようなら

 チドリは警察官と揉み合い、ノゾミはどうしたらいいかわからずにオロオロとしている。悪魔の女を阻むものは、もはや何も無いだろう。


「お姉ちゃん!助けて!」


 そう悲鳴をあげるシロウは、抵抗も虚しく女に担がれていく。


 そんな時、駅に一発の銃声が響いた。


「……なっ?」


 女の服に、赤い血が広がる。悪魔が自分を逃がすために呼んだ警察官。彼らが携帯している拳銃が火を吹いたのだ。銃口を女に向けてまっすぐ構えていたチドリが、肩で息をしている。悪魔が警察を利用しようとしたことが皮肉な話なら、体よく利用しようとした警官の武器を逆に使われるのもまた、悪魔にとっては皮肉な話だ。


(相手が悪魔なら……人間じゃないんだ!)


 しかし、警察官からはそうは見えない。拳銃を奪われた方の警官は顔を青くしているが、もう一人の警官はすぐに自分も拳銃を抜いた。


「貴様!なんてことを!」


 興奮気味のチドリであったが、さすがにすぐに拳銃を捨てて両手をあげた。いくら日本の警察とはいえ、そのままでは撃たれてしまうからだ。その時には、女は地面に倒れていた。


「チドリちゃん、あなた……!」


 ノゾミは女を撃ったチドリを責める気にはなれなかったが、この少女についてどう考えていいのかわからなくなった。飼い猫が鳩やネズミを食い殺す瞬間を見て衝撃を受ける飼い主もいるが、ノゾミの心境はそれに近い。


 チドリが野良猫のようにふらりとアモーレに現れたのは、今から一年ほど前のことであった。チドリは、自分は捨て子だったと言う。間もなく寺で拾われたが、養母と折り合いが悪いため家出したそうだ。拾われた寺の名前が、本郷寺。ゆえに本郷チドリと名乗っている。


 おとなしく、優しい性格の彼女は、すぐにアモーレに暮らす子どもたちと打ち解けた。ノゾミもまた、彼女に夢中である。だが、あまりに戦い慣れている彼女の正体が魔法少女ではないとしたら、何なのか。それを知った後でも、ノゾミは今まで通りチドリに心を許せるのか。ノゾミは、女から逃れてきたシロウを抱きとめ、警官から手錠をかけられるチドリを見ながら、不安を覚えた。


「すぐに救急車を呼びます!」

「ああ、頼む!」


 警官の一人が、パトカーへ走る。もう一人の警官は、チドリにかけた手錠の片方を自分の手首にかけ、さらに彼女の手を掴んで引っ張りながら倒れた女に近づいた。


「やめて!」


 チドリが悲鳴をあげる。


「そいつに近寄らないで!」

「よく見ろ!」


 警官がチドリに怒鳴った。


「自分が何をしでかしたのかを!人が死ぬところなんだぞ!」

「まだ生きているかもしれないじゃない!」

「だからそれを確認するんだ!」

「生きているかもしれないから、近づいちゃダメなのに!」


 警官は、この気の触れた少女と話してもらちがあかないと思い、かまわず倒れている女性に近づいた。当然、手錠で繋がれたチドリも一緒だ。


「奥さん!しっかりしてください!すぐに救急車が来ますから!」


 警官がかがみ込んで女にそう呼びかけるが、仰向けに倒れた女は息をしていない。首筋に手を当てて脈を見るが、それも無い。警官が指で女の目を広げると、瞳孔がひろがっていた。


「……死んでいる」


 そう警官がつぶやく。おそらく、自分は刑務所行きだなとチドリは思った。悪魔の存在は、法的には認められていない。おそらく悪魔に戸籍は無いにしても、不法入国者を撃ち殺したような扱いとなるのだろう。


(だけど……)


 チドリはノゾミとシロウを見る。二人は怖がりつつも、どこか安堵したような表情をしていた。チドリはそんな二人に微笑を見せる。


(二人は無事だったんだ。誰かが悪魔を殺さなきゃいけないとして、それで誰かが逮捕されるとしたら、私しかいなかった。元気でね、二人とも。アモーレのみんなも)


「君を現行犯で逮捕する」


 立ち上がった警官が、改めてチドリに向き合った。


「理由はもちろん、わかっているね?話は、署でゆっくり聞かせてもら……」

「あっ!」

「なんだ?」

「お巡りさん!逃げて!」


 慌てた表情でチドリがぐいぐいと警官の手を引っ張るが、彼からするとわけがわからない。やはり、この子は頭がおかしいのだろうか?次のセリフも、よけいにその疑惑を深めるだけだった。


「その女、まだ生きている!」

「おい、君はいいかげんに…………!?」


 女の方を振り向いた警官が、やっと言葉の意味を理解して戦慄した。女が立っているのだ。どういうわけか、その目は瞳孔が開いたままだ。そして何より異常だったのは、金属のように輝く右手である。その形状を、警官は次のようにしか表現できなかった。


「ハサミ……!?」

「ルゥアアアアアアッ!!」


 女が雄叫びをあげ、ハサミ状の右手で警官の腹を貫いた。チドリは何もすることができない。というより、女がハサミで警官の腹を貫いたまま警官の体を高々と持ち上げたので、彼と手錠で繋がっているチドリも巻き込まれているのである。


「ルゥオオアアッ!!」

「きゃああっ!?」


 ハサミ女は警官を放り捨てた。当然、飛ばされるのはチドリも一緒だ。どういうわけか傷口から血は流れていないが、警官が絶命したのは、横からそれを見ていたノゾミにもよくわかった。


「チドリちゃん!」

「姉ちゃん!」


 ノゾミとシロウがすぐに警官もろとも倒れたチドリに近づく。幸い、彼女に大きな怪我は無いようだ。


「ワタシは……ニンゲンをシりたいだけなのに……!」


 ハサミ女の体が、内側から膨張していく。衣服や、皮膚が避けていき、ハサミ女は悶えるように、それを左手でバリバリと剥がしていった。人間と形は似ているが、人ならざる姿が露わになっていく。その異形は何やら、猫科の動物と人間のハーフのようにも見える。


「ハサミライオン……」


 身を起こしたチドリは、そんな名前を思い浮かべた。ハサミライオンを呆然とみていた三人だが、いち早くノゾミが我に返った。


「早く逃げなくちゃ!チドリちゃん!……あっ」


 チドリが死んだ警官と繋がれた手錠を持ち上げて見せる。


「どうせバイクには二人しか乗れない……私にかまわないで、早く逃げて!」

「お姉ちゃんを置いて行けないよ!」


 そう叫ぶシロウの言葉はもっともだと、ノゾミも思った。


「シロウ君の言うとおりよ!」

「私が残らないで、誰が悪魔(アイツ)をここに引き留めるの?」

「でも、チドリちゃんが……」

「いいから、行って!」


 チドリは警官の腰から拳銃を引き抜き、ノゾミに突きつけた。言葉を失っているノゾミに、チドリは微笑みを浮かべた。


「夜食……先に帰って用意していてよ」

「……うどんでいいかしら?」

「卵焼きも付けて」

「わかった……チドリちゃんを待っているから!必ず帰ってくるって、信じているから!!」


 チドリの覚悟を見たノゾミは、シロウの手を無理やり引っ張り、バイクが停めてある駐車場へと駆け出した。それを瞳孔がひらいた目で追うハサミライオンに、チドリが叫ぶ。


「どこを見ているの!」


 ハサミライオンがその声に反応し、チドリの方へ振り向いた。チドリは親指で、拳銃の撃鉄を起こす。


「来い!!ショタコンババア!!お前の相手はこの私だ!!」


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