戦乙女にこんばんは
(け、警察はまだなのかなぁ!?)
アヤがキョロキョロと辺りをうかがう。
(早く来ないと死んじゃうよ~!)
強盗が、である。ほとんど無傷のままのアカネが、頭を抱えて体を丸める強盗に「おらおらっ!」と追撃の蹴りを入れているところだった。アヤの願いが通じたのか、やがてけたたましいサイレンを鳴らしながらパトカーが到着し、二名の警官がすぐさま降車する。
「すみませーん!警察です!通してくださーい!」
「た、助けてえええええ!!」
強盗の男性が、警察官の一人に泣きついた。それを見たアカネは、さすがにそれ以上の追撃をやめたようだ。
「えーっと……男性が女子中学生に暴行されているとの通報を受けたのですが……」
「ちがうわよ!そいつ、強盗よ!アタシたちはたまたまコンビニに居合わせただけ!」
「そ、そうですか……そうですかぁ?」
もう一人の巡査は、アカネに事情聴取を求めている。
「正当防衛だわ!」
「それもそうかもしれませんが……とりあえず、署の方でお話を聞かせていただけませんか?いえっ!逮捕とかではなく、被害者からも事情を聞く決まりになっていますので」
巡査にそう説明されたアカネが振り上げた拳を下に降ろす。
「では、我々と一緒に……」
「待ちなさいよ!」
「あの、すみません、本当にすぐに済むので!」
「そうじゃないわ!」
アカネがコンビニを指差す。
「まだ他にも強盗の男が中にいるのよ!さっきぶちのめしたから気絶してるはずだけど」
「ええ!?」
警察官二人がその言葉に驚いた。成人男性二人をコテンパンにする女子中学生の話など、古今例の無いことだ。だが、コンビニ内でガラスが割れる音が響くと、アカネが焦った。
「いけない!きっと男が目を覚ましたんだわ!妹が見張ってたんだけど、人質になってたらどうしよう!?」
「妹さんが?」
「とても気の弱い子なの!早く助けてあげて!」
警官二人はさっそくコンビニへと突入した。コンビニの外で強盗を暴行していた少女が言っていた通り、彼女とよく似た、背の高い少女が中にいる。もっとも、人質にとられるどころか、もう一人の強盗の首元に、割れたガラス瓶の先端を突きつけて凄んでいた。
「あなた、先ほど何とおっしゃいましたか……?」
「ひえええっ!?」
「アタシの姉を『あの男女』と言っていたように聞こえましたが?姉を侮辱する者は何人たりとも容赦はいたしません……!」
「ご、誤解でございますううっ!!決して、あなたのお姉様を侮辱する気持ちは、これっぽっちも……!!ああ、助けてー!!」
警察官二名の姿を見た強盗が助けを求める。
「ちょ!ちょ!ストップ!後は我々がなんとかしますから、落ち着いて!」
(気の弱い妹だって?どこが!?)
鷲田アカネの双子の妹、モミジは、強盗の男に仕置する機会を逸して少し残念そうだったが、警官二人に続いて入ってきた姉を見て、すぐにガラス瓶を捨てた。
「姉さん!」
「モミジ!」
二人の姉妹は抱き合ってお互いの無事を喜んだ。
「怖かったですぅ、姉さん!」
「大丈夫よ、モミジ……モミジはアタシが必ず守るから……」
(なんなんだ!?この姉妹は!?)
警官二名は、鷲田姉妹を見て呆れるしかなかった。しかも、驚くべき事態はさらに続く。
「あの、警官さん……」
「あ、はい!あなたたちはこちらのコンビニの店員ですね?」
店内のバックヤードから若い女性二人が顔を覗かせる。
「すみませんが、こちらにいる犯人も連行していただけませんか?」
「えっ!?」
やがてバックヤードにいた男性が自主的に警官たちの前に進み出る。その顔は殴られたせいでパンパンに腫れ上がっていた。
「もう……悪いことはしねえッス……」
言葉を完全に失っていた警官たちであったが、やがて一人がポツリとつぶやいた。
「……応援がいるな。我々だけでは犯人を三人も連行できないから」
「……ですね」
そんな様子をずっと見ていたアヤが目を輝かせている。
(うわー!すごいなー!もしかして、あの姉妹も魔法少女なんじゃないかなぁ!)
そんなアヤは後ろから叱られてハッと我に返った。
「こら!アヤ!」
「あ、お父さん!」
「急に走ってこんなところに……危ない目にあったらどうするんだ!」
「ごめんなさい……」
「さ、家に帰ろう」
アカネに抱きしめられたままのモミジもまた、アヤの存在に気づいていた。父親に手を引かれて去っていく彼女の面影に、どこか見覚えがあるのだ。
(あの子は……もしや……?)
しかし、モミジにはそれ以上、何もわからなかった。
その日の夜9時、糸井邸。
コウジが二階にあるアヤの部屋をノックする。
「アヤ?」
返事が無いのでそっとドアを開けてみたコウジが見たのは、消灯された部屋と、ベッドで布団にくるまっているアヤの姿だった。どうやら寝ているらしい。そう認識したコウジがそっとドアを閉める。
(おやおや。やはりまだ子どもだなぁ)
コウジは書類整理のために、同じ階で隣接するクリニック側へ移動した。それを察知したアヤが、再び携帯電話を耳に当てる。
「それでね!それでね!」
誰かと通話しているのだ。
「その女の子、すごかったよー!強盗を三人もコテンパンにしちゃったの!」
「うふふっ、あなたもあの場にいたのですね」
通話先の少女が楽しそうに笑う。
「アタシも見ていましたよ」
「えっ!?バルキリーちゃんもあの場にいたの!?」
「ええ、いました」
グレンバルキリー。それが、今アヤが会話している閃光少女の名前だ。アヤが必死になって父親に携帯電話をせがんだのは、彼女を始めとする閃光少女たちとのコミュニケーションを円滑にするために他ならない。
「あなた、あのお姉さんを見てどう思いました?」
「すごくカッコいいと思った!」
「……アタシ、あなたと友だちですごく良かったです」
「?」
「それより、ガンタンライズさん」
それがアヤの、閃光少女としての名前だ。
「今から外に出られますか?」
「今から?」
「ええ、なにやら不穏な動きをしている悪魔がいるとか……加勢をしていただけると助かります」
「わかった、すぐに行くよ。場所は?」
やがて通話を終えたアヤが布団からそっと抜け出すと、その右手に魔法少女の指輪が出現した。
(変身!)
アヤの体が朝焼けのような光に包まれ、やがて薄紫色のドレスに身を包んだ魔法少女へと姿を変える。そっと自室の窓を開いたガンタンライズは、背中に天使のような翼を生やし、夜の空へと飛び立っていった。