表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/357

純愛にこんにちは

 アヤはユリを脱衣所へと案内した。ユリはずぶ濡れになった自分の服を脱いで、カゴに入れる。そして、カゴはもう一つあり、中にはアヤの服が入っていた。


「私たち、体の大きさが同じくらいだから着られると思うよ」


 とアヤ。


「ごめんね、アヤちゃん」

「いいんだよ。それと、おばあちゃんがユリちゃんの家に電話しとくんだって。お昼はこっちで食べさせるからって」


 ユリはそもそも石坂家の人間である。カコの家で食事をとることに遠慮する理由は無い。


「お昼ごはん食べたら、また遊びに行こうね!」

「そうだね!アヤちゃん!」


 やがてアヤが脱衣所から去った。ユリが風呂場を仕切るガラス張りの横開きドアを引っ張ると、ステンレス製の浴槽からわずかに湯気が立っていた。さっそく湯船に肩まで浸かったユリは「ふい~」と人心地ついた。


「ユリちゃんか?」

「ふぁ!?」


 風呂場のすぐ外で男性の声がしたため、ユリが慌てる。


「ああ、驚かせるつもりはなかったんだ。ごめん。僕だよ、アヤのお父さんだ」


 なにしろ今、ユリは全裸なのだ。恐る恐る風呂場の小窓から、顔だけが見えるように気をつけながら外を見ると、小さな椅子に腰をかけて、麦わら帽子をかぶったコウジの姿が見えた。時々暑そうに顔を手で拭っているが、それ以上顔をあげないように気をつけている。ユリのプライバシーを尊重しながら、屋外にある風呂釜に薪をくべるためだ。


「熱くないかい?」


 そう聞いたのはコウジの方だ。


「えっ?」

「お湯の温度さ。それとも、ぬるいようならもっと薪をくべるが?」

「えーっと……」


 ユリは湯船に戻った。コウジを信用したからである。


「ちょっとぬるい」

「わかった」


 ユリの言葉を聞いて、コウジが風呂釜に薪をくべる。ボーっとしていたユリであったが、今更ながら、コウジがアヤの母と結婚した張本人であることを思い出した。糸井ノアの秘密を、もしかしたらコウジは知っているのではないか?と。


「おじさん」

「うーん?」

「アヤちゃんのお母さんって、どんな人でした?」

「ノアかぁ」


 コウジはしばし考えてから答える。


「思いやりのある、優しい女性だったよ。大人しい性格だったんだが……どうしてアヤはあんなに()()()()になったんだろうな?」


 コウジは少なくとも自分のせいとは思っていない。


「何か変わった所とかはありませんでした?」

「変わった所?そうだなぁ。何か一つの事に熱中すると、しばらくはそればかりするような癖があったっけ。同棲中に絹ごし豆腐にハマって、毎晩必ず湯豆腐を食べさせられる日も……ははは」


 湯船が暖まってくるのとは裏腹に、ユリは少しだけコウジに腹がたった。理由はよくわからない。思った通りの回答を得られなかったためか、あるいは惚気話のろけばなしをきかされたためか、またはその両方か。ユリはちょっとしたイジワルを思いつく。


「ノアさんって、美人だった?」

「うん?」


 コウジが少し戸惑いながらも回答する。


「まあ、僕から見たら美人だと思うけれど……」

「ノアさんって、おっぱい大きかった?」

「えっ!?あ、うーん……」


 さきほどの質問より、これはコウジを困らせた。


「人並み以上にはあったかもしれないが……」


 ユリがさらにたたみかける。


「おっぱいが大きいのも好きだった?」

「それだけではないと思うが……」


 ユリの念頭に、父の部屋から出てきた上半身裸トップレスの女が浮かぶ。


「おっぱいの大きな人がいたら、もう一度結婚したいと思いますか?」

「それはないなぁ」

「どうして?」


 思いの外あっさりとそう返され、ユリが食いつく。


「今はノアとの思い出が大切だからだよ。そう思っている内に、誰か別の人と付き合うというのは……その人にも迷惑だからね。生きている人を身代わりになんかしちゃいけないよ」

「今でも、ノアさんのことが好きなんですね」

「そうだとも」


 風呂釜で薪が弾ける音が響く。コウジはどんどん、薪を足していった。


「それにノアが、僕や、アヤから離れたという気がしないんだ。死んだ人間は決して帰ってくることはない。しかし、消え去ってしまうわけではない。天国の誰かを想う時、その人はそばにそっと立っている……なにかの本で、そんな話を読んだ気がするよ」

「おじさん、もしもノアさんが……」

「うん?」

「もしも、おじさんが好きなノアさんの正体が……」


 ユリの言葉に、コウジが耳をすませる。やがて聞こえてきたのは、ユリの悲鳴だった。


「あちちちちちち!!」

「あ、こりゃいかん」


 麦わら帽子を取ったコウジは、風呂場でバシャバシャとユリが湯船から飛び出す音を聞きながら、頭を掻いた。


「お湯を熱くしすぎてしまったなぁ」


 お風呂から上がったユリが扇風機の前でゴロンと横になると、アヤが心配そうにその顔を覗き込んだ。


「ユリちゃん、大丈夫?すごく顔が赤いよ?」

「……ちょっとのぼせちゃったみたい」


 やがて元の快活さを取り戻したユリは、何事もなかったかのようにコウジ、アヤ、カコの三人と素麺そうめんを食べた。


 今日はもう川へは行かないと約束させられたアヤとユリは、一緒に古びた神社を訪ねた。例の、白猫の親子がいる神社である。猫たちは不在だったが、しかし、実は今日の目当ては彼らではない。この神社は人気ひとけが無い。だから、誰にも見られる心配なく、アヤの不思議な力を試すことができると思ったのだ。


「ほら、これこれ」

「うん?」


 ユリがアヤの右手に、ノアから引き継いだ魔法少女の指輪をはめさせる。


「これはアヤちゃんが付けていないと」

「それじゃあ、さっそく……」


 アヤはキョロキョロとあたりを見回す。松の木がある。それを引き抜くのはダメだが、そばにある大きな石は検証にちょうどいい。


「よいしょー!」

「わあ!すごいすごい!」


 アヤが石を持ち上げて見せると、ユリがパチパチと拍手して喜んだ。アヤが石を元通りに置くと、今度はその場で跳び上がってみせる。


「それーっ!」


 アヤはそのまま松の木の枝に乗ってみせた。そこから数メートル下にいるユリにアヤが手を振る。


「コラーッ!!」

「わっ!?」

「何をイタズラしとるんじゃーっ!!」


 突然、老爺の怒鳴り声を聞いたアヤがビクリと振り返る。ユリは、その声の主が誰なのかすぐにわかった。杖を振り回しながら、腰の曲がった老爺がガニ股で駆けてくるのが見える。


「いけない!この近所に住んでいる、村でも有名なイジワル爺さんだよ!逃げなくちゃ!」

「う、うん!」


 松の木から飛び降りたアヤが、猛スピードで駆け出す。韋駄天のような速度で走るのも、アヤにとっては初めての経験だった。


「ま、待って!置いていかないで!」

「あ、ありゃりゃ……!」


 普通の少女であるユリと比べれば、速度の差は明白だ。追ってくるイジワル爺さんから無事に彼女を逃がすためにも、アヤは即座に引き返し、ユリをお姫様抱っこした。


「ひゃっ!?」

「よーし!行っくよー!」


 ユリを抱えたままでも、アヤはウサギのように速く走ることができた。神社の屋根に飛び上がり、瓦にコツンという軽い音だけを残して、そこからさらに跳躍する。


「ふーーーっ!!」

「キャーッ!!」


 ユリも驚いていたが、もっと肝を潰しているのはイジワル爺さんの方である。やがてバッタのようにピョンピョンと跳ねていったアヤの姿が、老爺の視界から消えてしまった。


「わ、わしは何を見たんじゃ……!?天狗……!?あれは天狗の仕業じゃ……!!」


 イジワル爺さんは杖を手から落とした事に気がつかないまま、その場からガニ股でヨタヨタと歩き去った。後に、その老爺がいくら村の者にこの出来事を話しても、誰も信じなかったそうだ。


 ほぼ同時刻。

 ユウスケ、ショウイチ、シンジが朝来た洞穴である。そこにいる何者かが、再び目覚めようとしていた。


「ピー……カー……」


 洞穴に潜んでいるその者が、暗がりから這い出そうとしている。まるで、何かに導かれるように、黒い針金が洞穴の出口をまさぐった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ