魔法少女にこんにちは
朝食が終わるとユリがカコ宅に遊びに来た。アヤは当然、ユリと遊びに出かける。
「ユウスケ君たちは?」
「今日は朝から山に虫取りに行くって言ってたよ」
とユリ。
「でも、私は行かなーい。虫、嫌いなんだもん」
「わかるよ、ユリちゃん。男の子って、なんであんなの捕まえたがるんだろうね?」
二人は川遊びに出かける。やはり魚を釣る趣味も少女たちにはないが、この時期は流れる水が冷たくて気持ちがいい。
「アヤちゃーん!早くー!」
ユリが脛まで水に浸かりながらアヤを手招きする。
「えーっ?大丈夫?冷たすぎない?」
そう言って裸足になったアヤが川に足を近づけると、そのまま水面に立ってしまった。
「アヤちゃん!?」
ユリに驚愕されているアヤもまた、同じような顔をしている。
「アヤちゃんは何なの!?人間じゃないの!?」
「人間だよう!」
アヤはおたおたと水面を歩いて、陸地に戻りながらそう言った。
「私もわけがわからないの!今朝から何かがおかしくなってるよう!」
「えー……!?」
わけがわからないのはユリも同じだ。
「アヤちゃん、急に魔法使いになっちゃったみたい……」
「…………それだ!!」
「えっ!?」
「私、きっと魔法少女になっちゃったんだよ!」
魔法少女。
20世紀から突如現れた、人ならざる力を持つ少女たちを、人はそう呼んだ。そして、魔法少女は2種類存在する。1つは『閃光少女』と呼ばれる、人類の自由を守るため悪魔を討伐する魔法少女。もう1つは、悪魔と契約を結び、自分の願いを叶えるために悪魔と共存しようとする『魔女』だ。どちらもなぜか未成年の女性がほとんどだったのが、まとめて『魔法少女』と呼称される原因となっていた。
陸地の登ったユリに内緒話をするため、アヤが木の影に手招きする。草地に座るアヤの手元をユリが覗き込むと、彼女は古い財布を握っていた。
「これが何なの?」
「問題はこれの中身なの」
アヤが財布を広げ、中から指輪を取り出す。紫色の宝石が輝く、金の指輪だ。アヤが言う。
「前に聞いたことがあるよ。魔法少女は、魔力をこの指輪に封じ込めていて、指輪の力を使って魔法少女に変身するんだって……」
「これ、アヤちゃんの指輪なの……!?」
「ちがう」
アヤが首を振る。
「お母さんのだと思う。昨日おばあちゃんに、お母さんの思い出の品を見せてもらったの。この財布はその中にあった。さっきの指輪を指につけてみたら、胸がすごくドキドキしてね……怖くなってすぐに外して元通りにしたんだけど……」
「それから、アヤちゃんが……普通じゃなくなったの?」
アヤは今朝トイレに行った際、水道の蛇口を手で捩じ切った時のことも話した。その後の不思議な出来事は、ユリも見たので知っている。ユリの中で、話の筋書きが見えてくる。
「きっと、アヤちゃんのお母さんは魔法少女だったんだよ!」
「そうなの!?」
「そうよ!だから、指輪を触ったアヤちゃんにも魔法の才能が目覚めたんだわ!」
そう言い終えると、ユリはアヤが持っている指輪をじっと見つめた。
「ねえ、アヤちゃん。私も、その指輪をつけてみていい?」
「えっ、でも危ないんじゃない?」
「そうかな?気をつけたら大丈夫だと思うよ。それに、私だって魔法少女になってみたかったんだもん」
そう言われると、アヤとしても無理に断ることはできない。右手の中指に糸井ノアの指輪をはめたユリは、うっとりとした表情で紫色の宝石を眺めた。
「キレイ……」
やがて我に返ったユリは、川べりにあるひときわ大きな岩によじ登る。
「見ててね!アヤちゃん!」
「あっ」
アヤが制止する間もなく、ユリが川の深い場所に向かって思いきり跳んだ。
石坂カコ宅では、裏庭でコウジが斧を振り上げていた。風呂を沸かすのに使う薪を割っているのである。
「コウジさん、大丈夫?あんまり無理はしないでね」
「なあに、これしきの事」
様子を見に来た義母カコにコウジが笑って答える。
「普段はデスクワークばかりですからね。いい運動になって、こちらこそ助かるぐらいですよ」
「そう言ってくれると頼もしいわね。男手が一人いると本当に助かるわ」
「いえいえ、それほどでも」
コウジが謙遜していると、カコは再び台所へ向かった。お腹をすかせて帰ってくるであろうアヤのために、素麺を茹でているのだ。再びコウジが黙々と斧を振るっていると、表からカコの大きな声が響いてきた。
「まあまあ!一体どうしたというの!?」
「うん?」
コウジは斧を置いて玄関へと向かう。カコが驚いていた理由がわかった。そこにはバツの悪そうな顔をしているアヤと、全身がびしょ濡れになったユリが立っていた。
「あのね……ユリちゃん、川に落ちちゃったの……」
「ふえぇ~~」
カコが呆れながら二人を叱る。
「ふえ~じゃありませんよ、まったく。子どもだけで川に遊びにいっちゃいけないって、前にも言ったじゃない」
「まあまあ、お義母さん」
コウジはカコをなだめた。
「とにかく、ユリちゃんをこのままにしていたら風邪をひいてしまいますよ。うちでお風呂に入れてあげましょう。ちょうど僕が新しい薪を割ったことですし」
「まあ、いいでしょう。今度からは、川で遊びたい時は、誰か大人の人と一緒に行くこと。いいですね?」
カコはそう注意しながら、タオルを取りに家の中へ入った。体が冷えてきたユリが、寒さに震えながらアヤに耳打ちする。
「私には魔法少女の才能が無いみたい」
「どうだろう?私のお母さんの指輪だから、ユリちゃんには効き目がなかっただけかも。それに……」
アヤはカコが持ってきたタオルを受け取り、カコと一緒に濡れたユリをタオルでゴシゴシとこすった。
「無理してなるものでもないかもしれないよ」
「?」
事情を知らないカコには、それが何の話だかわからなかった。




