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人外の力にこんにちは

 その後、早朝だというのに石坂ユリがカコ宅を訪ねてきたのでアヤは驚いた。


「どうしたの?」

「どうしたのって、これからラジオ体操があるじゃない。アヤちゃんを誘いに来たんだよ」

「へーえ?」

「へーえ、じゃない。それより、アヤちゃん朝からシャワーを浴びてるの?」

「あ、これは……」


 アヤがまだ濡れている髪をバサバサかき乱して乾かそうとする。


「なんでもないよ!」

「みんな、もう公園に集まっているからね」


 アヤがユリと近所の公園に向かうと、昨日一緒に遊んだユウスケ、ショウイチ、シンジも集まっていた。


「だりー」

「なんで朝からこんなことをしなきゃいけないんだ」

「眠てぇ。頭がふわふわするぞ」


 そんな彼らを、見るからに体育会系な一人の男性が励ます。


「だからこそだ!子どもの頃から、早寝早起きの習慣をつけるためにみんなで体操するんだよ!立派な大人になるために、さぁ、今日も頑張ろう!」

「ユリちゃん、あの人だれ?」


 アヤに小声でそう聞かれたユリがささやく。


「私のお父さん。町内会長をしているの」

「へー、えらいんだねー」


 アヤにそう言われてユリがはにかんでいると、ユリの父がアヤに近づいてきた。


「おはよう!君が糸井アヤちゃんだね?娘のユリから話は聞いているよ。よろしくたのむ」

「あ、はい」


 自分の父がそう言ってアヤに手を伸ばした時、ユリは急に、父親にはアヤに触れてほしくない気がした。理由はユリにもよくわからない。そして、アヤの方もわずかに握手をためらう。


(あ、気をつけないと……)


 アヤは早朝の出来事を思い出していた。蛇口のハンドルを捩じ切った自分の力を恐れ、慎重にユリの父親と握手する。


「力強いな!」

「えっ?……へへへ」


 ひとまず友人の父親の手を粉砕せずに済んだアヤは安心した。


(でも、どうしたってこんなに力が?)


 ラジオ体操が始まった。子どもたちが距離をとってならび、ユリの父親の動きを真似て体操をする。一人で体操をするかぎり、この謎の力に翻弄される心配はない。そうアヤが思っていたのは、体操の最後にある、跳躍動作をするまでの間だった。


「わわっ!?」


 少しだけ飛び跳ねたつもりのアヤの体が、数メートルの高さまでジャンプしたからだ。無論、異常に気がついたのは本人だけではない。


「うわっ!?」

「なんだ!?」


 アヤは驚きながらも、ストンと地面に着地する。どうやら、バランス感覚も良いらしい。男子三人組が目を輝かせているのを見たアヤは、慌てて両手を振った。


「ま、まぐれ!まぐれだよ!」


 アヤの言い訳を聞いたユウスケとショウイチは、一応納得してみせる。


「なーんだ!まぐれか!」

「ビックリさせないでくれよ」


 ただ、シンジだけは納得しているか微妙だ。


「でもよぉ、まぐれで何メートルもジャンプできるものなのか?」


 そして、絶対に納得していない少女が一人。


(怪しい……アヤちゃん、どうしたんだろう?)


 そんなユリとは違い、その父親は何も見なかったことにしたようだ。


「さ、さて!気持ちのいい朝のスタートをきれたな!みんな、家に帰ってきちんと朝ごはんを食べるんだぞ!」


 アヤがひとまずユリたちと別れて家に帰った時には、コウジのおかげで水漏れは収まっていた。


「お父さん、ごめんなさい」


 そうしおらしく謝るアヤの頭を、コウジがそっと撫でる。


「アヤが謝ることはないさ。きっと、あの蛇口は古くてボロボロだったんだよ」

「でも……」

「自分の力でハンドルがもぎ取れたと思うのかい?まさか!人間の力でそんな事はできないさ」

「人間の力……」


 アヤは、さきほど自分が何メートルもジャンプした事を思い出す。アヤはオリンピックの選手などではない。ただの12歳の少女なのだ。アヤがポツリとつぶやく。


「人間じゃない力……」

「ん?何か言ったか、アヤ?」

「う、ううん!なんでもない!」

「さ、おばあちゃんが朝ごはんを作ってくれているから、一緒に食べよう」


 コウジに連れられ、おばあちゃんであるカコとちゃぶ台を囲んでアヤが朝食を食べる。


(人間じゃない力……)


 アヤは口をもぐもぐと動かしつつも、そのフレーズがずっと頭から離れなかった。


 その日の午前8時頃。

 ユウスケ、ショウイチ、そしてシンジの三人は、近くの山へ虫取りに登っていた。


「いるいる!」

「大漁だな!」


 はたして彼らが目星をつけ、事前に樹液が出るように傷つけていた木の幹には、カブトムシやクワガタ、カナブンの群れが集まっている。網を振り回すまでもなく、彼らは手づかみでカゴを満たすことができた。


「よし!行くか!」


 実は、彼らの目的はただ虫を捕まえることではない。健脚を持つ男児三人は獣道をどんどん登っていき、やがて岩肌に空いた洞穴のそばに近づく。洞穴は北向きに空いており、中の様子は真っ暗で見えない。そして、この森には生息していないが、ヒグマがねぐらにできそうなほど大きい。


「……よし、まずは俺からだ!」


 ユウスケが虫かごからカナブンをつまむと、洞穴の入り口に忍び足で近づき、カナブンを地面に置いた。そして、急いでショウイチたちが待っている所まで走り、三人一緒に岩陰に隠れる。


「いいか、みんな!前にも言ったけれど、女子にはこの場所は内緒だからな?」

「あっ!」


 シンジが驚いて指を指す。洞穴の奥から黒い針金のような何かが伸び、カナブンを正確につまみ上げたからだ。そのまま洞穴の奥へカナブンが連れ去られると、中からグチャグチャという、人間とは思えない咀嚼音が響いた。明らかに、何者かがユウスケの置いたカナブンを食べている。


「何だろうな、一体?」

「よし、次は俺だ」


 男子というのは、時にこうした不可思議な存在に対して度胸試しを試みるものだ。ショウイチがノコギリクワガタを洞穴の入り口に置いた時には、ショウイチが隠れるよりも早く黒い針金が伸びる。そのスリルが、子どもたちには面白くてたまらないのだ。


「ピー……カー……ブー……」


 洞穴の奥にいる存在は、すでに眠りから覚醒し、三人の男児たちに気がついていた。シンジがカブトムシを入り口に置いた時、彼は逃げるどころか、その存在との対話を試みた。


「なぁ……あんた、山の精霊か何かか?」

「……」

「虫が食べたかったら、たくさんあるぜ?俺たちは、よく採れる場所を知っているんだ」

「……ピー……カ……ブー」


 謎の存在が出すその鳴き声を、返事であるとシンジは解釈した。こいつには言葉が通じるのだ。黒い針金がカブトムシをさらっていくと、シンジは勇気を出して話しかけた。


「ねえねえ、その奥から出てきなよ!俺たちと友だちになろうぜ!」

「ピーーカーー」

「姿を見せろよ!出てこいったら!」

「ブーーーーーー!!」


 咆哮と共に飛んできたのは、首がもげたカブトムシの死体であった。シンジの白いシャツに当たり、体液のシミが広がる。


「うわああああああっ!?」

「「わあああっ!!」」


 恐怖におののく男児三人は脱兎のごとくその場から逃げ去った。


「ピー……カ…………ブ………………」


 やがて謎の存在は、洞穴の中で再び眠りに落ちた。


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